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解放軍②

 灰色の巨大な建造物の中に入り、武器庫のようなところを抜ける。

 やがて食堂のような場所へ着いた。


 そこでは多くの解放軍の人たちが待っていた。

 オレたちを歓迎するように歓声が上がる。

 凄まじい熱気だ。


 まるで凱旋のようだった。


 アリアさんの案内で席に座る。

 オレとミアさんだけでなく、他の収容所の人たちも一緒だった。


 目の前には骨付き肉や調味料のかかった、皿いっぱいの野菜。

 パスタやソーセージなどもあり、自然と涎が出てきた。


 アリアさんが壇上に立つと、拍手と喝采が上がった。

 彼女がなんとか宥めて、沈黙が生まれる。


「解放軍第一部隊隊長のアリア・ユーオリアだ。長ったらしい挨拶は抜きにしよう。彼らは当然のこと……なにより私の腹の虫が鳴く頃だ」


 笑い声が上がった。明るい雰囲気だ。


「それでは――今日もまたみなと会えた。この祝福に感謝しようッ! 乾杯ッ!」


 アリアさんが樽ジョッキを掲げた。

 食堂のいたるところで同じように「乾杯!」と声が挙がり、一気に宴の雰囲気になる。


 目の前の料理にありついていいのだろうか。

 ミアさんもどうすればいいか悩んでいる。


 アリアさんが寄ってきて、オレの肩を軽く叩いた。


「どうした? 遠慮することはない。食事は生きようとする意志だ。そして生きている証だ。君たちは今日、生きているから味わえるのだ」


≪騙されてはいけません。人間には食欲が存在するからです≫


 ステラがオレの頭の中だけで野暮なことを言った。

 そういうことじゃないんだよ。


≪そして颯我の食欲は限界に達しています。脳も新たな栄養を求めています。食事することをオススメします≫

「……うん」


 ステラに言われてしまってはしょうがない。

 オレは骨付き肉を素手で掴むと、思い切りかぶりついた。

 その豪快さがおかしかったのか、アリアさんは盛大に笑う。


 うまい。うまい!

 ジューシーで、絶妙に甘辛で!

 生きている! とにかく、生きているんだ!


 オレは無我夢中でかぶりついた。

 野菜もパスタもソーセージも、テーブルにある料理を口にする。

 おまけに未成年なのにビールも飲む!


≪未成年の飲酒は禁じられています。体にも悪影響です≫


 とステラが忠告してきたが、ここは日本じゃない。

 異世界だ!


 隣のミアさんもそんな遠慮のないオレの姿を見てか、食べ始めていた。

 小さな口に料理を運ぶたびに幸せな表情を浮かべる。


 かわいいな。


 ――宴とも呼ぶべき騒がしい食事を終えた後、アリアさんが再び壇上に向かう。

 全員の視線が彼女に集中したが、ものともしていないようだった。


 彼女はオレたちに視線を向けていた。


「あらためて、解放軍第一部隊隊長、アリア・ユーオリアだ。君たちは今日、帝国の呪縛から解き放たれた。命を救われたと考えるものもいるだろう」


 オレたちは少しだけ視線を合わせた後、またアリアさんを見る。

 彼女は満足そうに頷いて、話を続けた。


「とはいえ私たちに感謝する必要はない。当然のことをしただけだからだ。しかし、感謝の気持ちを持つことは悪いことじゃない。そこで提案がある。私たちの仲間に――解放軍にならないか?」


 ざわつきが生まれた。無論、オレたちの間だけで。解放軍の人々は静かに聞いている。


「解放軍は今、人手不足が深刻な問題となっている。君たちを助けたのは偶然、あの収容所を襲撃すると決めたからにすぎない。一方で帝国領のどこかでは、私たちの手が及ばず、奴隷として売り払われてしまった人が多くいる。彼ら彼女らも救いたい。けれど、そのためには時間と人手が圧倒的に足りないのだ」


 彼女は一切の躊躇なく、深々と頭を下げた。


「命を懸けることになる。だから無理に、とは言わない。けれど、君たちと同じ境遇の人を助けたい、と少しでも考えたなら……力を貸してはくれないだろうか」


 すると解放軍の人々が一斉に立ち上がった。

 そしてオレたちに向かって、アリアさんと同じようにする。


 たった10人ほどのために、100人近くの人間が頭を下げている。

 こんな薄汚いオレたちに。


「おれはやる!」


 1人が立ち上がって、そう言った。

 するとその隣の男も同じように続く。


「俺もだ」「皆を助けたい」と次々と声が上がっていく。


 オレも、よし、と立ち上がろうとした時だった。


≪入る理由が見当たりません≫


 ステラが言った。


(なんでだよ。奴隷になろうとしてる皆を助けたいと思わないのか?)

≪忘れたのですか? 私たちの目的は元の世界に戻ることです≫

(……っ、忘れてないよ)

≪虚偽の信号を受信しました。颯我、忘れていましたね?≫


 AI相手だと、ごまかせないのって結構不便かも。


≪とにかく、奴隷を助けるために命を懸けるなど、あまりに不合理です≫

(でもそのおかげでオレは助けられた)

≪恩を返す必要があると? アリア・ユーオリアは感謝の必要はない、と言っていました≫


 それは言葉の綾のようなものだ。

 もしかしたらアリアさんは本当にそう思っているのかもしれないけれど、そう思わない人だっているはずだ。

 むしろ、そう考える人の方が多いだろう。


(ステラ。目的が全てじゃないんだよ。確かに元の世界に戻ることも大事だけど……でも、それ以上に人との繋がりが大切なんだ)

≪最終的に判断するのは颯我です。しかし私は理解しかねます≫


 ステラはそれ以上なにも言ってこなかった。

 理解しかねる……か。


 でも、異世界の情報を得たいなら解放軍にいるのが手っ取り早い。

 全部が無駄ってわけじゃないんだ。


 オレは立ち上がって、


「入ります。オレも、解放軍に」


 と堂々と宣言した。


 拍手が起こり、少し照れくさくなる。

 アリアさんの満足そうな首肯が印象的だった。


「あの……私は……」


 隣のミアさんが小さな声で言った。

 まるで借りてきた猫のように体を小さくしている。


「私は……その……」


 彼女は躊躇しているようだった。

 そして、ふと思い出す。ミアさんの言っていた言葉を。


 ――お父様とお母様に会いたい。


 このまま解放軍に入ってしまったら、もしかしたらもう二度と……。


 そして、今になってようやく気が付いた。

 この状況。あまりにも断りづらい。同調圧力、だ。


 公衆の面前でプロポーズをされたかのような、あのどうしようもない感覚。

 ここで断るのは簡単なことじゃない。


「いいんだよ、正直な気持ちで」


 隣に立っている解放軍の男が、笑顔でそうささやいた。

 悪魔のささやきだった。


「ミアちゃ……」

「入り……ます……」


 声をかけようとした時だった。

 彼女は消え入りそうな声でそう言った。


 歓声と拍手が巻き起こり、オレの声はかき消された。

 彼女は押し殺したのだ。

 自分の目的を。


 目的が全てじゃない……ステラに言った言葉は、重たい鉄球となってミアさんの足枷となった。


 かくしてオレとミアさんはこの日、解放軍の一員となった。

 ――なってしまった。

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