106 参章 其の玖 ピアニスの苦悩
「ベンケー殿は暗闇でも見えるでござるか?」
「この迷宮内なら多少は大丈夫でごわす。精霊力が豊富なので感知能力が高まるでごわす」
「では拙者が先頭を行くでござる。ピース、ホープ、ラッキーは拙者の後を。ベンケー殿は殿を頼むでござるよ」
そう言うとスタスタ歩き出すムサシ。
歩きといってもかなり速いので走る三姉妹。
「心得たでごわす。って、もういないでごわす」
独り言になってしまったベンケー。
暫く進みムサシは三姉妹に声を掛ける。
「大丈夫でござるか?ピース、ホープ、ラッキー」
「うん。鼻が効くから大丈夫じゃん。真っ暗でも関係無いじゃん」
「ベンケーの後だったら危険だったわね。前からオナラされたら即死だわ。このマスクでは浄化しきれないわね」
「ウケるー」
「ハッハッハッ、しかし風下はこっちでござるよ。ベンケー殿の放屁はこちらに来るでござるよ」
「え、危険じゃん!」
「少し離れなさいよ!ベンケー!」
「ウケ…ない…」
「……」
ほぼ初対面の小娘共にここまで言われる屈辱。
「何故、某はこんな…」
武蔵坊弁慶のイメージとは程遠い情けなさである。
◆◆◆◆
暗闇の中を進む先頭のムサシ。
歩いているのだが、他の人間の走るスピードより速い。
ピース、ホープ、ラッキーも走ってムサシを追いかける。
真っ暗闇で大丈夫と言っても、完全ではない。ムサシの匂いで追いかけるから可能である。
ベンケーはかなり大変そうである。
ベンケーはカイコ族。
精霊力を感じ精霊と多少交流ができるとの事。
カイコ族の他の特性や転生者としてのスキル、更にはジョブもまだ分かっていない。
「ベンケー殿。お主の事はどこまで聞いてよいでござる?」
「むむ?どういう事でごわすか?」
先頭のムサシと殿のベンケーが会話する。
「話したくない事もあるでござろう。無理強いはせぬ。話して良い事だけ話してくれれば構わぬでござる」
「そうでごわすな……ムサシ殿は某と気が合いそうでごわす……某は九郎殿…源義経殿と平家との戦で武蔵坊弁慶として生き、そしてこの世界に生まれ変わったでごわす」
「それは、聞いたでござるよ。源義経殿も義経記で知っているでござる。お主は何故に義経殿がこの世界に転生していると感じたのでござるか?」
「某達は強い指導者が必要なのでごわす。それが一点」
「ふむ、それでは義経殿の転生は願望なのでござるか?」
ベンケーの答えではムサシは納得しない。
「確かにそれだけでは願望でごわすな。カイコ族は同族の精神的繋がりが強いでごわす。その感覚的なもので感じ取ったというのが一つでごわす」
「ふむ。義経殿もカイコ族でござるか?」
「そうとは限らぬでごわす。ただ、精霊力によるものと思うでごわす」
「ふむふむ」
「ところでムサシ殿。キャメル殿は勇者と聞いているでごわすが…」
「ふむ?そうでござるがどうしたでごさる?」
「まさか!あなた幼女趣味なのかしらっ?」
「危険じゃん!変態じゃんっ!」
「ウケ…ない…」
ベンケーに容赦なく言葉を投げる三姉妹。
ベンケーは何もしていないのに……。
「某は5歳児趣味では無いでごわす!いや、5歳児趣味というものがあるのかどうか分からんでごわすが、とにかく違うでごわすっ!!」
「ふむ。それでどうしたでござる?」
「いや、あの禍々しい圧倒的なオーラは何でごわすか?」
「む?」
ベンケーの言葉に立ち止まるムサシ。
「どうしたのかしら?師匠」
「キャメルは禍々しくないじゃん」
「ウケ…ない…」
「お主、精霊力を感じ取れるのでござるな?」
「そうでごわす」
「忘れていたでござる…」
「???」
ムサシが忘れていた事。
それはキャメルの精霊石に宿る悪魔精霊シャイターンの事であった。
◆◆◆◆
ラーク達が先に進む。
大通りを進むのに変わらずケントは結界魔法と浄化魔法をかけ続けている。
タンク型戦士なので結界魔法には興味もあり、浄化魔法も人々を救える魔法。
ケントにとっては極めたい魔法なのである。
神の神殿で人々を守りたいという決意はより強固になり、ひと月ほどのテプランでの滞在で劇的に進化をしているのである。
元々凄い強いのだが、まだまだ伸びしろがあるのがケントの魅力。
とはいえ不慣れな結界魔法と浄化魔法のかけ続け疲労も見えてきた。
動きながらというのも、パーティ全員という広範囲も負担が大きい。
「ねぇ、ケント、少し変わろうか?僕にとってはたいした事無い作業だよ。ケントは盾役という本職の負担の方が大きいと思うし」
「ありがとうございます。しかし、私にとっては修行なのです。盾としても影響を出さずにやり切ります」
「いや、でもねぇ…」
「ピアニス様、ちょっとよろしいでしょうか?」
アンがピアニスの近くに行きコソコソ話をする。
「え?」
「その…ケント様には恋人とかいらっしゃるのでしょうか…」
「え〝」
変な声が出るピアニス。
この会話はラークだけ聞こえてマルボやワカバには聞こえていない。
ラークには聞こえているはず!
フォローしてくれる!
と、思うがミスター朴念仁なラークは、へぇ、アンはケントに気があるのかくらいにしか感じない。
さり気なくアンを見るピアニス。
アンにスパイ疑惑があったため、分かってはいたが、それを武器として使うかもという認識しかなかった…
滅茶苦茶美人なのである。
奴隷だった事もあり栄養は少なかったのだろうが、細身の癖に胸はなぜかある。
「ど、どうかしら…」
「私は、奴隷を強いられてきましたから、あんなに人の為に献身的な方を見たのは初めてなのです…鍛え抜かれた身体といい、顔は強面ですが実は優しいギャップといい…」
「そ、そうなのね…」
ワカバには聞かれていないかチラチラとワカバを見ながら汗だくになるピアニス。
使えないラークに指で空書きしてラークに指示する。
ラークがワカバに相談するように話かける。
何のことか分からないがピアニスの指示なのでラークはワカバに話しかける。
「この迷宮、ワカバはどう思う?」
「お、ワカバの分析力が上がってきたのを認めてあげるんだね」
マルボが口を挟む。
お前が喋るなーーっ!心の中で叫ぶピアニス。
「でも、私のような不潔な元奴隷がケント様のような…」
「そ、そんな事は気にしないと思うわよ。ケントは…」
「そうなのですか?」
顔が硬直して表情がないまま答えるピアニスと安堵の笑顔になるアン。
「そ、そうだ!やっぱりマルボに少し魔法を変わって貰ってケントは少し休憩して貰えばいいんじゃないかしら?」
ピアニスがケントに言う。
ナイスだわっ!私!とピアニスは思う。
普段であれば女子トークで聞きたいかもしれない話だが、今はタイミングが悪すぎる。
ケントはワカバを想っているだろう。
ワカバは自分の境遇や力不足の焦りで自分しか見えていない。
そんなとこまでケントは見守るつもりだろうというのが見解。
まさかスパイとは別ベクトルでアンが刺客になるとは。
そこで、マルボに魔法をお願いして、ケントにはアンと話をしてもらい、ワカバには自分が話をして取り敢えず今の脅威を最小限にするという作戦。
取り敢えず、優しいが優柔不断でもあるだろうケント。
アンと話せば一時的に好印象で終わるだろうが、直ぐに決断をする事は無いだろう。そこはケントを信じるしかない。
「ピアニス様。限界までやり切りたいのです。どうか私のわがままと思って下さい」
ケントの返答は意外にも断る。
優柔不断どころか、くそ頑固かよーーっ!ピアニスの心の突っ込み。
「素敵…」
口を抑えて熱い目でケントを見るアン。
どこがだーーっ!
泥沼にハマるピアニス。
「ケンちゃん、疲れてるの?」
キャメルが言う。
「ふふ、大丈夫ですよ」
なんとキャメルを抱き抱え肩にのせる。
更に負担を担ぐケント。
最近キャメルの指定席はムサシの肩車だったので久々にケントの肩に乗るキャメルは喜ぶ。
今までなら、そんな姿を微笑ましく見ていたワカバであるが、何でも抱えてしまうケントに対して少し不快そうな顔をする。
どうすればいいんだーーっ!ピアニスが混乱する。




