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67 死者への冒涜

 元ジギタリス公爵家の邸は王都の北東にあった。広大な敷地を誇っていた邸は、この数年辿り着いた者は一人もいない。周辺に住まう貴族の家々でさえ、そこにあった筈の邸を認識できなくなって久しい。


 公爵夫妻の一人息子であった元王宮魔術師長バティスト・ジギタリスがその職を実の息子に追われ、勘当されたのは有名な話だ。その頃からだろうか、公爵家の邸が認識出来なくなったのは。


 公爵夫妻は勿論、邸で働いていた多くの使用人達の安否も不明なまま、何人もの魔術師が邸の調査に訪れたものの、誰一人邸事態に辿り着けなかった。


 周辺の貴族達は次第に認識できない公爵家の存在を恐れ、気味悪がり、次第にその記憶から遠ざけていったのだ。そんな彼等はこの日、久しぶりに消えた公爵家の存在を思い出した。


 近頃周囲を警戒する騎士の数が多い事には気付いていたが、この日の夕刻には騎士に加えてローブ姿の魔術師の姿も多く見られた。それに加えて聖教会に属する聖女様達、そして近頃国王陛下の異母妹であり王女殿下である事が公表された筆頭聖女のエレオノール様の姿まであるのだから尋常でない事が起きている事は明らかだった。


 周辺の貴族達はただただ息を顰め、平穏に夜を越せる事だけを祈っていた。






「やっぱり矢絣の文様、効果ありましたね」


 眼前に聳える邸を、私は門越しに見上げる。手入れがされていない事を物語る様に、門には蔦が絡まっていた。


 何も持たない状態では確かに認識出来なかったものが、矢絣を絵付けしたブレスレットを身につけ、阻害している魔術を意識すれば、今まで見えなかった邸が突然現れたのだから私だけでなく、今回の作戦に参加している魔術師と騎士の皆さん驚いた様子だった。


 この中では唯一人、在りし日の公爵家の邸を見た事があるアリスさんだけは、かつての姿など見る影もない光景に少しだけ眉を顰めていた。


 お母様が倒れた時に、援助を頼みにきて門前払いされたと言っていたから、此処にはいい思い出などないだろう。それでもいろいろと複雑な心境には違いない。そっと彼の手を握れば、彼は一瞬驚いた表情を浮かべた後、苦笑を漏らした。


「大丈夫だ。元より此処には何の思い入れもない。俺にとっては見知らぬ他人の家も同然だからな」

「それでも、です。……きっと、元々はとても綺麗な邸だったんでしょうね」

「そうだな……あの頃は王宮にも行った事はなかったし、此処がまるで王宮の様に美しく見えたな。追い払われて、冷たい場所だとも思ったものだが」


 どこか遠い目で邸を見詰める彼の目には、きっとその時の光景が思い出されているのだろう。少しの感傷に浸っている間に、邸を囲む騎士の手配を行なっていたヴィー兄様が私達の所に戻ってきた。


「アリス、とりあえず邸の周りは包囲したよ。万が一奴が逃げた時には何があっても止める様に言ってあるから大丈夫だろう」

「解った。此方も魔術師をある程度周囲の警戒に回しておく」

「認識を阻害してた幻術はエマのお陰で解けたようだけど、結界の方はどうなんだい?」


 幻術に関しては邸が見えるようになった事で解けた事は解るのだが、目に見えない結界については私にもどういう状態なのか解らない。結界が見えるらしいアリスさんの方を見れば、その口元には不適な笑みが浮かんでいた。


「結界についても、エマの力で解けている。今やこの邸は今までになく無防備な状態という事だ」

「了解したよ。なら、邸にはどうやって突入する?奴は一人だが、アリスも知らない魔術を使うんだろう?」

「そうだな……魔術師と騎士を4班に分けて、四方から同時に突入するか……」


 そんな時だった。


「所長……っ!あ、あれ!見てください!」


 悲鳴にも近いマルゴさんの声があがり、その視線の先を見た所で、ひゅっと息が一瞬止まりかける。信じられない光景に、必死でアリスさんのローブの端を握り締めてしまった。


 いつの間にか開いていた邸の扉から、ぞろぞろと人が出てきていたのだ。勿論、ただの人ではない。ゾッとする様な禍々しい恨みを纏った黒い靄の様なものに覆われた彼等は、かつては生きていた人々には違いない。薄らと骨が透けて見えるその姿は異様としか言えず、その人の骨を核としているのだろう事は想像がついた。


 ある者は骨が無かったのか、片腕がない者までいる。かつてその目があった場所は、樹洞の様に空虚な闇が広がっていた。彼等はゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとした歩みで、ひたひたと此方へと向かって来ようとしていたのだ。その手には包丁や鍬など、武器となりそうな物を持っている者も見える。


「っ……な、んですか、あれ……!?」

「邸にはあの男一人だと油断していたな……あの中には、今尚多くの死者がごろごろしていたのだ。それらを操っているに違いない」

「死者への冒涜も甚だしいね……死しても奴にいい様に使われるだなんて、報われなさすぎる」

「全くだ」


 苦々しく呟くアリスさんとヴィー兄様は、私を護る様に前に立ち、死者の群れを睨みつけている。


 彼等に意思は無く、ただ操られるがままに手にしている武器を振るうのだ。此方としてはやり難い事この上ない。既に死んでいる者とはいえ、相手は何の落ち度もない者達ばかりだ。これ以上傷つけたくないというのが心情だろう。


 騎士達も斬り伏せる事を躊躇い、魔術師は魔術で防ぐばかりだ。しかも厄介な事に、骨が核となっている為斬った所で然程ダメージもないらしく、また元通りになっている様だった。


「駄目だ!これじゃキリがない!」

「所長、これ出直した方がいいんじゃないですか!?」


 各所から苦渋に満ちた声があがり始める。死者の壁に阻まれ、あっという間に形勢は此方が不利になってしまっていた。魔術を祓える筈の文様の効果も何故か発揮されず、じりじりと後退を余儀なくされているのだ。


「あれ、もしかして普通の魔術じゃないんじゃないですか!?矢絣の効果も全く効きませんよ!?」

「っ……まさか、霊石か!?病を広めたあれと同じ様に、この死者達を操る大元に霊石が使われているとしたら有りうる話だな」


 霊石なら、私が触れる事でしか解呪できない筈だ。けれど見渡す限り、それらしき物は見当たらない。嫌な感じはするものの、恐らく外には無いのだろう。


「やっぱり何かあるとしたら邸の中しかないですよ……!どうにかしてここを突破しないと……」

「一か八かで中に転移するか……いきなり死者の群れに囲まれる可能性もあるが……」


 どちらにしても、このままここに居ても埒が明かないのは火を見るよりも明らかだった。私はきょろきょろと辺りを見渡し、少し離れた所で怪我をした人の治療に当たっているエレオノールを見つけると声をあげた。


「エレオノール!この死者の群れに、霊石が使われているかもしれない!」

「っ……!?まさか……!?」

「私達は、一か八か邸の中に転移するから、無事に霊石を浄化出来ればこの死者達も動きが止まる筈……そうしたら、あなたが指揮して邸の中へと皆を導いて」


 そう言えば、彼女は青褪めて目を丸くし、ふるふると首を横に振る。綺麗な翡翠の瞳には涙も滲む。


「そんな大それた役目……とても私には……!それに、あの中に転移するだなんて、危険です!」

「私には最高の魔術師長と護衛騎士がついてるから大丈夫。この中で一番地位が高いのは、王女であるあなたなんだから。エレオノールなら絶対出来るよ!」


 不正を知り、たった一人で聖教会から抜け出す勇気を持った彼女なら、絶対に大丈夫だという確信があった。心からの激励と、笑顔を送れば、彼女は少しだけ逡巡した後、力強く頷く。その瞳には確かな決意が浮かんでいた。


「解りました……!後の事はお任せください!どうか、御身だけはお気をつけて……!」


 深々と頭を下げる彼女に頷くと、私はアリスさんとヴィー兄様に向き直る。二人とも、その表情はどこか誇らしげに見えた。


 私は少しだけ目を瞑り、大きく息を吸い込む。そうして二人の手をしっかりと握った。


「行きましょう、あの中へ!必ず霊石を浄化して、あの人を止めるんです!」






読んでくださってありがとうございます!

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