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110 参章 其の拾参 その殺気は陽炎の如く

「道がいくつか合流してるでござるな」

 ラーク達と歩んでいた大通りからある多くの小道が集まり繋がっているようだ。


 それは目的地、肝臓部分が近いのであろう。


「ベンケー殿。お主はカイコ族の絶滅の危機と言っておったが、何故でござろう?」


 ベンケーの返事に少し間がある。

「某の母国…いや、里というべきでごわすな。カイコ族の里はブラッサン帝国の侵略を受けているでごわす」


「ブラッサン帝国…よく聞く大国でござるな…侵略でござるか…しかし、それだけの能力のある種族ならば逃げる事はできると思うでござるが」


「逃げられないのでごわす。カイコ族には守らなければならない物があるでごわす」


「ふむ」


「カイコと草薙剣」


「草薙剣?」


 草薙剣

 日本神話に伝わる三種の神器の一つである。

 神話によれば、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した際、その尾から出てきた剣である。


 三種の神器とは、八咫鏡、八尺瓊勾玉、そして草薙剣。天皇の正統性を示す宝物として、代々受け継がれてきた神器である。

 歴史上この剣は壇ノ浦の戦いで平家と共に海に沈んだ。

 源平最後の戦いである壇ノ浦の戦い。平家の敗北が決定的となった時、幼き安徳天皇を抱いた二位尼が三種の神器と共に入水し、草薙剣は、海の底へと消えたのである。


 カイコ族の創始者が作ったのだろうか?草薙剣がこの世界には存在するという。


「ふむ。持って逃げればよいのでは?」


「抜けぬのでごわす。選ばれし者でなければ」


 マルボがいれば、エクスカリバーじゃーん!テンプレ!テンプレ!と大興奮だが、ここにはいない。


「ふむ。それを抜けるのが源義経殿という事でござるか?」


 源義経は壇ノ浦の戦いにおいて、三種の神器を回収する事を命じられていた。

 しかし海の底に沈んだことで後に責められる要因の一つとなった。


 源義経がこの世界で草薙剣を手にすることになるのであれば皮肉である。


「それはわからぬでごわす。草薙剣は精霊王エアリアルの力を必要とすると言われているでごわす」


「ふむ。しかし、草薙剣より種族の命の方が大切でござろう」


「某もそう思うでごわす。しかし、母国…里を出るのはカイコの問題もあるでごわす。この世界のカイコは神樹の葉が必要でごわす。カイコを連れて逃げるのは困難でごわす」


「ふむ。それで指導者が必要というのはどう繋がりがあるのでござる?」


 また、少し返答に間がある。


「…某達の現指導者はブラッサン帝国と和平を考えているでごわす。しかし、その施策に頼るのも危険。別の地で暮らすのにも新たな指導者を必要としているのでごわす」


「ふむ…」

 ところどころに納得しきれない動機。


 本当の事は言っていない。しかし、全てが嘘ではないとムサシは思う。


 スパイの疑惑はあるが、ベンケーの人柄はそこまで悪人とも思えないのがムサシの評価である。


――


「!!」


 ムサシが何かを察して歩みを止める。


「師匠…」


「気付いているでござるな?」


「うん…」


「何が起きたでごわすか?」


「殺気を一瞬だけ感じたじゃん。ちょっと漏れたって感じじゃん」


「お主達は拙者から少し距離をとるでござる」

 ムサシが先に進む。


 そこは大きな広場。


 ムサシチームに光魔法を使える者はいないので、あたりは暗闇である。


 完全に気配は消えているが、何者かがいる。


 一瞬の殺気が漏れなければ、気付かなかったかもしれない。


 そう。暗闇の中、刹那の微かな殺気は、陽炎のよう消えた。


「示現流一の太刀――チェーストォォォッ!!!」


 裂帛の気合いが響く。


「ぬううっ!?」


 暗闇の中の振り下ろされた一刀は、木刀で受けたムサシの全身に、落雷のような衝撃をもたらした。


「ふふっ…一では足らぬか…」


「お主…まさか…」


「中津…否、宮本武蔵よ。あの時はお互い歳を取りすぎていた。この世界の今なら剣で語れるというものよ」


「示現殿?東郷重位殿でござるかっ?」


 ◆◆◆◆


「嬉しくてな。つい殺気を漏らしてしまった。まさかこんな出会いが、今世の最後に訪れるとは思わなかった」


「待て!待たれよ!お主、何者でござる?」


 さすがのムサシも動揺が隠せない。


 前世で因縁のある東郷重位との異世界での出会い。


「わしは、今世ではアスラ族という妖精族でな。ジゲンとなのっておる。察しの通り東郷重位じゃよ。どちらで呼んでも構わんぞ。ふふっ」


 暗闇だが分かるジゲンの笑み。


 宮本武蔵が島原の乱に参戦した際に、二人は出会った。


 当時宮本武蔵五十代、東郷重位七十代と高齢ではあったものの、共に同じ九州地方で暮らしていた名のある剣豪。


 元々知らないはずもなく互いに興味はあったものの、機会は無かった。


 東郷重位は示現流の創始者である。


「あの時は歳をとり過ぎていたのでな。もうそんな活気もなかったが。剣で語りあいたい気持ちはあったぞ」


「……」


 光一つ無い暗闇であるが、ムサシは魔力の流れではっきりと分かっている。


 190センチはある身長。


 鍛え抜かれた筋肉は脂肪が一切なく針金を束ねたような体躯。


 異質なのは腕が4本あることだ。


「アスラ族でごわすと?」

 ベンケーは呟く。


 アスラ族とは妖精の一つの種族である。


 この世界での妖精とは元々精霊が混じった人間である。


 年月を重ねて一つの種族となっていった。


 すでにムサシもエルフや人魚に会っている。


「ベンケー、知ってるのかしら?」


「詳しくは知らぬでごわすが、非常に珍しい妖精族と聞いた事があるでごわす」


「わしらは神魔殿の守護者なのでな。表に出ることはない」


「そのアスラ族が何故拙者達と敵対するでござる?妖精ならば協力する立場ではないのでござるか?」


「わしの命はもう長く無いのでな。だが体は動く。千年以上ここの守護者を務めてきた。最後くらい我儘を通してもよかろう」


 ベンケーがミスリルソードを抜き、三姉妹も戦闘態勢を取るがムサシが制す。


「拙者とお主の試合を所望するという事でござるな?」


「死合だ」


 ◆◆◆◆


 ムサシが短い木刀を左手に持ち前に突き出し、右手に長い木刀をやや上段に構える。


 左は正眼、右は八相。


 宮本武蔵の二刀流。


 そして、全開の魔力解放。


 その姿を見てラッキーは唾を飲み込む。


 ピースもホープも全身に冷や汗をかいている。


 ベンケーも圧倒的な闘気を感じて息を飲む。


 ホープの流れる汗が地面に落ちる。


 その微かな音が合図になる。


「チェェェストォォォォッ!!」


 真っ直ぐに剣を振り下ろすジゲン。


「!!」


 ムサシが左で受け止める。


「弍の太刀ぃぃっ!!」


 ジゲンの二撃め!


 横薙ぎの剣尖を右で受けるが、その勢いでムサシが宙に浮く。


 咄嗟に姿勢を正して着地と同時に構えを再びとる。


「初めて見るじゃん」


「何をでごわす?」


「師匠の本気よ」

 ホープ、ベンケー、ピースの言葉に続きラッキーは頷く。


 ラーク達と出会ってからムサシが木刀を抜いて本気を出した事は無い。


 敢えて言えば、織田信長と思われる少年と対峙した時、アンラ・マンユの仮初の姿、そしてアジ・ダ・ハーカへの一撃。


 信長の時は一瞬。


 アンラ・マンユの時はムサシ曰く本気では無いとも言っていたという。


 アジ・ダ・ハーカには一撃のみの本気。


 どれにせよ、それらを見ていない三姉妹はムサシの本気をピアニスとの試合以外初めて見る。


 そして、今、本気のムサシを見て、ピアニスの時も本気ではなかった事を知る。


「莫大な魔力。神獣の血も得ているか。だが、肉体はまだ子供。アスラ族のわしと総合力は同程度。ゆえに技が決め手。ふふっ。最高の褒美よ」


「神の褒美とでも思っているのでござるかっ?」


「これが褒美でなくて何であろう?わしは千年以上この場所で考え続けてきた。あの時の事を…」


「島原のでござるか?」


「板倉殿を死なせたのは、わしの進言ゆえだ。『初太刀は一度で足りる』と」


「板倉殿は焦りがあったでござる。東郷殿の策の問題ではござらん」


 ジゲンが一歩踏み込む。


 ムサシは一歩下がるが、緩急をつけて前にでる。


 左の突きが二回。ジゲンが後ろに下がるとムサシの右の横薙ぎ。


 かなりの強撃。


 ジゲンが二刀合わせて受ける。


「ぐうっ!!」


 その瞬間ジゲンの右脚に激痛が走る。


 なんとムサシの蹴りが炸裂していた。


「あれってラーク兄の素手の技じゃん」


「ジャブジャブフックローって言ってるやつと一瞬ね」


 格闘マニア前世のラークが素手技で使うコンビネーションである。


 左ジャブ左ジャブ右フック左ローキックのコンビネーションをムサシが剣術に取り入れたのだ。


「やりおるな。だが、この程度いくら貰っても死にはせぬぞ」


「必殺の一撃は必殺の時に使うべきでござろう」


「ふっ。十でも足りぬと言っておる」


「十の中の一を十二分にすればよいでござろう」

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