016 壱章 其の拾陸 マルボの気遣い
「クエストが全部取り下げ?」
冒険者ギルドの開門と同時に駆け込んだラークは受付嬢の言葉を聞いて固まった。
所持金ゼロのラーク達にとって今日の稼ぎは重要である。
「はい、そうなんです。昨日支部の資金を全部使ってしまい、数日後ヘカトンケイルの報奨金が入金されるまでクエスト報酬の支払いが不可能なのでクエストの受理ができないのです」
「じゃあ俺達はどうすれば……」
「申し訳ございません」
ラークは呆然と立ち尽くしていた。
昨晩は所持金が無いため教会の隣の孤児施設に泊めてもらったが、さすがに今日もというには気が引ける。かといって宿代すら無い。
どうしたものかと途方に暮れていると、後ろから膝をカクンと押され一瞬バランスを崩す。
通称膝カックンと呼ばれる行為だ。
「なっ!誰だよ!?」
振り返るとマルボがニヤリと笑っていた。
「おはようラーク君。朝から面白い顔してるね」
「はぁ〜……お前なぁ……」
「はい、これ軍資金。これで暫くはもつでしょ」
マルボはラークに100万ゴールドをポンッと手渡した。
「え?何でお前がこんなに持ってるんだ?」
「フッフッフッ、内緒だよ。そんな事より早く皆で朝御飯食べよう」
マルボはイタズラっぽく笑うと冒険者ギルドを出ていった。
「なんなんだあいつ?」
ラークは何が何だか分からなかったが、取り敢えず朝食を食べに孤児施設に戻った。
◆◆◆◆
「さて、そろそろ出来たかな?」
マルボは木工細工職人の工房に来ていた。
「すみませーん」
「おう、マルボの坊主。 出来てるぞ」
「朝早くからのお願いすいません」
「構わんよ。 この街はお前らに世話になったんだ。 出来ることは何でもしてやるよ」
マルボは木工細工職人に依頼した短剣2本を受け取った。
両刃で大きめの刃に長めの柄、少し変わった形の短剣であった。
「おお!イメージ通り!ありがとうございます」
「いいってことよ。 それよりそのギミック見せてくれないか?」
マルボと職人は工房の外に出た。
マルボが短剣に魔力を込めると、魔力回路が反応し柄が伸びて槍のような形状になったのである。
「これは凄いな!この魔力回路って技術はどこで習ったんだ?俺にも教えて欲しいぜ」
「それは無理ですが、さっきの設計図は差し上げますので是非作って下さい」
マルボはそう言うと、もう1本の短剣を持って孤児施設に帰った。
◆◆◆◆
ラークが孤児施設の食堂に戻ってきた。
「あれ?マルボは?」
先に冒険者ギルドを出て行ったマルボが見当たらない。
「すぐ戻ってくるって言ってましたよ」
キャメルを肩車したままケントが答えた。
6人の新米冒険者や孤児の子供達が配膳を手伝っていた。
ラークも手伝おうとしたが、「あ、大丈夫ですよ。お客さんは座っていてください」と、断られてしまった。
ムサシは縁側で瞑想中である。
「お待たせ〜」
マルボが帰ってきた。
「はい、これ」
マルボがラークに手渡したのは、先ほどマルボが受け取った短剣である。
「マルボ、これどうしたんだよ?」
「いいから、いいから。 ちょっと中庭に出てみてよ」
ラークは言われるままに外に出た。
「む?どうしたでござるか?」
ムサシがラーク達に気付き声をかける。
何か面白そうな雰囲気を感じとりキャメルが走って寄ってきて、ケントも追いかけてやってきた。
ラークは少し長い短剣の柄を手先でクルクルと回しながら言った。
「この短剣、マルボが作ったのか?」
「そうだよ」
マルボが答える。
「柄が長いから両手でも持てるし、こうして手先で回しやすいから順手逆手にも切り替えやすいな。刃も厚くて頑丈だし、重さもちょうどいい」
「ふっふっふ、その短剣はギミックがあってね」
「そうか、魔法回路が掘ってあるから何かあるとは思ったけど」
「いいかい、ちょっと詠唱が難しいけど一字一句間違えず唱えてから魔力を流してね」
マルボが開発した魔力回路は詠唱を使わず魔法が使えるというものなのだが、それに詠唱して魔法を唱えるというのはかなり複雑なギミックが備わっているのだと感じた。
「いいかい、ピロピロピロローン ピロピロローン ピロロロー だよ」
「え?何だって?」
「だから、ピロピロピロローン ピロピロローン ピロロロー だよ」
「キャハハ、ピロピロピロローン」
キャメルは大喜びである。
「え?マジ言ってんの?」
「僕は大真面目だよ!!さあラーク早く唱えて魔力を注ぐんだ」
「くっ……」
ラークは意を決して魔法の言葉を唱えた。
「ピロピロピロローン ピロピロローン ピロロロー」
ラークは赤面しながら短剣に魔力を込める。
すると、柄がシュルルルと伸びて槍のように変化した。
「うぉ!何だこりゃ!」
「わぁ、凄ーい」
キャメルは大興奮である。
「これは凄いでござるな」
ムサシも驚いているようだ。
ケントは唖然としている。
マルボは横を向き肩を震わせ笑いを堪えている。
「お前なぁ……」
魔法の言葉は嘘だった事に気付きラークの顔は真っ赤だ。
咄嗟にマルボは逃げ出した。
「まったく……ありがとよ」
ラークの礼を聞いたマルボは笑顔で手を振っていた。
ラークが昨晩ヘカトンケイルとの戦いで役に立てなく悩んでいるのを察して、新しい力を授けるために早朝から奔走していたのである。
恩を着せないための悪戯もマルボの気遣いなのをラークは理解している。
ついでに軍資金も調達してきたのだからマルボの気遣いは流石であった。




