001 壱章 其の壱 宮本武蔵がいるらしい
ここはファンタジーのような異世界。
剣を振るう者がいて、魔法を使う人がいる。
ドラゴンが空を舞い、獰猛な魔物が人々を脅かし、人々はそれらと戦い続けている。
そんな世界で、冒険者と呼ばれる者たちが登場するのは、ごく自然なことである。
そんな、とある異世界の森に囲まれたとある街。
太陽は西の山々に向かって沈む頃。
市場には暖かなオレンジ色の光が差し込んでいた。
市場は活気づき、多くの人々が新鮮な食材や品々を求めて忙しく行き交っている。
野菜売りの少女が、丁寧に並べた野菜を客に提供していた。彼女の笑顔と元気な声は、多くの人々に癒しを提供していた。
しかし、市場の平和な風景は突如として崩れ去る。
「おいっ!!この果物傷んでるじゃねーか!!」
大男が木箱をドガッと蹴った。
木箱が当たりテントの棒が一本折れる。
「俺様を舐めてんのか?B級冒険者様だぞ!」
怒鳴られた野菜売りの少女は俯いて震えているだけである。
「あれ、傷んでるのを安く売ってるんだよな?」
「ああ、看板に書いてあるぞ。最初から傷んでるって」
周りのギャラリーが小声で話している。
最初から訳あり商品として安く売っているのに、このB級と名乗る冒険者はクレームをつけているのだ。
いや、クレームとは言わない。横暴なカスタマーハラスメントである。
「あぁん!何か文句あるのかっ!」
B級冒険者の男は怒声を上げギャラリーを威嚇する。
「ある!」
テントの棒を持った少年が前に出てきた。
「なんだてめぇは!?ガキは引っ込んでろ!」
少年は何も言い返さず棒を構えた。
「おおっ!ムサシだ!!やっちまえ!」
「頑張れムサシッ!」
周りからヤジが飛ぶ。
「ちっ!ガキが!」
男は腰の棍棒を大きく振りかぶって少年い殴りかかった。
ムサシはスッと避けると棒の先端で男の首元を打つ。
「ぐあっ!」
男は卒倒した。
「強えっ!」
「10歳程度にしか見えねえぞ!!」
「あれがムサシだよ!」
「スゲーな!剣聖の生まれ変わりか?」
ギャラリーの言葉に一瞬ピクッと驚くムサシ。
実は、当たらずとも遠からず。
この世界で10年程しか生きていないが、ムサシは前世の記憶を持っている。
前世の名前は宮本武蔵。
日本史上最強の剣豪である。
ムサシは折角生まれ変わったのだから剣とは別の道を歩みたいらしい。
だが、棒切れひとつ持てば体が自然に動く。
そう、前世の剣術が体に染み付いているのだ。
なにしろ、冒険者が集まる街中は治安が悪い。
度々酔っ払った冒険者がいざこざを起こす。
遭遇するたび、見るに見かねて暴れる冒険者を倒してしまう。
このままだと今世でも剣の道を歩むことになってしまう!
というのが今のムサシの悩みらしい。
「あの、ありがとうございます」
先程、絡まれていた野菜売りの女の子だ。
「いえ、気にしないで…」
「お礼をさせてください」
「いや、いいです…」
その場を離れようと振り返ると
「せめてお名前だけでも」
ふと、前世を思い出すやり取りに笑ってしまうムサシ。
「ムサシ…」
数歩歩いたところで
「あ…」
野菜を買いに来た事を思い出したようだ。
今更先程の野菜売りから買えない…
明日の昼にまた来ることにした。
少々要領の悪いところは前世から変わって無いようである。
◆◆◆◆
ようこそ!
異世界の扉を開いてくれてありがとう!
俺っちはエスファリオン!
この世界の絶対神と呼ばれる存在なのよ。
無限にある異世界の中から、俺っちの創った世界を選んでくれた君にお礼を言いたいんだぜ。
何?ちょっと覗いてみただけ?
まあ良いよ。
ブラウザバックでもトップページに戻るでも何でも好きにしてちょうだい……
でも、覗いて見てくれるだけでも俺っち助かるから、長居してくれると嬉しいかな~……
俺っち、ちょっと困っててさ……
別の世界から悪い神々が来て困ってるんだよ。
だから、他の世界の神様にお願いして力を貸してもらってんだ。
君にも応援してもらえると心強いんだけどなぁ。
いや、引き留めないよ。
異世界の扉は無限にあるからね~。
無限だよ!MU・GE・N!
無限に存在する異世界は人間が想像できる全ての世界があるから。
人間が想像する世界も限りがあるから無限には追いつきようがないのよ。
だってさ、君の世界中の人々80億の人間がさ。
100通りの世界を想像しても、8,000億の世界でしかない。
無限の前ではゼロに等しいの。
だから他の異世界の扉を開くのもいいよね。
でもね。そんな無限にある異世界もね。全ての異世界で共通して存在する物があるんだ。
それはね《愛》という尊きもの!
この世界もね、愛の力で成り立っているんだよ!
何?宮本武蔵が転生した姿を見せてくれるんじゃないのか?って?
そうだよ。ムサシを追っかけるよ。
何?宮本武蔵に愛はあるのかって?
あるよ。
まぁまぁ気になるならゆっくり見ててちょ!
◆◆◆◆
「はぁ~今日も疲れたっぺな~」
「そうだねぇ。でも明日は休みよぉ」
「あ、そういえばそうだっぺ~」
ギルドの職員二人が仕事終わりに飲み屋に来ていた。
「それにしても凄い子がいたっぺなぁ」
「そうだねぇ。あんな小さな子がB級ライセンスを倒すなんてねぇ。しかも一撃ぃ~。噂によると剣聖様の再来とか言われてるみたいだねぇ~」
「でも、ムサシって変な名前だっぺな~」
急に隣の席の一人が立ち上がった。
「ねぇ、今の話詳しく教えて!」
二人の会話に興味があるようで、寄ってきた。
10歳くらいの綺麗な顔立ちをした男の子である。
飲み屋に子供?と二人は不思議に思うも、隣の冒険者風の二人の連れだろうと思い、話をすることにした。
◆◆◆◆
「武蔵だよ武蔵!絶対宮本武蔵だよ!」
少年は興奮しながら宿屋で二人の男に話す。
「誰ですか?そのミヤモトムサシというのは」
長身で筋肉質の男が質問する。
「あぁ、俺達の転生前の日本という国の伝説の剣豪だよ」
答えたのは細身だが引き締まった体のもう一人の男だ。
「そうかー。ケントは日本人じゃなかったし、僕らと生きてた時代も違かったよね。」
「あぁ、たぶんケントは北欧の田舎だろ。俺らより結構昔の人なんじゃねーかな」
「同じ国で同じ時代の二人が珍しいのです」
見た目と違いケントは優しい喋り方をする。
「ねぇ、ラーク。明日なんだけどさ…」
「……」
ラークと呼ばれた男は腕を組んで黙考している。
「会ってみるか、ムサシに…」
「よいのですか?明日この街を出ないと船に間に合わないかもしれません…」
ラークの言葉にケントが反応する。
「行程はだいぶ早く進んでるからな。まぁ次の船でもまったく問題ない」
ラークはケントに答えた後、独り言のように呟いた。
「会ってみないことにはな……」
ラーク、ケント、そしてもう一人の少年マルボは冒険者である。
様々な依頼をこなし生計を立てている者達の総称だ。
そして3人は転生者である。
この世界では転生者と呼ばれる存在が複数人確認されている。
転生者は前世の記憶を持ち、生まれつき特別な力を授かっている。
前世の記憶を持ったまま異世界に転生する。
使命があり、この世界の為になる事を行う必要があるはずだ。
常に考えているのである。
彼ら3人は志の高い『いい人』なのだ。
トップクラスの実力の彼らは、人々を救いながら生活している。
この街の遥か東『首都ダサラ・テポ』で彼らを知らない人はいない。
彼らは現在、国からの依頼で西へ向かっている最中だ。
目的地は遥か北西、そこにいけば彼らの使命も分かると言われている。
『宮本武蔵』が転生した人物ならば、自分達と似た使命を持っているかもしれない。
B級の冒険者を簡単に倒す10歳の子供。
宮本武蔵で無かったとしても転生者か大天才。
一緒に旅をして使命を知るべきだ。と思うのである。
だが、悪人の可能性もある。
もし、それだけの力を持った人物が悪人ならば、放っておくわけにはいかない。
仲間に勧誘するにせよ、危険な存在として認識するにせよ、ムサシという人物と強さを確認しなければならない。
「とりあえず、明日街を出るのは中止だ。ムサシを探してみよう」
ラークの決定に二人とも異論は無いようだ。
ラークの前世は日本人である。
50歳手前で交通事故で命を落としこの世界に転生してきた。
長年、武道・格闘技を趣味としており、引越し業を営んでいたため極めて身体能力も高い。
ムサシの話を聞いてからラークはずっと考えている。
果たして宮本武蔵は現代のトップアスリートや達人より強いのだろうか。
もちろん現代とはラークの前世である地球の話だ。
おそらく、日本人で宮本武蔵の名前を知らない者はいない。
日本史上最強の剣豪といえば多くの人が宮本武蔵と答えるはずだ。
しかし、400年も昔の話。
逸話、誇張、創作、どこまで本当かわからない。
ありえないのだ。
科学的なトレーニングや栄養管理により作られた肉体と身体能力。
長年蓄積された技術の継承。
論理的に昔の人物が現代の人間より強いはずはない。
前世のラークは凡人であった。
だが、現代のトップアスリートや達人の実力をその身で知っている。
学生時代、武道で本物の天才と対戦した。
「本物の天才とはこういう奴か…」武道で飯を食っていくことを諦める程の実力差を知った。
全く相手にならないが、相手との距離感くらいは分かるものである。
夢は破れても好きな武道は続けていた。
長く続けていると何度か達人と巡り合う。
何度も天才との差を思い知らされたが、相手の強さを肌で感じ取る事は出来るようになっていた。
そして異世界に転生した今はトップクラスの冒険者。
この世界では達人なのだ。
前世で一度捨てた夢、その時の想いが甦ったような気持ちになった。
「宮本武蔵か…面白れぇ…」
ラークは笑みを浮かべながら眠りについた。
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第一話、お読みいただきありがとうございます。
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2023/8/9
第一話、大幅に修正いたしました。
大筋は変わっていませんが、元々の内容も下記に残しておきます。
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突然だが、貴方は『パラレルワールド』という言葉をご存知だろうか。
パラレルワールドとは、ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界を指す。
例えば、貴方が昨日選んだ靴が、黒だったか茶色だったかの違い。
その些細な違いから無限の可能性が広がり、可能性全ての世界が存在しているのだ。
実は、概念だけでなく、実際に物理学でも理論的な可能性が語られている。
例えば、量子力学の多世界解釈などである。
そんな仮説については割愛しよう。
無限に存在するパラレルワールドには、人間が想像できる全ての世界が存在する。全て存在するのだ。
例えるなら、空を翔ける人々、魔法の奇跡、機械の戦い、現実的ではない空想の世界。
そんな空想の世界ですら、無限の前には存在せざるを得ない。
人間が想像できるあらゆる世界も限りがあるのだから無限の存在には追い付かない。追いつきようがないのだ。
世界中の80億の人間が100通りの世界を想像しても、8000億の世界でしかない。
無限の前ではゼロに等しい存在である。
剣と魔法のファンタジーの世界。
そこで繰り広げられる物語は、勇敢な冒険者たちの旅の物語である。
我々が生きるこの世界とは大きく異なる存在を持つ世界は、異世界と呼ぶにふさわしい。
ただし、そんな異世界を含め、全ての世界に共通して存在するものがある。
それは「愛」という名の尊き存在だ。
人々は不思議なことに、見えなくても、聞こえなくても、匂いも味も触感も持たないにもかかわらず、「愛」が存在することを知っている。
この物語は、ある異世界の冒険の物語であり、同時に偉大なる愛の物語でもある。
笑ってしまう事もあるだろう。
涙することもあるだろう。
時には怒りを感じる事もあるかもしれない。
しかし、これは愛の物語であることを忘れないでほしい。
そして、どうか一緒に冒険してほしい。
彼らの、ありのままを受け入れてほしい。
◆◆◆◆
「強えっ!」
「10歳程度にしか見えねえぞ!!」
「剣聖の生まれ変わりか?」
その言葉に一瞬驚いてしまった。
実は、当たらずとも遠からず。
俺はこの世界で10年程しか生きていないが、前世の記憶を持っていた。
前世の名前は宮本武蔵。
剣の道を極めんとした者だ。
宮本武蔵の生涯を終え、深い眠りについたと思ったら赤ん坊として目が覚めた。
いや、母親の母胎にいる時から意識はあった。
戸惑ったがすぐに理解した。
どうやら前世の記憶を持ったまま生まれ変わったようだ。
せっかく生まれ変わったのだ。
剣とは別の道を歩もう。
と、思っていたのだが、難しい。
棒切れひとつ持てば体が動いてしまう。
前世の剣術が体に染み付いているらしい。
冒険者が集まる街中は治安が悪い。
度々酔っ払った冒険者がいざこざを起こす。
そんな場面に遭遇するたび、見るに見かね暴れる冒険者を倒してしまう。
今日の相手はB級ライセンスの冒険者だったらしい。
B級のライセンスとなると素行はおいといても一目置かれる存在だ。
それをあっさり倒してしまった。
街の人からしたら天才とでも思うのだろう。
それが俺の悩みでもある。
このままだと今世でも剣の道を歩むことになってしまう!
なんとかしないと・・・
「あの、ありがとうございます」
考え事をしていたら声をかけられていた。
さっき絡まれていた野菜売りの女の子だ。
「いえ、気にしないで・・・」
「お礼をさせてください」
「いいですよそんなの」
そう言ってその場を離れようと振り返ると
「せめてお名前だけでも」
ふと、前世を思い出すやり取りに笑ってしまった。
「ムサシです」
数歩歩いたところで気がつく。
野菜を買いに来たんだった。
今更先程の野菜売りから買えない。
仕方ない。
今日は帰って明日の昼にでもまた来よう。
少々要領の悪いところは前世から変わって無いようだ。
◆◆◆◆
「はぁ~今日も疲れたっぺな~」
「そうだねぇ。でも明日は休みよぉ」
「あ、そういえばそうだっぺ~」
ギルドの職員である二人は仕事終わりに飲み屋に来ていた。
「それにしても凄い子がいたっぺなぁ」
「そうだねぇ。あんな小さな子がB級ライセンスを倒すなんてねぇ。しかも無傷で~。噂によると剣聖様の再来とか言われてるみたいだねぇ~」
「でも、ムサシって変な名前だっぺな~」
その話に反応したのか、急に隣の席の一人が立ち上がった。
「ねぇ、今の話詳しく教えて!」
二人の会話に興味があるようで、近くまで寄ってきた。
10代前半くらいの綺麗な顔立ちをした男の子である。
飲み屋に子供?と二人は不思議に思うも、隣の席の冒険者風の男二人の連れなのだろうと思い、話をすることにした。
◆◆◆◆
「武蔵だよ武蔵!絶対宮本武蔵だよ!」
話を聞いた少年は興奮しながら宿屋で二人の男に話す。
「誰ですか?そのミヤモトムサシというのは」
長身で筋肉質の男が質問する。
「あぁ、俺達の転生前の日本という国の伝説の剣豪だよ」
答えたのは細身だが引き締まった体を持つもう一人の男だ。
「そうかー。ケントは日本人じゃなかったし、僕らと生きてた時代も違かったよね。」
「あぁ、たぶんケントは北欧の田舎だと思うぜ。俺らからは結構昔の人なんじゃねーかな」
「前世が同じ国で同じ時代のお二人が珍しいのです」
見た目は長身で筋肉質のケントだが、喋り方は丁寧である。
「ねぇ、ラーク。明日なんだけどさ・・・」
「・・・」
ラークと呼ばれた男は何か考えているようだ。
「会ってみるか、ムサシに・・・」
「よいのですか?明日この街を出ないと船に間に合わないかもしれませんが・・・」
ラークの言葉にケントが反応する。
「行程はかなり早く進んでるからな。まぁ次の船でもまったく問題ない」
ラークはケントに答えた後、独り言のように呟いた。
「会ってみないことにはな・・・」
ラーク、ケント、そしてもう一人の少年マルボの3人は冒険者である。
冒険者とは、この世界では様々な依頼をこなし生計を立てている者達の総称だ。
そして3人は転生者でもある。
この異世界では前世の記憶を持った転生者と呼ばれる存在が複数人確認されている。
転生者は生まれつき特別な力を授かっている。
更に前世の身体能力も加算される。
彼ら3人はいわゆる『いい人』達である。
前世の記憶を持ったまま特殊な異世界に転生する。
それは、何か理由があると考え続けてきた。
自分には使命があり、この世界の為になる事を行う必要があるはずだと。
すでに世界でもトップクラスの実力を持っている彼らは、日々その力を使って人々を救いながら生活してきた。
今現在いるこの街の遥か東にある『首都ダサラ・テポ』では彼らを知らない人はいない。
彼らは現在、国からの依頼を受け西へ向かって進んでいる最中だ。
目的地は遥か北西、そこにいけば彼らの使命も分かると言われている。
そんな彼らは、『宮本武蔵』が転生した人物がいるのであれば、自分達と似た使命があるのかもしれないと思う。
B級ライセンスの冒険者を簡単に倒す10歳の子供。
『宮本武蔵』で無かったとしても転生者もしくは大天才であろう。
一緒に旅をして使命を知るべきであると思うのは当然の事だった。
だが、悪人の可能性もありえる。
もし、それだけの力を持った人物が悪人ならば、彼らは放っておくわけにはいかない。
仲間に勧誘するにせよ、危険な存在として認識するにせよ、ムサシという人物と強さを確認しなければならない。
「とりあえず、明日は街を出るのは中止だ。明日はムサシを探してみよう」
ラークの決定に二人とも異論は無いようだった。
ラークの前世は日本人の男性であった。
50歳手前で交通事故で命を落としこの世界に転生してきたのである。
学生時代や若い頃は武道を趣味としており、引越し業を長年行なっていたため極めて身体能力が高い。
ムサシの話を聞いてからラークはずっと考えている。
果たして宮本武蔵は現代のトップアスリートや達人より強いのだろうか。
もちろん現代とはラークの前世である地球での話だ。
おそらく、日本人で宮本武蔵の名前を知らない者はいないであろう。
日本史上最強の剣豪といえば多くの人は宮本武蔵と答えるはずだ。
しかし、それは400年も昔の話。
逸話、誇張、創作、どこまでが本当かもわからない。
科学的なトレーニングや栄養管理により作られた肉体と身体能力。
長年蓄積された技術の継承。
ありえないのだ。
論理的に昔の人物が現代の人間より強いはずはない。
前世の時にラーク自身が達人だったわけではない。
だが、ラークは現代のトップアスリートや達人の実力をその身で知っている。
前世の学生時代、武道で本物の天才と試合をしたことがある。
「本物の天才とはこういう奴か・・・」武道で飯を食っていくことを諦める程の実力の差を知った。
全く相手にならないが、相手との距離感くらいは分かるものである。
夢は破れても好きな武道は続けていた。
長く続けていると何度か達人と巡り合うものである。
何度も天才との差を思い知らされたが、相手の強さを肌で感じ取る事は出来るようになっていた。
そして異世界に転生したラークは、今現在この異世界でトップクラスの冒険者である。
この世界では達人なのだ。
前世で一度捨てた夢、その時の想いが甦ったような気持ちになった。
「宮本武蔵か・・・面白れぇ・・・」
ラークは笑みを浮かべながら眠りについた。