011 壱章 其の拾壱 勇者の意志
解放の儀式
この異世界において5歳になると行われる儀式である。
勇者、賢者、聖女、戦士、魔法使い、狩人などから職人、商人、農家などジョブを授かる事ができる。
解放の間という祭壇の前で神に祈りを捧げる事によってジョブを得る事が出来るのだ。
儀式自体は数秒で終わるが、儀式を受ける本人の体感時間は数時間を超える。
解放の間は教会以外にもギルドや学校などにもあり、昨日崩壊してしまった教会以外でも受ける事は可能である。
ケントと新米冒険者達とキャメルを食堂に残して隣の冒険者ギルドに3人は赴いた。
祭壇に向かうムサシを見ながらマルボはハッとする。
「え?って事はムサシは今まで魔力が無かったって事だ!」
魔力はジョブの解放とともに授かるので、今までムサシには魔力が無かった事にマルボは気付いたのだ。
「それは、ミノタウロスの時に驚いたろ」
「そうじゃなくて木刀の威力だよ」
マルボの返し言葉にラークは開いた口が塞がらない。
ムサシの為に作られた木刀は最高に硬い木材で作られている。
ラーク達の前世、つまり地球においてもリグナムバイタ等重く非常に硬い木材が存在する。
リグナムバイタで作られた包丁で野菜等サクサクと切る事ができる。
この異世界の最高の木材はリグナムバイタよりも硬い。
ムサシの木刀はその硬さだけでも攻撃力があるのだが、木刀にはマルボが設計した魔力回路が施されており、更にケントの提案でコーティングされている。
マルボの魔力回路は魔力を込めるだけで木刀が強化されるように施されている。
だが、ムサシは解放の儀式を受けていなかったので今まで魔力が無かったのだ。
いかに最高の木材とはいえ、木刀の威力を最大限に活かせずに
魔人を2撃で倒し
ミノタウロスを1撃で倒し
オーガジェネラルを1撃で倒す
というムサシの非常識な強さに、またも2人は現実逃避をするしか無かったのであった。
「おおっ!」
2人が現実逃避をしている間にムサシの儀式は終わっていた。
「体が軽いでござる」
「やっぱり、更に強くなっちゃったよね」
「もう、人間じゃねぇな」
「なんと!拙者は人間ではござらんかったのか!?」
「まぁ、俺達と同じ転生者だからな」
「確かに、それなら仕方ないでござる」
「納得するんだ」
「それで?拙者のジョブは何だったでござるか?」
「あーテンプレテンプレ、ステータスオープンをしないとね」
マルボはいつものテンプレという言葉を使いムサシにステータスオープンの方法を教えてムサシのステータスが開示された。
「どれどれ」
ラークとマルボがムサシのステータスを確認すると同時に過去最高に笑い転げた。
ジョブ【宮本武蔵】
「ジョブが宮本武蔵ってなんだよっ!」
涙目で笑いながらラークが言った。
「ま、まさか、ここまでとは……」
マルボは腹を抱えて笑っている。
「むぅ、そこまで笑う事でござるか?」
「お前のジョブは勇者でも剣豪でもない。宮本武蔵だ」
「拙者は宮本武蔵でござるよ」
「プハーッ、もう無理ー」
マルボが限界を迎え床をバンバン叩き始めた。
「勇者じゃないけど、これはこれで凄いな」
「そうでござるか?拙者にはよくわからぬでござる」
「とりあえず、食堂に戻るぞ」
ラークが立ち上がり部屋を出た。
ラーク達が戻ると新米冒険者達が待っていた。
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「大丈夫だ。気にするな」
「え?気になるんですけど……」
「説明のしようが無いし、これ以上話をするには俺達の腹筋がもたない」
「腹筋崩壊案件だね」
「まぁ、簡単に言うとムサシのジョブは唯一無二の大剣豪ってとこかな」
「でも、ムサシが勇者だったらっていう線は消えちゃったね」
ドライアドは強い者の前に現れないのではなく、強い魔力を持つ者の前に現れない。
ゆえに解放の儀式を行なっていないムサシは遭遇する事ができた。
ヘカトンケイルとの戦いを想定するとムサシの解放は優先的であるため解放無しは考えられない。
解放の結果が勇者であるかもしれないという淡い期待もあったが、その希望は打ち砕かれた。
「選択肢はいくつかある。 俺達4人で早急にヘカトンケイルを捜索しドライアドと接触する前に倒す。 キャメルを連れて先にドライアドと接触し精霊の力を使い俺達と共にヘカトンケイルと戦う。 ドライアドとだけ接触し街に戻りヘカトンケイルの対策を練る。 ドライアドの事は諦めヘカトンケイル対策を行う。 街にいる冒険者全てを動員しヘカトンケイル討伐隊とドライアド接触隊に分かれて行動をする」
「どのプランにもそれぞれ問題があるね……」
マルボが考えているとキャメルが口を開いた。
「私、着いてくっ!」
「ダメだ」
即答でラークが答えた。
「どうして!?」
キャメルがラークに詰め寄る。
「俺達はこれから先、危険な戦いが待っている。キャメルを連れて行く事は出来ない。それに、キャメルは5歳だろ。キャメルを危険に晒すわけにはいかない。わかるな」
「でも、でも、私勇者だもん!世界を救う使命があるんだもん!」
キャメルの目から大粒の涙が流れ落ちる。
「その使命は未来にとっておけ!今は俺達にまかせろ!」
「今と、この街を放っておいて、未来っていつならいいの?どこならいいの?」
5歳とは思えない返しにラークは言葉を失った。
ケントとマルボはアイコンタクトで頷きマルボが口を挟んだ。
「ラーク、僕たちの負けだよ。ケントと僕で命がけでキャメルを守るから連れて行こう」
「私のタンク能力とマルボさんの魔法ならキャメルちゃん一人を守ることなら何とかなります。ただ、ラークさんとムサシさんの攻撃のサポートは難しいですが」
「わかった。ただし、絶対に離れないように。それと、戦闘中は俺の指示に従ってくれ」
「うん!」
「それじゃあ、飯食ったら準備して行くか」
「あの……僕たちも……」
新米冒険者の1人が口に出しかけた瞬間
「絶対にダメだ!」
ラークは言葉を被せた。
◆◆◆◆
食事を終えた一行は各々準備をはじめた。
ムサシはケントに木刀へ魔力を込め方を聞き練習をしている。
魔力を流すだけの簡単な技術なのでほぼマスターしていた。
ケントは代わりにムサシから抜重の説明を聞いている。
ラークも横で抜重の練習をしている。
マルボとキャメルと6人の冒険者はキャメルの装備を買いに武器屋や防具屋に行っていた。
手頃な片手剣と盾を購入したところ武器屋の店主が話を持ち掛けてきた。
「キャメルが勇者とは恐れ入るなぁ。実はさっき地方循環の行商人が商品を卸しに来ててな。まだ近くにいると思うがいい物があるか聞いてみるか?もちろんマージンは貰うがな」
マルボは折角なので行商人を呼んでもらうことにした。
「ありますよー!ピッタリな物が!」
行商人はテンション高めに店に入ってきた。
「これです!精霊のマント!!」
「精霊のマント?」
「はい!サラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ノーム、ドライアド等の精霊の髪の毛や体毛で編んだマントです!」
「効果は?」
「このマントを身につけると精霊の加護を少し得られます」
「それだけですか?」
「いえ、精霊の加護を得られる事が大きいですよ。普通の人では精霊の加護を得るのはとても大変なんです。でも、精霊のマントがあれば誰でも精霊の加護を少し得られるんです。しかも、効果時間は永遠です」
「何か微妙な気がする……」
「更に精霊に愛されている勇者様が身につければ精霊の加護は最大限に得られるのです!」
「それは、凄いな」
「そうでしょう?どうします?買っちゃいますか?」
「いくら?」
「2,000万ゴールドになります」
「2,000万???高っ!」
「いえいえ、普通はこんな値段で売る事は無いんですよ。けど勇者様に使って頂けるならと思いまして。それにヘカトンケイルがこの近辺にいたら私どもの行商にも影響が出てしまいます」
「て、店主さん…マージンの話は…」
「びた一文まからん!」
店主は眉をひそめているが口元は緩んでいる。
マージンいくら貰うんだろう……店主は笑いが堪えられない様子だ。
新米冒険者達の顔は青ざめている。
「これ、流石にラークに相談しないとなぁ……」
マルボは行商人と店主を連れて食堂に戻りラークと相談することにした。




