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猫と刀とモルフェウス  作者: 小原ミツマサ
第二話
16/31

(あらすじ:絵瑠が目覚めた。村を出ていくことに決まり、栄治はキリンジの性質について知る)


   *


 さらに翌朝には絵瑠の体力は元通りになっていた。そのことは、言われずとも彼女から伝わってくる感覚で栄治にはわかっていた。生気の戻った絵瑠の顔は、栄治がはじめて出会ったときよりも生き生きとしているように見えた。麒麟を倒したことで溜飲が下がったのかもしれない。


 いつもそうしているからだろうか、絵瑠は早朝から庭に出て魔法の練習をしていた。と言っても、小規模のもので、光の刃を放つ魔法を小さく小刻みに繰り返すというものだった。正確さを求めているのだろうと思えた。


 宮部と栄治は縁側で朝食を食べながら、絵瑠の練習風景を眺めていた。山から切り出してきた太い丸太に光刃が突き刺さる音は、耳に心地よかった。


「中々だな」と宮部は言った。「だが、光の魔法はもう使うな」


「……なぜですか?」


 東京に行き資格を取ることは、昨日宮部が絵瑠に話して了解を得ていた。明日にでもこの村を出て行くことになっている。村長もそのことを聞いて驚きはしなかった。むしろそれを望んでいるようでさえあった。


「主流の魔法じゃないからだ」


「別に魔法は使えれば使えるだけ良いだろ」、隣にいた栄治が口を挟んだ。


「オールラウンダーになるよりもスペシャリストになった方がいい。今の流行は結界術だ。試験までに結界術を使えるようになれ」


「結界術って、このあいだあんたが使ってた壁の魔法か?」


「そう。資格を取るためにも、資格を取った後に出世していくためにも、結界術は必要になる。早いうちに覚えた方がいい」


「わかりました」


 絵瑠は練習をやめにして、縁側から上がり朝食を摂るために食卓へ入って行った。


「なあ、別にあの魔法は禁止しなくていいんじゃないか」、栄治は言う。


「魔法ってのはな、癖みたいなもんなんだよ。考える前に、勝手にその魔法が出てきてしまう。口癖だな。それを直すには一旦口癖を禁止にしなきゃならん」


「そんなに単純なことなのか?」


「単純なことじゃないけど、これ以外に方法はない」


「ところで、俺にもなんか魔法が使えたりしないのか? ほら、麒麟だって空を駆け回ってたじゃねーか」


「普通、キリンジが使えるのは物を収納する魔法くらいだな。でも、お前は意識があるからもっと難しい魔法も使えるかもしれない」


「普通のキリンジには意識がないって言うけど、それってどういうことなんだ」、栄治は自分の肉球を見つめながら言う。「死んだってことなのか、それとも俺以外のキリンジも方法が見つかれば元に戻るのか」


「魔師のあいだでよく言われるのが、人間と哲学的ゾンビの違いに近いものがあるってことだな。お前、大卒なら哲学的ゾンビくらいわかるだろ」


「いや、はじめて聞いたけど」


「なんだよ知らねえのかよ」、宮部は明らかにバカにしたように言った。「哲学的ゾンビっていうのは、物理的にはその人の脳はちゃんと動いているけど、どこにも意識と呼べるものがない奴らのことだ。あくまで仮想的な概念だがな。物理的な観察だけでは、それが人間か哲学的ゾンビなのかはまったくわからないんだ。キリンジも、人間のときの記憶や脳の働きはそのまま残っているが、その人の意識が残っていない。それがわかってる」


「なるほど……。でも、どうしてキリンジに人間のときの記憶と脳の働きが残っているってわかるんだ? 実験したのか? でも物理的な観察ではわからないんだろ?」


「うーん……説明が面倒だな」


「説明し始めたんだから最後まで説明しろよ」


「とにかく、それがどうしてわかっているのかは、そのうちわかる。それだけは言える」と宮部は言った。「というか、よく考えたらお前だってペラペラしゃべっているだけで意識があるかどうかはわからないな」


「俺はあるよ。ほら、自分には意識があります、なんて言うキリンジはいないだろ?」


「自分で『ある』って言っただけでは証拠にはならんな。機械的に『ある』と言っているだけかもしれないから」、不敵な笑みを浮かべて宮部は言った。冗談で言っていることはわかるが、どこか冗談にならなそうな危うさがあるように感じられた。「ま、それも含めて東京に着いたら検査しなけりゃならんな」


 宮部は栄治の頭を上から押さえつけて、強引に撫でた。


 絵瑠が入っていったダイニングの方から、ドア一枚を隔てて村長の話し声が聞こえてきた。図太く粗雑に響くその声は、宮部のそれとはまったく対照的であることに栄治は気づく。比較することではじめて感じられたのは、宮部の声がときにか細く、弱々しくなることもあるということだった。村長にはそんな揺らぎさえないのだ。


「特級魔師になったらこの村全体のほこりだよ」、村長は絵瑠に言う。


 それに対する絵瑠の返事は聞こえてこない。むしろ村長の声が大きすぎるのだ。宮部の話し声は、襖一枚隔てただけで聞こえなくなるだろう。絵瑠のそれはもっと小さい。


 そろりと立ち上がり、ドアの方に近付こうとしたとき、宮部が声をかけてきた。


「おい、盗み聞きするつもりか」


「えっ、そんなわけないだろ」、図星だった。


「出発の準備をお前もはやく済ませろ。お前の荷物は魔師協会に送り付けるからな」、そう言って宮部は栄治の首をつまみ上げて、二階の部屋へと連れて行った。


 二階に上がってもまだ、村長の声は聞こえていた。たぶん家全体に聞こえるようになっているのだろうと、栄治は思った。

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