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64 魔を祓う矢

「それで、これが完成したブレスレットという訳か」


 翌日、アリスさんが仕事から戻り、調査に出掛けていたジゼルさんも戻ってきた所で完成したばかりの矢絣の文様が絵付けされたブレスレットをサロンにあるテーブルの上に広げた。幾つかある内の一つをアリスさんは拾いあげ、まじまじと文様を眺めている。


「ジゼルさんのアドバイス通りに、所持者が使う魔術は阻害しない様に願いは込めてみたんですけど、本当にその通りになっているかは私やヴィー兄様では解らなかったので、お二人に試してもらいたいんです」

「それは勿論いいけど、やっぱりこれとっても綺麗ね。私、普通にアクセサリーとして欲しいわ」


 傾けると光の加減によって美しく煌めく文様を指でなぞり、ジゼルさんはほぅと溜息を漏らす。ジゼルさんはその美貌が素晴らしいだけでなく、身につけている物もいつもセンスが良い。そんな彼女に褒められるというのはかなり嬉しく、ついつい顔が緩んでしまう。


 ジゼルさんに作るなら、髪色に合わせた火属性の魔石の絵具でも、瞳の色に近い木属性の方でもどっちも合うだろう。どうせならまだ作っていないイヤリングやイヤーカフなんかを試してみたいなぁと妄想が捗る。


「ジゼルさん!今度、ジゼルさんに絶対似合うアクセサリーを作ってみせますので、待っててくださいね!」

「えぇ?なんだか催促しちゃったみたいで悪いわね。でも嬉しいわ」

「ウッ……ありがたき幸せ……その微笑みだけでご飯が食べれます……」


 女神の微笑みを頂戴し、私がありがたく拝んでいた所で、そんな私をアリスさんがなんとも言えない表情で見ている事に気付いた。


「お前は……本当に相変わらずだな」

「もう!いいじゃないですか!こんなお美しいジゼルさんを前にしたら、こうなっちゃうのは自明の理なんですよ!」

「まさかリアトリス帝国でもそんな調子だったのではないだろうな?」

「エマちゃんなら、私に初めて会った時からこんな調子よ。おかしな子だと思ったけれど、慣れたらこれも愛嬌よね」


 にっこりと微笑んでくれるジゼルさんとは対照的に、アリスさんは呆れた表情で大きな溜息を漏らしていた。ずっと心配していたけれど、今日は幾分か顔色がマシになっているようだ。まだ本調子ではなさそうだけれども。


「……私の事はともかく、そのブレスレットの文様、どうですか?ちゃんと効果がありそうですかね?」

「そうだな……見た所、限定的な魔術の無効化の効果はありそうだ。現に、今こうして俺が持っていても、この邸に掛けた結界には影響が出ていないから、少なくとも俺が必要だと感じている魔術に対して無効化は発揮されていない」

「!そうなんですね!良かった……結界がちゃんと機能してるかって、全然解らなかったので心配してたんですよ」

「アリスやジゼル殿が戻ってくるまで、万が一結界が解けている場合を想定して警戒していたけれど、これで一安心だね」


 私とヴィー兄様は顔を見合わせ、ホッと胸を撫で下ろす。念の為、別邸の皆さんにも普段よりも周囲を気にする様に伝えていたけれど、問題が無かったのなら何よりだ。


「ふーん……害のある魔術を文様が勝手に判断するのか、所持者の意識に依るのかどっちなのかしらね。面白いわぁ」

「所持者が使用する魔術が問題なく使用できるか、攻撃系のものと防御系のものでも検証が必要だな」


 アリスさんは新しい文様を見ると、いつも新しい玩具を貰った子供の様に興味津々といった顔になるのだが、ジゼルさんも同じ様な顔つきでブレスレットに絵付けされた文様に触れている。


 普通の魔術と聖属性の力は違うというし、二人とも未知のものに対する興味が強いのだろう。魔術師長という地位にあって、魔術が好きだから話も合うに違いない。


(しかも、こうして二人並んでると……本当に美の競演なんだよね……)


 アリスさんの彫刻顔は何をしてても絵になるし、ただそこに居るだけで美しいのだが、ジゼルさんもそんなアリスさんに負けない、華やかな迫力ある美なのだ。アリスさんが月の様に静かな美だとしたら、ジゼルさんは太陽の如く燃える美だ。


 こんな絵になる二人が並んでいるのだから、それだけで感謝したいくらいだというのに、何となく胃の辺りがもやもやとしていた。アフタヌーンティーに出てきたジャンさんのタルト・タタンが久々だったから、調子にのって食べ過ぎたのが良くなかったのかもしれない。


「エマ……?どうかしたのか?」

「へっ?」


 ぼんやりとしていたのだろうか。急に目の前にアリスさんの顔が近付いてきたので驚いてしまう。そんな私を、彼は怪訝な表情で見下ろし眉を顰める。


「急に呆けてどうした?何かまだ心配事があるのか?」

「あ、いえ……なんというか、アリスさんとジゼルさんが並んでると絵になるなぁ、綺麗だなぁって思ってたんですよ。でもなんだかこの辺りが妙にもやもやして……昼間に林檎のタルト・タタンを食べ過ぎたのがよくなかったのかもしれません」


 しゅんと俯きながら、明日は程々にしようと思っていたのだが、暫くして顔をあげてみれば、アリスさんは何故か口元を手で覆っていて、心なしか頬が赤い気もする。しかもヴィー兄様とジゼルさんは肩を震わせて笑っているものだから、食い意地が張っていた私に呆れているに違いない。そう思えば、羞恥で顔が赤くなっていくのが自分でもよく解った。


「し、仕方ないじゃないですか!タルト・タタン、めちゃくちゃ美味しかったんですよ……!砂糖とバターの香ばしい香りは食欲をそそるし、キャラメリゼされた林檎がこれがもう絶品なんですよ!ソースが染み込んだ生地はしっとりとして最高だし、食べ過ぎちゃうのは仕方ないじゃないですか……!」


 美味しいタルトを前にしたら、誘惑に抗えないのだから仕方ないと思う。穴があったら埋まりたい気分になっていたのだが、そう言えばジゼルさんもヴィー兄様もとうとう声を出して笑いだしてしまった。


「ふはっ……ははは!違う違う、エマ。そういう事じゃないんだよ。いっぱい食べるエマはとても可愛いと思うけどね」

「へ?」

「そうそう、とっても可愛い勘違いなんだけど、そのもやもやは食べ過ぎじゃあないのよ。あんたの婚約者と私が並んでるのを見て妬いちゃったのね。大丈夫よ。私、年上が好みだから」


 目の端に涙を浮かべて笑うジゼルさんの言葉が一瞬理解出来ず、私はぽかんと目も口も開けてしまう。


 妬く……?まさか私がジゼルさんに……?


「良かったじゃないか、アリス。今まで君が妬いてばかりだったのに、エマが妬いてくれたのなんて初めてじゃないのかい?」

「っ……!俺は別にいつも妬いてる訳ではないぞ!」

「はいはい、そうだね。そんなに嬉しそうな君を見られるなんてなかなかないから、私も嬉しいよ」

「煩い!黙ってろ!」


 ヴィー兄様は妙に嬉しそうにアリスさんの肩をぽんぽんと叩いていたのだが、彼はその手を鬱陶しそうに払い避けていた。ただ、その表情はいつもよりも高揚している様に見える。


「ヤキモチ……」


 ぽつりと漏らした所で、じわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。尊敬する女神の様なジゼルさんに対してそんな感情を抱くなんて畏れ多すぎる。


 アリスさんの部下にはマルゴさんを始めとした女性魔術師の皆さんもたくさん居るし、今までこんな風に感じた事なんてなかったというのに、よりによってジゼルさんだなんて。


 ただ思い返してみれば、アリスさんとヴィー兄様が一緒に並んでるのを見てもやもやした事もあったなと思いいたる。もしかしてあれも嫉妬だったんだろうか。


 妙な気恥ずかしさで顔を覆っていたのだが、その手は無情にも引き剥がされ、目の前には此方も頬が赤く染まったアリスさんの綺麗な顔が飛び込んできた。


「この数日悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたな……エマ、後で話がある。このブレスレットの効果を確認した後でいい。俺の話を聞いてくれるか?」


 インディゴブルーの瞳は、少しだけ不安気に揺れていたけれど、私はこくこくと頷くだけで精一杯だった。






読んでくださってありがとうございます!

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