017 壱章 其の拾漆 新米冒険者のワカバ
朝食を皆で囲んで食べた後、ラーク達は話し合いをはじめた。
今日港街に旅立つか、明日にするか。
予定は明日の出発であったが、グリーンヴィルではやる事が無い。
また、大きな問題はキャメルの事である。
ラーク達と一緒に冒険をするのか、このグリーンヴィルに残すのか。
勇者であるキャメルには必ず面倒ごとがついて回る。
孤児であるキャメルを引き取りたいという国や貴族、豪商からの申し出は殺到するはずだ。
また、勇者は魔族と対立する者としても言い伝えられている。
魔族が勇者討伐にグリーンヴィルに攻め込んでくる事も考えられる。
このままグリーンヴィルに残るより、勇者の使命が明確になるまでラーク達と一緒に行動する方が安全であろう。
また、ラーク達の旅の目的である神の神殿に行く事はキャメルにとってもプラスに働くのではないか。
キャメル自身は悩んでいる。
面倒ごとはどうでもいいが、兄妹同然の6人達と別れるのは寂しい。
しかし、勇者として解放されたため何となく使命を感じている。
また、ムサシとは以前から顔見知りであるし、ケントをはじめラーク、マルボの事も好きになっているので、5歳ながらにして大きな悩みを感じているのだ。
すると1人の新米冒険者の女の子が口を開いた。
「あの、私達、昨晩話し合ったのですが、もしキャメルを連れて行くなら私も連れて行ってくれませんか?行くのは私だけです」
彼女の名前はワカバ。
ジョブはマニピュレーター。
実は超レアジョブである。
傀儡術師、マリオネッターとも言われるが、マリオネット(人形)を使えるだけでなく、本来は操作する人という意味で、様々な武器や物から動物等も操ることができるビーストテイマーや虫使いの上位職にあたるのである。
6人の仲でキャメルと一番仲がいいのもワカバである。
マニュピレーターの能力による人形劇がキャメルは大好きなのだ。
ラーク達はキャメルを連れて行く事になった場合、6人の新米冒険者が着いてくると言い出すのではないかと予想していた。
E級の新米冒険者は足手纏いである。
この先の冒険にはついて来れないのは明確である。
その申し出は断る予定であった。
しかし、『ワカバ』という名前の響きと超レアジョブのマニュピレーター、話は変わってくる。
「ちょっとすまないが俺達だけで話をさせてくれないか」
「ごめんね。すぐ済むから」
ラークとマルボはそう言いムサシとケントを連れて少し離れた場所で話し合いをはじめた。
「ワカバという名前……」
「日本語だね」
「拙者達と同郷でござるか?」
「転生者ですか?」
「いや、それはありえない。この世界で生まれて日本の名前をつけられる事は無いからな」
「赤ん坊の時に自分の名前、名乗れないもんね」
「転生者でも普通に親に名付けられるというわけですね」
「なるほど、拙者は自分で名乗るしかなかったから例外でござるな」
「考えられるのは、親が転生者ってことだ」
「マニュピレーターについてラークの意見は?」
「レアなのに重宝されていないという話を以前聞いた。だが、俺は育成や使い方が間違っているんだと思っている」
「僕も同意見だ。この世界のジョブは使いこなせていない能力が沢山あるからね。脳筋バンザイだから」
「どうしますか?」
「こういうのはどうかな?」
マルボは思いついた事を話した。
◆◆◆◆
「ワカバ、俺達はまだキャメルを連れて行くかどうかも決めかねている。 だから君が俺達に着いて来れるかテストしてから総合的に考えたいと思う」
ワカバはゴクっと唾をのんだ。
4人の実力は昨日散々見せらている。
彼等のテストについていけるのかどうか。
「そんなに気負わなくてもいい。 出来る事出来ない事を確かめたりするだけだ」
「はい!」
「よし!それじゃあまずは…」
ラークはムサシを見た。
「む?拙者でござるか?」
「ああ、ムサシ、ワカバに体捌き等身体の操り方を教えてやってくれ」
「承知したでござるよ」
◆◆◆◆
マルボは街の出入り口で見送りのラークと話をしている。
「まさか同じ日にまたも素材集めに森に入るとは」
「悪いな。短剣まで作ってもらってるのに」
「何言ってるの!僕はね、燃えてるよ!夕方前には作ってみせるよ!最強のロボを!」
「傀儡人形な」
「いや、最高のギミックで最強ロボを作ってみせるよ」
そう言い残し珍しく全速力で森に向かったマルボであった。
「張り切りすぎだな……絶対とんでもないの作っちまうぞ……」
マニュピレーターの特技である人形使いを最大限に活かすため、様々な木材とマルボの魔力回路を応用し最強の傀儡人形を作ろうとマルボは気合い充分のようだ。
◆◆◆◆
ラークはマルボを見送り孤児施設に戻ると、ここは狭いので皆は広場に行ったとシスターが教えてくれた。
昨晩大宴会が行われた街の中心の広場は野球グランドくらいの空き地となっている。
ラークが広場につくとワカバ以外の新米冒険者5人、キャメル、ケント更には他の子供達何人かまでムサシから体捌きの師事を得ていた。
ラークは師事をするムサシの横に立ちワカバはどうかと尋ねると、
「正直厳しいでござるな」
という答えであった。
様子を見ているとケントとキャメルは文句無し、ほぼ習得している。
この2人は例外としても他の新米冒険者達を見ているとそこそこ体捌きをこなしている。
特にジョブが武闘家の少年においてはケントやキャメル並みに会得している。
「あの子は凄いな」
「うむ、修練を怠なければ一流になれる資質があるでござる」
この世界ではフィジカルが伸びやすい為意識がフィジカルに偏ってしまいテクニックが発達していない。
まして古武術の体捌き等、現代日本においてもロストテクノロジーに近いものである。
最近では見直され野球やサッカー等にも取り入れられ始めているが。
それに対してワカバはというと……。
「きゃっ」
転んでしまっていた。
ラークが手を差し伸べるとワカバは右手を差し出し静止した。
眉を吊り上げ、目には涙を浮かべ、唇を噛み締めている。
悔しくて仕方ないようだ。
そして、すぐに立ち上がり言った。
「もう一度お願いします」
「いや、ちょっと待ってくれ」
ラークの静止の言葉にワカバは不安げな表情を見せた。
テスト失格となるのかと思ったからだ。
「ワカバ、体感覚に意識を向けすぎだ。 普通はそれが正解なんだが、マニュピレーターのお前は違う方がいい。 自分の体を操るイメージで体を動かせ」
「自分をですか?」
「そうだ、人形を操るように自分を操るイメージだ」
「……やってみます」
ワカバは目を瞑りムサシの指定した動きを試みた。
「ほぅ」
思わずラークは感嘆の声を上げてしまった。
ワカバの動きは上級者並みのものであったのだ。
「ワカバちゃん凄ーい」
キャメルは喜んでワカバに抱きついた。
「出来た……私にも……」
またもワカバの目には涙が浮かんでいる。
しかし、先程の悔し涙と違い今度は嬉しくて浮かんだ涙だ。
ワカバは物心がつく頃には孤児院にいた。
このグリーンヴィルは東西の港街の間にあり、流通の要所として栄えている。
その為か人の出入りが多く捨て子の発生率も高く、捨て子を引き取り育てるのもこの街の古くからのしきたりなのだ。
ワカバに関しては捨てられたのではなく両親は事故により亡くなったのだが、その話はおいおいするとしよう。
ワカバは幸いにも同い年5人の孤児と一緒に育った。
親に会えずに寂しく思う事もあっただろうが、6人だから乗り越えてこれた事も多い。
優しい性格も加わり、仲間への想いも強いのだ。
しかし、マニュピレーターの特性は周知されていないので、教えてもらえる事もなく特性を活かせずにここまで育ってきたのである。
他の5人と冒険者になるも、器用貧乏なだけで一際輝く何かといえば人形劇が得意という冒険者としては役に立たない特技であった。
それでも皆の役に立ちたくてずっと努力を続けていたのだが、それが実ることはなかった。
だが、ここで光明を見いだしたのであった。
「良かったな」
「はい!ラークさんありがとうございます」
「ムサシ、師事を続けてやってくれ。」
「承知でござる」
ラークは近くの椅子代わりに置いてある丸太に腰を掛け様子をみる事にした。




