62 それぞれの戦い方
「成程……魔を祓う矢の文様か……確かにそれなら魔術を打ち消す可能性はあるな」
矢絣の文様についてアリスさんにも相談した所、試す価値は十分にあるという事で、視察に出ている4人が戻り次第話し合う事が決まった。
その後も書庫でアリスさんとジゼルさんは様々な魔術書に目を通し、私もほんの少しだけ魔術と大魔術師についての知識が増えた頃。漸く領主館へと戻ってきたラファエル陛下達が揃って書庫へと顔を出した。
「あっ!皆さんお帰りなさい!視察はどうでしたか?」
「上々だよ。今朝民達には和平について通達はしていたが、実際ルドベキアの国王を俺自身が案内しているのだ。真実か疑っていた者達も信じただろうな」
「この街は人も多くて活気があるというのに、古い街並みも残っていて良い雰囲気の街だと感じたな。実に興味深い」
ラファエル陛下もレオポルド陛下も表情が明るく、良い視察になった事は窺えた。
「古い街並みって、見てるだけでも楽しいんですよね。私の世界だと、古い街並みって大体観光地になってますよ」
「観光地、か……」
古い街並みと聞いて、京都や金沢などの街並みが思い浮かび、私は郷愁を感じていたのだが、ラファエル陛下は何やら考え込んでいる様子だ。顎に手を触れ、暫く思案していたのだが、考えが纏まったのかその視線をレオポルド陛下へと向けた。
「エマの言葉で考えたのだが、この街に残る古い建物はルドベキア王国の一部だった頃の物が多い。其方の国の民にも馴染み深いものだろう。此処は国境にも近いし守りも強固だ。此処までの道さえ整備されれば、安心して楽しめる両国に友好的な観光地となりうるのではないだろうか」
彼の言葉に、レオポルド陛下も感心した様子で頷き、笑顔を綻ばせる。
「それは、想像するだけで素晴らしい。今までは敵対していたが、互いの文化に興味がある民は多いだろうし、国境に近ければ旅もしやすい。ただ一つの問題は、あの山か……」
アンヴァンシーブルの近くに聳える山々は、此処に初めて来た時にも見たが、なかなかに険しそうだったのを覚えている。アリスさんが迎えに来てくれたから、結局山越えはせずに済んだものの、最初はあの山を登るのかとげんなりしたものだ。
「その辺りはまた、今後調整していくとしよう。協力して取り組む事が増える事は、互いに良い効果がありそうだ」
「此方も街道の整備案を纏めておこう。この件の担当者の選出も進めておく」
少し前まで、国境の街といえば互いに防衛拠点だったというのに、それが今度は観光地の候補になっているのだから世の中何が起こるか解らないものだ。ただ、この変化は二つの国にとって、お互いに良い事だと思うから、この街をきっかけに交流が増えていくといいなと思うばかりだ。
二人の会話をにこにこと聞いていれば、それを見ていたヴィー兄様が優しく目を細める。
「随分と嬉しそうだね、エマ」
「そりゃそうですよ。やっぱり平和が一番だなーって思いますし、この街には思い入れもありますしね」
「あぁ、うちに来る前に立ち寄ったのが此処だったんだっけ。そんなに思う様な事があったのかい?」
「それは……」
私はちらりとソファで魔術書を読んでいるアリスさんを見る。
アンヴァンシーブルは、初めてアリスさんに出逢った街だ。そりゃあ最初の印象は最悪だったけれど、今となってはそれもいい思い出だったりする。顔に関しては完全に一目惚れだったけれど、あの最悪の出会いからそれが今では想いが通じ合った婚約者になっているのだから、本当に世の中何が起こるか解らないものだ。
あの時の事を思い出すとなんだか可笑しくなってしまい、笑みを浮かべる私を見て、ヴィー兄様は察した様子で苦笑を漏らした。
「あー……成程。それ、また今度アリスに言ってみるといいよ。きっと喜ぶから」
「ふふ、そうします。あ、そうだ。ヴィー兄様も、アルテュールさんも陛下の警護、お疲れ様でした!」
廊下に控えていた兵士に指示を出していたアルテュールさんが扉を閉めて此方に向かってくるのに気付き、そう声を掛ければ、彼は一瞬驚いた様に目を丸くし、ややあって顔を綻ばせる。
「任務に対してその様に労ってくださるとは、本当に大聖女様はお優しい」
「いえ、そんな。警護って神経を使う大変なお仕事じゃないですか。街の人達の様子はどうでした?」
「皆、和平については好意的に受け止めている様でしたよ。戦は、民の暮らしに直結しますからなぁ……皆、安堵した筈です」
にこにこと嬉しそうな表情のアルテュールさんに、私もつられて笑みが溢れる。街の人達がどう受け止めているのか気にはなっていたけれど、問題がなかった様でホッと胸を撫でおろす。
「そんな感じで、私達は今日は割と平穏な任務だったけれど、エマ達はどうだった?何か有効な魔術は見つかったのかい?」
「あっ!そうだ、その事を話し合いたくて帰りを待ってたんですよ!ラファエル陛下とレオポルド陛下もちょっといいですか?」
観光地化について話し合っていた両陛下にも声を掛け、矢絣の文様について話し合う為に書庫にあるソファへと移動する。アルテュールさんとヴィー兄様以外の面々がソファに腰掛けたのを確認してから、私は矢絣を書いたメモ用紙をテーブルに差し出した。
「ジゼルさんの提案で思い浮かんだんですけど、この『矢絣』という文様には『魔を祓う』という意味があるんです。魔というのを、魔術と捉えればあの人の魔術を打ち消す効果があるんじゃないかと思ったんです」
「これは矢の文様か?魔を祓う矢、か……」
メモ用紙を手に取り、それを繁々と眺めていたラファエル陛下は面白そうな笑みを口元に浮かべている。
「魔術には魔術で対抗する事ばかりを考えていたが、本当にエマの力は面白いな」
「考えたんですけど、魔術って魔力を使うんですよね?それだって無限にある訳じゃないですし、魔術の無効化は難しいと聞きました。私は、攻撃する様な術は全く使えませんし、あの人と対決する時には何も出来ません。だから私の文様であの人の邸を守る魔術を打ち消せるのなら、皆さんは魔力を温存してあの人に相対する事が出来るじゃないですか」
あの人を止めるという事は、あの人と戦うという事だ。でも私はそういう方面の力は全くないし、剣だって握った事もない。戦闘については全くといっていい程役に立たないのだ。
だからこそ、そこまでの障害を私の力で取り除けるのなら、皆は万全の状態で挑めるのだからこれこそ私の役目なのだと思う。皆が戦う時に、何も出来ないのは歯痒くもあるのだけれど。
少し俯いた私の手に、隣から伸びてきた手が不意に重なり、ぎゅっと握られる。驚いてそちらを見れば、真剣な瞳をしたアリスさんと視線が交わった。
「アリスさん……?」
「お前はまるで自分が役立たずの様に言うが、それは見当違いだ。お前がいなければ、今のこの現状は無い」
見渡せば、この場にいる誰もが私を見て、その通りだと言わんばかりに力一杯頷いていた。
「戦において、何も攻撃に長けた者だけが全てではない。物資を滞りなく補給する者、戦術をたてる者――それぞれの力がなくては成り立たない。お前は優れた癒しの力を持ち、文様の力で多くの者を救える唯一無二の存在だ。その上、敵対していた国に和平まで結ばせる様な奴だぞ。どこが役立たずなのだ」
「そうそう、エマちゃんがいるから私達は全力で戦える訳でしょ?それってとっても凄い事よ。だから、自分が戦えない事をそんなに気に病まないで」
「エマが剣まで使えたら、護衛騎士の意味がなくなってしまうよ。護るべき君がいるからこそ、私達は戦えるのだからね」
温かい言葉の数々に、思わず目の端が滲む。慌ててごしごしと手で拭い、精一杯の笑顔で応えた。皆の為にも、私にできる戦いをしようと覚悟を決めながら。
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