帝国支部襲撃③
本来であればもう少し作戦を練り、なんなら第三部隊との合流を待たなければならないのかもしれない。
しかしとにかく時間がなかった。
ミアや第四部隊の安否が不明な以上、素早い突入が求められた。
輸送車で移動し、2時間。到着したところは山の麓だった。
支部は東側に見える。
車は目立つところにはおけない、という理由からだ。
そこから双眼鏡を使い、今回の襲撃先である帝国支部を確認する。
北側に高い鉄の網と黒い鉄の門が見える。
周囲には多くの、黒い鎧を着た兵士がうろついていた。
あれが正面側だ。
「ではここで」
イーガルさん、ユンさん、ヴァダインさんとはここで別れることとなった。
次に会う時は、無事に作戦が成功した時、か。
「ご武運を、アリアさん、リュウガ」
イーガルさんが言う。
「頑張って~、リュウガくん」
声をかけてくれたのはヴァダインさんだった。
「大丈夫。隊長もいるから」
ユンさんもフォローしてくれた。
オレの顔色は相当悪かったのかもしれない。
輸送車には技術班の1人が待機する形となった。
もう1人は本部にいる。無線で連絡を取り合っているようだ。
無線機はとても大きく、戦いには持っていけないとのことだった。
そのための技術班なのだろう。
彼らもこの戦いに命を懸けている。
「行くぞ、リュウガ」
アリアさんはオレの背中を軽く叩いてくれた。
ずっと震えていた手足が止まったように思えた。
先に北側へ進んでいくアリアさんの背中を追いながら、ステラと会話する。
「戦いになったら……ステラの力が必要だ」
≪再びハッキングする、ということですか?≫
「うん、頼むよ」
≪かしこまりました≫
「前と違って今回は手加減しなくていいからな」
≪どうなるかわかりませんよ≫
そういうステラは少し楽しそうだった。
本当に感情がないのだろうか。
「止まれ」
アリアさんが立ち止まり、2人とも身をかがめる。
覗いてみると、関所のような場所で話す兵士が2人見えた。
「作戦通り、合図は派手に、だ。後は向こうが侵入のタイミングを計る。私たちの最初の仕事は作戦の開始を3人に伝えること。どでかい花火を一発頼む」
「わかりました。そういえばアリアさんは魔法を使わないんですか?」
2人で魔法を使えばその分、わかりやすくなるだろう。
それに隊長というくらいだから、アリアさんは相当な魔法が使えるはずだ。
「いや、私は……魔法が使えないんだ」
「……え――」
「才能がなかったんだよ」
アリアさんは珍しく自嘲気味の笑みを浮かべた。
「でも、それじゃあ……」
この世界の戦闘の基本は魔法。
そう教わった。だから魔法の勉強をしたし、ステラの力を借りてまで追いつこうとした。
アリアさんは魔法が使えない?
「だが安心しろ。魔法が使えなくても、私は誰より強い。ふふ、君のことは必ず守ってやる。だから私の背中は任せたぞ」
いつもの強気なアリアさんに戻った。
「わかりました」
「じゃあ、やってくれ」
(ステラ)
≪かしこまりました。颯我の脳へ侵入を開始。制御プログラムを解除。侵入に成功≫
「では行きます」
オレの体は勝手に前に進んでいく。
「……リュウガ? なんだか雰囲気が……」
アリアさんの言葉を無視して、手が前に出た。
そして、強烈な電撃が生み出されると、そこに火の力が加わる。
≪ライトニング+フレイム、です≫
ステラの解説とともに、混ざり合った2つの魔法は強烈なオレンジの光となった。
そして即座に放たれ、光の速度で支部の壁に直撃する。
瞬間、どでかい爆音とともに、太陽を直視するかのごとき眩しさが放出された。
兵士たちのざわつきが起こり、着弾点を確認すると、大きな焼けた痕が残っている。
支部の北側の壁は、しかし崩れない。
やはり寮の壁ほど緩くはないようだ。
兵士たちは突然の強襲に驚き、混乱している。
「……な……っ」
アリアさんは声が出ていないようだった。
この世界の基準がわからないが、そんなに凄い威力なんだろうか。
「念のため、50%ほどに威力はおさえました」
俺の声で言うステラ。そうか。出る言葉も含めて乗っ取っているんだもんな。
「ごっ⁉ 今のでッ⁉」
アリアさんは驚きを隠せていない。
「本気でいけば、支部を破壊してしまい、居場所が不明の味方を攻撃する恐れがあったためです。しかし、あの壁を見るに、少し火力が足らなかったようですね」
言って、ステラは――というかオレは関門のところで開いた口が塞がらない、といった雰囲気の兵士2人に狙いを定めた。
≪殺害しますか? 颯我≫
(え……)
殺す……? 簡単にそう訊ねてきたステラ。
あまりのたんたんとした感じに、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
(だっ……だめだ。違う方法はないのか?)
≪スタンを使えば、殺さず無力化できます≫
(それだ! それで頼む)
誰も死なないならそれがいい。それが一番だ。
≪かしこまりました≫
言って、オレの指先から白い魔法が解き放たれる。
スタンは歪な動きで兵士2人の後頭部に直撃すると、彼らは白目を向いてその場に倒れた。
オレが最初にくらった呪文は、あんな感じだったんだな。
「入り口を抑えました。突入しますか?」
オレは機械的に体を反転させ、アリアさんに訊ねていた。
不気味だよ、ステラ。
「あ、ああ……行こう。よし、行こう!」
アリアさんはようやく正気に戻ったようで、頷いた。
オレとアリアさんはもぬけの殻となった関門を抜けて、中に侵入する。
すると当然、多く集まった兵士たちがオレたちの存在に気付いた。
「あれは貴様らの仕業か! おのれ、解放軍!」
もう解放軍ってバレてる。まあ、服装がわかりやすいからなのかな。
兵士たちはばらけて、魔法を唱えていく。
火や氷、様々な魔法が展開され、やがてオレとアリアさんに向かって放出された。
「防御魔法を発動します」
オレは両手を横に広げる。
すると、アリアさんすら守る巨大なドーム型のバリアが出現し、魔法をすべて弾いた。しかし、一部にひびが入っている。
流石に攻撃を無限に耐えられるものではないらしい。
魔法が完全に止められ、兵士たちの何人かは驚きを隠せないでいた。
しかしそのうちの何人かが剣を持って突撃してくる。
簡単にバリアを抜けた。
このバリアは魔法を防ぐだけのものらしい。
「侵入を許しました。警戒してください」
無感情なオレの言葉に、アリアさんはふと笑う。
「十分だ、よくやったッ!」
言うと、アリアさんは姿勢を低くして、飛び跳ねるようにして前に出た。
突撃してくる兵士たちの懐に一瞬で近付くと、彼女は背中のハルバードを手に持ち、勢いに任せて振り払った。
「おおおおおおおッ!」
彼女の雄叫びとともに兵士たちが宙に浮かび、そして地面にひれ伏す。
倒せなかった兵士も、ハルバードは軽々と扱い、どんどんと倒していく。
その姿はまるで鬼神のようだった。アリアさんがいつも言っている自信満々な言葉は本当のことだったらしい。
アリアさんは強い。本当に強かったのだ。
そして侵入してきた兵士たちを全て薙ぎ払い、彼女はハルバードを周囲の兵士に向ける。不敵な笑みが、兵士たちの足を一歩分下げた。
「さあッ! 次の相手はどいつだッ⁉ 私は強いッ! 強いぞッ!」
瞬間。
ゴゴゴゴ……鈍い音が聞こえる。
支部の門が開き、そこから無数の黒い兵士が見えた。