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70 未来永劫

「うん、やっぱりエマは白いドレスが似合うね」


 国境の街アンヴァンシーブルの領主館の一室。ヴィー兄様は支度が整った私のドレス姿をいろんな角度から眺めては満足そうに頷いていた。


 レースがふんだんに使われた白地のドレスは、金糸の刺繍とパールで美しく彩られていて本当に美しい出来だ。これに後はレースのヴェールをつけるだけなのだが、どうにもそわそわとしてしまう。


「いや、でもこれ私、ドレスに着られてません!?絶対ドレスの方が綺麗ですよ!」


 雰囲気としては大聖女として活動する時に着る衣装によく似ているのだが、何度も試着した筈だというのにここに来て妙な気恥ずかしさで頭を抱えたくなったのだ。


「まだヴェールをしている時はいいんです!でも、隣に立つのが白燕尾を着た最高に顔が良くて格好いいアリスさんなんですよ!?素顔出したら釣り合い取れなすぎて消えたくなります……」

「さりげなく惚気たよね、今。大丈夫だよ、多分アリスも今頃エマと同じ悩みを抱えてるから」


 呆れた様な溜息を漏らす彼は、それでも表情はとても嬉しそうだ。半年前のあの日の事を思えば、今こうして笑えているのが不思議な気持ちだった。




 半年前の元ジギタリス公爵家で起きた事件は、まだ人々の記憶に新しい衝撃的なものだった。


 この数年、誰も辿り着けなかった邸が急に現れたかと思えば、夜半に爆発、炎上したのだ。炎は明け方を過ぎても燃え続け、魔術師達が水の魔術を用いて消火できたのは昼をとうに過ぎた頃だった。


 敷地内には無数の人骨があり、特定できたものは遺族へと引き渡され、特定出来なかったものは国が責任を持って弔う事となったのだ。


 そうして崩れた邸の中からアリスさんが発見されたのは夕刻になってからだった。奇跡的に無傷だったのは、彼がいつも肌身離さず身につけてくれていた、私の力が込められたポーラータイのお陰だったのだろう。ただ、意識不明が続き、目覚めたのは三日後の夜だった。


 アリスさんが捉えていたバティスト・ジギタリスは業火で遺体が崩れてしまったのか、彼が掴んでいた手首より先だけを遺しているのみだった。転移する事も出来ない状態では、あの爆発と炎で生きている可能性はないだろうという事で、彼の死と同時に彼がこれまで行ってきた悪行の数々は人々に知らされる事となったのだ。


 それからの半年は、事件の後処理やリアトリス帝国との友好関係を深める催しなど、様々な事に追われていたものの、大きな事件などもなく平和な日々だった。アリスさんは暫くは侯爵家別邸で療養と称した休暇を満喫していたのだが、仕事が溜まってきたとマルゴさんが呼びに来て渋々研究所へと通う様になっている。


『……エマ。全てが終わったら、俺と結婚してくれるか?この先も喧嘩もするだろうが、俺はお前が元の世界に戻ればよかったと後悔させるつもりはない。お前が笑顔であれるように善処しよう』


 あの言葉の通り、私達は今日ここで婚姻の儀に臨む事になったのだが、この世界の婚姻の儀というのは、身元の確かな証人の前で、結婚を証明する証書にお互いの署名を行うだけのものらしい。


 貴族ではその後に御披露目のパーティーを開いたり、平民では身内だけでささやかに祝うのが一般的らしいのだが、大聖女と魔術師長という立場的に、その御披露目というのが大々的というか、完全に政治的に利用されているとしか思えなかった。


「事件の褒賞として、御披露目の場所も料理とかも全部タダで用意してくれるだなんて、マリユスさんの言葉を信じた私が馬鹿だったんですよ……!」

「随分と招待客も多いよねぇ。アンヴァンシーブルでっていうのが完全に両国の友好目的だし、来ているのも要人だらけだなんて、こんな婚姻の儀はなかなかないと思うよ」

「うぅ……私は、もっとこじんまりとした、ささやかなので良かったのに……」


 がっくりと項垂れる私を慰める様に、ヴィー兄様はぽんぽんと頭を撫でてくれる。


「他でもない大聖女様の婚姻の儀だからね。大掛かりになるのは仕方ないんじゃないかなぁ。これが終わったら、別邸の使用人の皆がエマが望むささやかなパーティーをしてくれるんだから、頑張ろう」

「はい……」


 こくりと頷いた所で、コンコンと控えめに扉がノックされる。返事をすれば、程なくして扉は開かれた。顔を出したのはいつもよりもドレスアップして可愛さに磨きがかかっているミミと彼女のエスコート役のジャンさんだ。ジャンさんがこんな正装をしているのは初めて見たかもしれない。ただ、二人の表情はなんとも言えない複雑な表情だ。


「どうしたの、二人共?」

「その……実はですね、まさかこんな日に戻ってくるとは思わなかったのですが……」

「……?」


 言い淀むミミに小首を傾げながら彼女達の方に行けば、その後ろにもう一人、人影がある事に気付き目を丸くする。


「えっ!?クレイルさん!?」


 そこに居たのは、ずっと任務で国外に出ていたクレイルさんだった。何故か物凄く落ち込んだ様子で、心なしか目元も腫れている気がするのだが、一体どうしたのだろうか。


「まさか、任務している間にミミはこの男と付き合っているし、エマ……エマまでこんな……」


 あぁ、とうとうミミとジャンさんの事を知ってしまったんだな、と何とも言えない気持ちになっていれば、当の二人は苦笑を漏らしながらクレイルさんの背中をさすっていた。


「お義兄さん、気持ちは解るんスけど、今日はほら、めでたい日っスから!」

「お前にお義兄さんなんて呼ばれたくない!」

「兄上……そういう態度なら、もう口を聞きませんからね。……エマ様にお渡しする物があるのでしょう?」


 ミミに嗜められ、クレイルさんは力無く項垂れながらも、綺麗な装飾が施された丸い小箱を私の方へと差し出す。そうして眉尻はいつもよりも下がっていたけれど、あの明るい太陽みたいな笑みを浮かべていた。


「おめでとう、エマ。相手がまさかアングレカム魔術師長だなんて思わなくて、正直凄い悔しいけど、俺はエマの幸せを一番に願ってるよ」

「ありがとうございます、クレイルさん!それとおかえりなさい。任務お疲れ様でした」


 そう言って微笑めば、彼はくしゃりと顔を歪めたかと思えば手で顔を覆ってしまった。


「あー……本当、国外の任務なんて受けなきゃ良かったなぁ……それ、エマが食べたいって言ってた花の砂糖漬けなんだよ。知り合いのコンフィズリーに作って貰ったんだ。俺からのお祝い」

「えっ!?」


 最初が小声で聞き取れなかったものの、花の砂糖漬けという言葉に、私は目を丸くする。それは、ずっと食べたいと思っていたものだったのだから。


「もしかしてスミレの砂糖漬けですか!?」

「エマから聞いた花の特徴に似てるヴィオレットって花なんだけど、甘くて綺麗に出来てたよ」


 恐る恐る蓋を開ければ、そこには元の世界で大好きだったスミレの砂糖漬けそのものが甘い香りを放っていた。


「うわぁ!そうです、これです!ありがとうございます!」

「その笑顔が見たかったんだよなぁ。薔薇の砂糖漬けも作ってもらったから、今度そのコンフィズリー教えるよ」

「本当ですか!?嬉しいです!」


 満面の笑顔でそう言えば、彼は少しだけ躊躇った後、くしゃくしゃと私の頭を撫でてくれた。なんだかこういう風に話すのも久しぶりで嬉しい。にこにことスミレの砂糖漬けを抱え込んでいれば、ヴィー兄様が苦笑を漏らした。


「……エマも罪作りだな。クレイル、私も後で話を聞いてやるから、今日は耐えろ」

「っ……ありがとうございます、団長」


 そうして三人が先に会場である領主館前の広場に向かうのを見届けてから、ヴィー兄様は少し乱れた私の髪を直すと、慎重にヴェールを被せてくれる。


「それじゃあ行こうか。アリスの所まで、兄様にエスコートさせてくれるね?」

「はい!」


 差し出された手を取り、私達は広場へと続く扉の前で待っている筈のアリスさんの元へと向かう。心地良い沈黙の中、手袋越しでも触れる温もりは温かかった。


 本当に、ここに来るまでいろいろな事があった。出会った人達の顔や、会話が思い出されて感慨深い気持ちになる。楽しい事、辛かった事、いろいろあったけれど、私はアリスさんに出逢えて幸福だったし、きっとこれからもこの幸福は続いていくのだろう。


「エマ!」


 扉の前で、此方を見て嬉しそうに微笑む彼を見て、私も思わず笑みが溢れる。ヴィー兄様から私の手を引き継ぎ、彼は少しだけ私の顔を覆っていたヴェールをめくると、何かに気付いた様子で眉を顰めた。指で私の口元を拭うと、それをそのままぺろりと舐める。


「……まさか、この格好で菓子を摘んだのか?」

「エッ!?い、いや……その、クレイルさんが花の砂糖漬けをお祝いにくれたので、ちょっとだけ味見をですね……」

「クレイル……あいつ、帰ってきたのか。後で話し合いが必要だな。というかお前には緊張感というものがないのか?」

「これでも緊張してるんですよ!ちょっとくらい気を紛らせるのに摘んだっていいじゃないですか!」


 ムッとして言い返せば、後ろにいたヴィー兄様が声をあげて笑い出してしまっていた。ちらりと見れば、可笑しそうにお腹まで抱えている。


「私に言わせれば、どっちもどっちだよ。喧嘩する程仲が良いとはよく言ったものだね」

「煩いぞ、ヴィー」


 アリスさんはむすっとして溜息を一つ漏らすものの、その手は優しく私の頬を撫で――


「んっ!?ちょ、ちょっと!なんで今キスしたんですか!?」

「砂糖がまだついていたからな。そう目くじらを立てるな」

「もう!これから先が思いやられますよ……」

「安心しろ。それは俺の台詞だ」


 そうしてお互い顔を見合わせ、笑みが溢れた。重ねた手の温もりも、触れた唇も。全てが幸福で満たされる。


「……そうだ、別邸に帰ったら私から贈り物があるんですよ」

「最近、ヴィーとこそこそ作ってたやつか?」

「とっておきのやつですから、楽しみにしててくださいね!」


 にこにこと笑う私に、彼は目を細めて微笑む。用意したのは波と千鳥が描かれた絵皿だ。その文様は『波千鳥』と呼ばれるもので、意味は『夫婦円満』。


 彼はどんな顔をするのだろうかと想像しながら、私とアリスさんは広場へと続く扉を一緒に開いた。






これにて完結です。

もっと掘り下げできたとこも、書き足りないとこもありますが、楽しんで頂けていたら幸いです。


次はもっとさくっと読めて、人も死なない平和な恋愛物にしたいとこです。

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