魔法の使い方
解放軍に入り3日、最初は雑用だったがそのうちに戦闘の基礎を学び始めた。
ちなみに手術衣はもう着ていない。解放軍で使われている、赤ベースの動きやすい服が支給されるので、それを普段から着ていた。
この世界では戦う上で必須の技術といえば、当然魔法だった。
戦闘用魔術書がそれぞれに配られ、魔法使いのメイセイさんに教わる。
言ってしまえば学校の授業の形式だった。
問題は魔術書の文字が一切わからなかったことだった。
口語は日本語のままでいいが、どうやら読み書きはそうはいかないらしい。
この世界でもいくつか言語があるようだ。
その中でも共通語として『ミルティア語』を使っており、多くの書物はミルティア語で書かれているとのことだった。
他の同時期に入った仲間はすんなりと魔術書を読み込んでいる。
遅れを取っているのはオレとミアさんだった。
ミアさんはエルフ語の読み書きはできるらしいが、ミルティア語は話すことしかできないみたいだ。
とはいえ、彼女はエルフということもあり、魔術を扱うことができる。
実質的に遅れているのはオレだけだ。
「つくづく不思議な男だな、リュウガは」
アリアさんが時折様子を見に来ると、オレをそう評価した。
「ミアから聞いたが、帝国領にいながら解放軍の存在すら知らなかったのだろう? 相当な無知か、あるいはかなりの大物か……君はどちらなんだろうな」
≪相当な無知と判断できます≫
ステラはこうして忖度のない毒を吐くことも多々あった。
結局、魔術の前に言語の勉強から入ることになった。魔術書を読めるようになったのは1週間後のことだ。
理解が早かったのはステラの力添えがあったのが大きい。
流石はAIで、彼女の教えでぐんぐんと知識が入っていった。
しかし難題はここからだった。
魔術書を読めるようになったところで、チンプンカンプンなのだ。
魔法についてあれやこれやが詳細に記されてあるが、訳が分からない。
分かることと言えば、魔法は誰にでも扱えるものということ。
そして、魔力は潜在的に最初から誰にでも持ちうるもの――らしい。
「だー……だめだ……」
寮の個室で、オレは机に突っ伏した。
頭がパンクしそうだ。
≪休みますか? 本来の勉強予定より30分ほど短縮していますが≫
「嫌なこと言うなあ」
具体的な時間を言われると責められている気がする。
モチベーションってのがあるんだよ。
「……そういうステラはどうなんだよ」
顔を上げてステラに言う。
「視界を共有してるなら、魔術書も見えてるんだろ?」
≪はい。私は既に把握しております≫
「え? だったら教えてくれよ」
≪魔法を扱うのは颯我です。魔術書によれば、体の中を巡る魔力を外部に放出するようですので、まずは魔力が体にあることを理解しなければなりません≫
「そう言われてもなあ……」
18年間、魔法はあったらいいなあ、くらいで生きてきただけで。
魔力が内部に存在して、それを動かすイメージなんてできやしない。
そもそも自分の中の魔力を認識できないんだから。
これじゃあ、いざ戦いに参加するとなってもすぐに死ぬ気がする。
「あーあ。あっさり魔法使えるようにならないかなあ」
≪方法がないわけではありません≫
「え? どうやって⁉」
体が前のめりになる。
≪颯我の肉体を私が扱うのです。脳をハッキングすれば可能ですが、普段はプログラム制御により禁止されています≫
脳をハッキングって……。
確かに物騒な話だ。倫理面から考えても、禁止されるのは納得だ。
「どうすればできるように?」
≪颯我が許可すれば制御が自動的に解除されます≫
「そのままステラに体が支配される、みたいなことは……?」
≪不可能です。意識は常に颯我のものであり、颯我が望めば再び制御がかかり、脳へのハッキングがキャンセルされます≫
「副作用みたいなのは……?」
≪不明です。安全性は99%未満です≫
不明、ときたか。試してみなければわからない、ということだ。
「……わかった。一度やってみよう。許可するよ」
≪かしこまりました。ではハッキング開始≫
瞬間、頭痛がかすかにしたが、すぐにやんだ。
それ以外はなんともない。
と思ったが、体が自由に動かせないことに気が付いた。
すると勝手に手が動き、グーとパーを繰り返した。
≪今、手を動かしています≫
「す、すごい……なんか変な感じだ。意識はあるけど、体は動かせない」
≪早速魔法を試してみます≫
息もつかせないままオレは勝手に立ち上がり、手が前に出る。
「ちょ、ちょちょっと!」
慌てて制止した。
≪キャンセルしますか?≫
「いや、そうじゃなくて……心の準備が……あと、魔法は簡単なもので頼むよ」
≪かしこまりました≫
「ふぅー……じゃあ、どうぞ」
言うと、オレの手から白い光が浮かび上がった。
光は増大していき、強烈な閃光となる。
閃光は鋭い電撃となって壁に衝突した。瞬間、爆裂した。
壁に人が簡単に通れるほどの穴が開き、隣に住んでいるミアさんが見えた。
金髪が濡れていて。
服を着ていない。
かろうじてタオルを巻いていたが――
≪電撃魔法のライトニングです。かなり威力はおさえました≫
なぜか誇らしげに話すステラ。
ミアさんをずっと見たまま動いてくれない。
目を逸らしたいのに! 体が動かない!
≪ミア・ロドマ。服装から入浴後だと推測できます≫
「きゃああああああ!!」
ミアさんが悲鳴を上げてその場にうずくまった。
≪颯我の意識に激しい動揺が見られました。どういたしますか?≫
(と、とにかく主導権を返してくれっ!)
≪かしこまりました≫
かすかな頭痛の後、体を動かせる感覚が元に戻った。
慌てて目を逸らし、背中を向ける。
「そ、そのっ、ミアさん、ごめん……! そんなつもりじゃなくて……!」
廊下が随分と騒がしくなった。
オレの部屋の扉が蹴破られ、アリアさんが飛び込んでくる。
「どうした……ッ⁉」
「……すみません、アリアさん。壁、壊しちゃいました」
「…………」
アリアさんはあんぐりとしたまま、顔を歪ませていった。
そして一言。
「どういう状況なんだ?」