帝国支部襲撃①
オレ(というかステラ)による壁破壊事件のあと――
壁の修理が終わるまで、オレとミアさんはそれぞれ、本部の客室を使って寝泊まりすることになった。
色々と処置が終わったあと、アリアさんの呼び出しをくらう。
執務室にノックをして入り、一礼する。
質実剛健を体現したかのような部屋だった。
彼女の隣には光沢のあるハルバードが飾られている。
「こんにちは」
「待っていたぞ。とにかく座るといい」
アリアさんに言われ、茶のレザーソファに腰かけた。
彼女はテーブルに紅茶のティーカップを置いてくれた。
「やはり君は不思議な男だ」
アリアさんは不敵な笑みを浮かべながら、テーブルを挟んで座る。
「魔術書がようやく読めるようになったと思えば、すぐに魔法を扱う」
「手加減したつもりなんですが……」
ステラいわく、威力はかなりおさえたらしい。
するとアリアさんは飲もうとした紅茶をカップの中で噴き出した。
「だ、大丈夫ですか?」
「ごほっ……あれで手加減したと?」
「……え?」
「壁を壊すほどの魔法が扱えるものは上級魔法使い……あるいは賢者くらいのものだ。相当な魔法の才能があるようだな」
「い、いや~……それは……」
アリアさんは素直にほめてくれたのだろう。
しかしその功績はステラにあったので、どう反応すればいいかわからなかった。
≪魔力の扱いを理解しましたから≫
そのせいで壁を壊したんだけどな。
理解しすぎなんだよ、多分。高性能AIなところが裏目に出たな。
「あの、壁のことは……」
「それはいい。だがな、君は故意でないにしろミアを傷つけた。もう謝ったのか?」
「……ちゃんとは、まだです」
あんな「ごめん」ではちゃんと伝わっていないだろう。
「そうか。ではこの話が終わればすぐに謝罪したまえ。これは命令だ」
「はい」
アリアさんと話していると不思議と安心する。
一番欲しい言葉を、躊躇なく言ってくれるからだろう。
そしてなにより博愛の精神を持っている。あと高すぎる自己肯定感。
「そしてもう1つ。これは命令ではなく提案なのだが」
彼女は握手を求めるように右手を出してきた。
「第一部隊に入り、私と一緒に戦ってはくれないか? 君がいれば百人力だ。無論、私は百万力だがな」
「だ、第一部隊に⁉」
最近は解放軍についてだんだんわかってきた。
解放軍は本部に5つの部隊があり、メインの戦闘部隊は第一と第三部隊だ。
特に第一部隊の活躍は目を見張るものがある。
その隊長であるアリアさんが実質的に解放軍のNo.2となるほどだ。
本部長や総帥がいるが、現場におけるアリアさんの権力はかなりあるようだった。
そのアリアさんの部隊、第一部隊にオレが入る?
≪颯我の志望は第五部隊ではありませんでしたか?≫
第五部隊の主な役割は分析だ。それと情報収集。
ステラを脳に持つオレにはピッタリだと思っていたけれど……。
(でも、折角誘ってくれたんだ)
≪最終的に判断するのは颯我です≫
(……やれるだけやってみよう)
「ありがとうございます。ぜひ!」
オレはその手を握り返し、第一部隊への入隊が決定した。
「書類の関係で正式な入隊は1週間後だ。そうなれば、ビシビシ鍛えてやるからな」
「はい。よろしくお願いします」
「ニシシ」
誇らしげに笑うアリアさんと別れを告げる。
執務室をあとにしたオレは真っ直ぐミアさんのいる部屋に向かった。
ノックをして、反応をうかがう。
「ミアさん。リュウガだけど……話したいことがあるんです」
無反応だ。
嫌われてしまっただろうか。
許されなくてもいい。せめて謝りたい。
そう思っているとドアが開いた。ミアさんがオレの顔を見て微笑んだ。
彼女は白のワンピースを着ていた。
よく似合う、と思った。
「入ってください」
言われて、中に案内される。
座って、と言われたが、その前にやるべきことがあった。
オレは90度腰を曲げて、深々と頭を下げた。
「本当にすみません。わざとじゃないなんて言い訳にできない。ミアさんを傷つけただろうから……」
「リュウガさん、顔を上げてください」
「でも」
「もう許しますから」
「……」
顔を上げる。彼女は優しさに満ちた笑みでオレを見ていた。
小さな体に、どこまでも大きな器を持っている。
「その代わり、1つ、教えてくれませんか?」
「なんでも」
「どうしてリュウガさんは私を助けようとしてくれたんですか?」
最初に会った時の話だろうか。
「草原に裸足で、それも魔法も知らないでいたなんて、きっとリュウガさんも困っていたと思うんです。でも、見ず知らずの私のために戦ってくれた。どうしてですか?」
「あー……」
≪私も興味があります≫
ステラが言った。
≪ミア・ロドマの言う通り、あの場は身を隠すことを優先するべきでした。でなければ、颯我はこんな危険な場所にいないはずです≫
オレは「うまく言語化できるかわからないけれど」と前置きをした。
「母さんの訓えなんです。『困っている人がいたら助けなさい』が口癖でした。『その結果、助けられなくてもいい。報われなくても、感謝されなくても……それでも助け続けなさい。助けることは心を成長させ、愛情を生む。愛情が繋がりをつくって、繋がりがいつか助けになるから』って……究極にいい人なんです。オレの母は。はは」
なんだか人に母さんのことを話すのは照れ臭かった。
「……リュウガさんは、だから優しいんですね」
「どうでしょうか」
≪愛情。繋がり。どうして私のデータにはないんでしょうか?≫
ステラの声は少しだけ寂しそうに感じた。
ただの思い込みかもしれない。
(ステラもいつか分かるようになるよ)
オレはそうフォローした。
少なくとも、オレは何度もステラに助けられているのは確かだ。
≪調査しておきます≫
(はは……)
機械的だなあ。そういうことじゃないんだけれどな。
まあ、でも今はそれでもいいかもしれない。
ミアさんが頭を下げる。
「あらためて、ありがとうございます、リュウガさん」
「いや……助けられなかったし」
「その気持ちが大事。ですよね?」
「……うん」
ミアさんが顔を上げて、微笑むのを見てオレも笑みが零れた。
これが繋がりなのだろう、と感じる。
「それじゃあ、わだかまりもなくなったことですし……リュウガさん。私のことはミアでいいですよ。ミアさんって、なんだかよそよそしいじゃないですか」
「え? み、ミア?」
なんだか恥ずかしいな。
「そうですよ、リュウガ」
彼女も言ってから、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「わかったよ、ミア。そうだ、オレ、アリアさんに認められて第一部隊に――」
そのあと、オレとミアはしばらく部屋で談笑を楽しんだ。
異世界にきて、これだけ笑ったのはこの日が初めてだったような気がする。
――しかしこの時、ミアが見せた笑顔の裏に隠された、本当の気持ちに気付いていれば……このあとに起こる事件を防げたかもしれないのに。
そして第一部隊への正式入隊となる1週間後……。
朝から本部の入り口が騒がしくなっていた。
人混みをかきわけて、様子をうかがおうとする。
「なんだとッ⁉」
と、アリアさんの怒号が聞こえた。
いよいよただならない雰囲気を感じ、慌てて確認する。
勢いあまって、人混みを抜けてアリアさんの前に飛び出してしまった。
彼女の隣には大柄な男。
そして彼女の傍には、傷だらけの男が座り込んでいた。
一体どうしたのだろうか。アリアさんの顔色が青ざめている。
アリアさんもオレに気付いたようだ。
すると、彼女の表情はより一層青くなった。
胸がざわついた。
「な……なにがあったんですか?」
「…………落ち着いて聞くんだ、リュウガ」
アリアさんの深刻極まった表情が、事態の深刻さをたんたんと告げた。
「第四部隊が帝国に捕まった。研修中のミアも一緒だったそうだ――」