解放軍①
強烈な爆音とともに石が崩れていく音も聞こえた。
警鐘が鳴り、兵士たちが慌ただしく駆け回っていた。
「襲撃! 襲撃!」
一体なんの襲撃だろう。
鉄格子の隙間から覗くが、なにも見えなかった。
やはり気になったのだろう。
他の牢からも顔を覗かせていた。女性も老人もいる。
「解放軍……! きっと解放軍だ!」
彼らは歓喜の声を上げる。
「解放軍?」
「帝国領の各地の奴隷を解放したり、支部を襲撃したりしてる人たちのことです」
ミアさんも鉄格子に近付いて様子をうかがっている。
≪クーデターではないでしょうか≫
簡単にまとめるとそういうことか。
刃同士がぶつかり合う不協和音が聞こえてきた。
爆発音も絶え間なく続いている。
様々な残酷な戦闘の音に混じり、悲鳴もいくつか混じっていた。
「ぎゃあっ!」
と悲鳴とともに鎧を着た兵士が廊下に転がったのが見えた。
しばらくすると、兵士が倒れている場所から血が流れ始める。
思わず口をおさえた。
「なにかあったんですか?」
覗き込もうとするミアさんに気付いて、オレは慌ててその視界を遮った。
「ミアさんは見ちゃだめだ」
「……」
彼女は不満そうだが、一歩下がるように促すと、従ってくれた。
なんとなくだが、あれは、彼女には見せてはいけないもののような気がしたのだ。
足音がして確認すると、数人の解放軍らしき人たちが歩いてくるのが見えた。
誰も帝国兵士のような鎧を着ていない。
その中心にいるのは女性のようだった。
金の長髪を後ろで束ね、袖の短い赤の服に、銀の胸当てをしている。
なんと言っても、背中に抱えている巨大な槍が目に入った。刃部分の形状が特徴的で、普通の槍ではないことが素人にもわかる。
(ステラ。あの大きな槍は?)
≪分析します……あれはハルバード。15世紀以降から18世紀前後にかけて使用された、ヨーロッパの武器です≫
(血がついてるよ……)
刃から赤い血が滴っている。
「我々は解放軍! 君たちを解放しに来たッ!」
女性が声を上げると、周囲にいた男たちが一斉に動きだした。手前の方から鉄格子の扉が開く音が聞こえる。
捕まっていた人たちが感謝や歓喜の声を各々であげながら、廊下を抜けていった。
やがてリーダー格の女性がオレとミアさんの牢の前まで来る。
彼女はオレを見て、少し驚いたような表情をした。
「ふむ。珍しい恰好をしている」
そして背中から大きな槍――ハルバードを取り出した。
「少々手荒に行くぞ。離れていたまえ」
指示に従い、オレとミアさんは牢の後方まで下がった。
女性はハルバードの刃を鉄格子の間に引っ掛けると、
「うおおおおお!」
と声を上げながら思い切り引っ張った。
鉄格子はミシミシと音を立て、やがて大きな破壊音とともに折れた。扉部分が完全に外れ、オレとミアさんは出られるようになった。
乱暴な……。
「アリア様。そんなことしなくても、鍵があるでしょう」
解放軍の1人が女性の乱暴な行動に気付いき、呆れていた。
しかしアリア様と言われた女性はニタッと歯を見せて笑う。
「時間が惜しいからな。なに、礼には及ばん」
彼女の言葉に、仲間たちは肩をすくめていた。
どうやら相当、腕っぷしに自信があるのだろう。
≪鍵があるのに危険な行動に出たということですか? 理解できません。彼女の思考回路は常軌を逸しています≫
いや、言い過ぎ。
でも、まあAIにしてみれば確かにそう見えるか。
≪そして、颯我の思考も理解しかねます≫
(……オレ? それってどういう――)
言葉の真意を確かめようとした時に、女性の手が視界に入り込んできた。
「さあ、出たまえ」
手を差し伸べてくれたようだ。
オレはその手を掴む。大きな手だった。
続いてミアさんも彼女が助けた。
「もう大丈夫だ。安心するといい」
彼女はニシシ、と自信に満ち溢れた笑顔になった。
嫉妬してしまうほどの安心感が、彼女にはあった。
彼女は、オレがミアさんに言えなかった言葉を、こともなげに伝えたのだから。
その後は解放軍の人たちに案内され、小走りで収容所の外に出る。遠目でしか見られなかったが、道中にはいくつか死体が転がっていた。
中には目を背けたくなるようなものあった。
収容所は徹底した石造りの建物で、今は各地が崩れていた。
外の景色は殺風景を極めたようなもので、地平線まで土色の世界が続くところだった。
道には大きなトラックのような車がとまっていた。
トラック……?
「え?」
オレはあまりの衝撃に足を止める。
「どうした?」
後ろから追いついてきたリーダーの女性(アリアさん?)が訊ねてくる。
「あの……これって……」
「輸送車だ。君たちを運ぶための、な。車を見るのは初めてか?」
「いえ、そんなことはないんですけれど……」
「なら早く乗りたまえッ! まもなく帝国の追手がくるぞッ!」
彼女に背中を押されて、なかば強引に車の後方から中に入る。
中はトラックの荷台のように、そこそこのスペースがあった。
解放軍の何人かと、収容所にいただろう人たちが座っている。
ミアさんが近くで座っていたので、オレはその傍に座った。
扉のところにアリアさんがやってくる。
「行き先は解放軍本部ッ! 少々揺れるが、我慢してくれ」
それだけ言って、扉が閉まった。
エンジンのかかる音が聞こえて、輸送車が動き出す。
最初は左右に揺れて、バランスを保つのに苦労したが、そのうち安定し始めた。
(この世界には車があるのか)
≪どうやらそのようですね。解放軍本部に着けば、詳しいことが聞けるかもしれません≫
(そうだな……。……なあ、ステラ)
≪はい≫
(……いや、なんでもない)
さっきの言葉。
――颯我の思考も理解しかねます。
どういう意味で言ったのか、聞こうとしたがやめておいた。
本当なら知っておくべきなのかもしれない。
なんとなくだけど、知りたくない。そう思ったから。
30分ほど揺られたところで車が停止し、後方の扉が開いた。
外に出るように促され、素直に従う。
出ると景色が一変しており、今度は森の中心にいるようだった。
そして目の前に巨大な灰色の建物がそびえ立っていた。