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猫と刀とモルフェウス  作者: 小原ミツマサ
第二話
18/31

(あらすじ:宮部に連れられて訪れた別の魔師の村で、栄治たちは三枝行人という青年に出会う。そして宮部は自分のキリンジを紹介する。)


   *


 宮城県と福島県の県境付近で一泊し、翌日もまたバスを乗り継いで南下した。昼過ぎに、福島県の南西部でバスを降りて山道に歩み入った。


 栄治が絵瑠の村を訪れたときのような、長々とした、次第に雑然としていく道がつづいていた。一時間ほど歩いたころ、ようやく村が現われた。絵瑠の村よりも大きく、日用品店なども揃っており現代的に見えた。家の造りもテレビのCMで見るようなモダンな様式で、首都圏の住宅街にいるのかと錯覚してしまうほどだった。


「絵瑠の村では出迎えがあったが、あれは異常だよ。田舎者丸出しって感じだ」、宮部は言った。


 村の中の何気なく建っている家の前で立ち止まると、宮部はインターフォンを押した。


「俺だ。戻ってきたぞ」


 すると、すぐさま玄関から男が出てきた。


「宮部先生、おかえりなさい」と彼は言う。


 見るからに若そうな男だった。自分よりも年下で絵瑠よりも年上といったくらいかと栄治は断ずる。背は高いが、肉付きはあまり良くなく、痩せているといえばそうだった。宮部に対して労苦をうかがう言葉をかけているあいだ、表情は常ににこやかだった。だが、その顔があまり変化しないことが、怪しさというよりも妖しさを演出していた。


「あっ、新しい人ですか」、若い男は絵瑠を見て言った。


「そうだ。特級魔師候補、お前と同じな」


 絵瑠が玄関に行くと、男はためらいもなく右手を差し出した。絵瑠が遅れて右手を出し、握手すると、


「三枝行人です。よろしく」と言った。


「あ、水守絵瑠です」


「中に入りましょうか。まあ僕の家じゃないんですけど」


 三枝は居間に三人を通すあいだに簡単に自己紹介をした。19歳、関西出身、三年前から宮部の旅に同行していて、これから絵瑠と同じく特級魔師資格を取る、ということだった。


「僕のキリンジは蛇です」と言うと、三枝の服の中から檜皮色の蛇がぬっと顔を出した。「三年前からずっと一緒だから、めちゃくちゃ懐いてるんですよ」


 しばらくすると、居間に宮部と同年代くらいの男が、鳥かごを持って入ってきた。鳥かごの中には、一匹の烏がいて、きょろきょろと首を振っていた。


「これが、俺のキリンジだ」、宮部は言った。


「メンテナンスは無事に終わりましたよ」と男が座りながら言った。


 鳥かごの扉を開けると烏がぴょんと跳ねてテーブルの上に降り立った。そしてすぐさま羽ばたいて宮部の肩にとまった。


 男はつづけた。「でも、状態はあまり良くないですね。たぶん寿命は残り一年か、短ければ半年くらいでしょう」


「だろうな。最近はあまり空も飛ばなくなった」


「キリンジにも寿命があるのか?」、栄治は訊く。


「平均して20年くらいだな。お前だってそうだからな」


「マジかよ……」


 そのとき、男が自分の方をぎょっとした顔でこちらを見つめているのに栄治は気づいた。


「待ってください。このキリンジしゃべるんですか!?」


「おい栄治、勝手にしゃべるなよ」、宮部は額の汗を手で拭った。「こいつはいろいろと事情があって、人間の意識があるし、言葉が話せるんだ。だが、他言無用、ここで見たことは誰にも話すな」


「……ええ、わかりました」、おどおどしながら男は言った。


 三枝がさっきと同じようなにこやかな表情でこちらを見ていた。その視線に栄治が気付いた瞬間、彼はそこに強い好奇心を感じとった。まるで異国からやってきた物珍しい生き物に向けるようなものがあった。


「お世話になりました」と宮部は男に言って、おもむろに立ち上がった。「さあ、もう出るぞ」


「もうですか?」、三枝が驚いて聞き返す。「ゆっくりしていっても――」


「ここに長くいたって意味ないからな」


 三枝は何度も食い下がり、近くに温泉街もあるからと引き止めたが、宮部は断固として揺るがなかった。三枝と烏を含めた一行はすぐにその村を後にして、バスを乗り継いで南下する旅に戻っていった。


 夕闇も迫ってきて、今夜の宿の不安も芽生え始めたあたりで、さびれた民宿を見つけたのでそこに泊まることにした。福島県を抜けて栃木の北西部にさしかかっていた。


 部屋を二つ取って、男女に別れることにした。狭い部屋に男三人は嫌だな、と栄治は一瞬思ったが、よく考えると宮部と三枝の実質二人分でしかなかった。それに栄治は部屋の隅に転がっていればいいのだ。


「おい、そんなに急いでるならどうして新幹線を使わないんだよ」、宿の部屋に通されたとき、栄治は訊いた。


「俺も使えるなら使いてえよ」と宮部は言ったが、語気は穏やか、というよりも弱かった。というか、それまで小うるさく冗談を飛ばしていたはずなのに、村を出たあたりから口数が減り、沈思黙考するときが増えていた。


 これまで散々強引なことをのたまってきた宮部がここに来てしおらしさを見せているのに気づいて、栄治は人知れず苛立ちを感じた。村人たちに最上級にあがめられており、三枝に「先生」と呼ばれるような地位にある人間が、かんたんに弱々しい態度をあらわにしていたからだった。烏の寿命を聞いてからだということはわかるが、そこまで極端に大の大人の感情が動くのか、という驚きもあった。 


「ペットが死んじまったときみたいな顔してるぜ」、栄治は笑いを誘うつもりでそう言った。


「うるせえな。俺にはペットどころの騒ぎじゃねえんだよ」、宮部は真顔だった。


「20年近く一緒に旅をしてるなら、愛着も湧くだろうな」、からかうように栄治は言う。


「黙ってろ。今すぐ黙れ」


「まじで大事にしてたんだな。誰を――」


 しかし、栄治を遮って三枝が言った。「栄治さん、この人は本当にやりますよ」


 と、同時に、栄治の緩んでいた口元が急に締め上げられ、上唇と下唇がぴったりと合わさってしまった。


「……!」


 前脚で口を引っかいてもどうにもならなかった。


 栄治が宮部に目線を送ると、宮部は三枝を見て、両手のひらを上に向けた。犯人は宮部ではないのか。


 吹き出すように三枝は笑っていた。「困った顔がかわいいですね。ほんとに猫みたい」と言って、ひとしきり笑ったあと、魔法を解いた。


「お前なあ……」


「悪いのは栄治さんの方ですよ」、三枝はすかさず言う。「言っときますけど、僕は100パーセント宮部先生の味方ですから」


「なんだそれ」


「信者みたいなもんですね」


 飄々とした態度をそれまで取っていた三枝が、堂々とそう言ってのけるということが意外だった。むしろその飄然としながらも信者であることを宣言したことが、その言葉の重さを担保しているかのようだった。貼り付けたような笑みは、はじめて見たときからずっと変わらずにそこにあるのだが。


「よしっ」と宮部が膝を叩いて言った。「栄治に釘を刺したところで、絵瑠を呼んで来い。話したいことがある」

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