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61 大魔術師の魔術書

「此処が書庫だ。閲覧制限のある物は置いていないから、いくらでも見て構わないよ。ただし、かなり古い物もあるから、扱いは慎重に頼む」


 翌日、ラファエル陛下の案内で領主館の書庫を訪れたのは私とアリスさん、そしてジゼルさんだ。入った瞬間、古い本独特の匂いが広がるのだが、何となく落ち着く様な、眠くなる様なそんな香りで私は割と好きな匂いだ。


 別邸にある図書室よりもかなり広いそこに収められているのは、驚く事に殆どが魔術書だという。それを聞いてアリスさんもジゼルさんも興味津々といった様子だ。


「ジゼルさんも此処の魔術書、読んだ事ないんですか?」

「私は皇都の生まれだから、あんまり他に行ったことないのよねぇ。でも此処は前から来てみたかったのよ。何せあの大魔術師の出身地だもの」

「へぇ……やっぱり大魔術師って魔術師の憧れって感じなんですか?」

「そりゃそうよ。400年前の大魔術師が亡くなられてから、同等の力があると認められた魔術師は出てきていないんだもの。大魔術師と認められるには、それだけ多くの魔力に加えて、新しい魔術を生み出した実績の多さとかいろいろあるからねぇ。それだけ凄い御方なのよ」


 とても誇らしそうに話すジゼルさんの話を聞きながら、私はちらりとラファエル陛下の方を見る。彼の前世は、今でも憧れる人がいるのだから、それだけ凄い人だったのだろう。


「……それにしても、今日は可愛いスカーフをしてるのねぇ。あんたは可愛いんだから、もっとお洒落したらいいのに」

「へっ!?あ、ありがとうございます」


 美の化身の様なジゼルさんに可愛いと言ってもらえるのは大変嬉しいのだけれど、スカーフを指摘された事に内心どきりとする。まさか見えていないだろうかとそわそわしていれば、ジゼルさんの白く美しい手が此方へと伸びてきた。


「でも少し縒れてるから直してあげるわね」

「エッ!?い、いえ!そんな……」


 あたふたとしている所で、そっと耳元に彼女の口が寄せられた。首元に指先が触れる。


「ここ、見えちゃってるわよ」

「〜〜〜〜っ!?」


 やっぱりバレてたのかと、羞恥で顔がみるみる赤くなっていくのが鏡を見なくてもよく解る。声にならない声をあげ、口をぱくぱくさせる私に、彼女は可笑しそうに笑みを漏らした。


「顔真っ赤にしちゃって、本当可愛いんだから。でもこんな見えるとこに痕つけるなんて、あんたの婚約者、大丈夫?独占欲丸出しじゃないの」

「う……その……昨日は久しぶりだったので……」

「まぁ婚約者が拐われてたんじゃ、気が気じゃなかったでしょうしねぇ。でもそんなの見せつけられたら、うちの陛下、嫉妬で倒れちゃうから気をつけて」

「はい……」


 喋りながらも、ジゼルさんは器用にスカーフを巻き直してくれたのだが、自分で巻いた時よりも格段に綺麗に可愛く仕上がっていた。二重にきっちりと巻かれているので、隙間から見える心配もなさそうだ。


「わぁ!ありがとうございます、ジゼルさん!」

「うん、これならいいわ。上手く出来なかったらまたやってあげるから、いつでも言いに来るのよ」

「はい!」


 よしよしと優しく頭を撫でなれながら、お姉様が居たらこんな感じなんだろうかと、どうにも顔が緩む。いや、でもこんな女神様の如く美しい人をお姉様と思うだなんて烏滸がましすぎるなと思い至り、とりあえず拝んでおいたのだが、ジゼルさんにはまたかと呆れられてしまった。






「……さて、一通り書棚の分類の説明はしたが、後は各自で何か利用出来そうな魔術がないか調べてくれ。俺はこれから街の視察に向かわねばならんから、また後で顔を出そう」


 ラファエル陛下の方から、どこにどういった分野の魔術書が並べられているかの説明を受けた後、彼は懐中時計で時間を確認すると、ちらりと私の方へと視線を向けた。目が合ったかと思えば、彼はふわりと優しく微笑む。


「エマは魔術には詳しくないだろう?俺が君でも読めそうなやつを選んでおいたから、二人が魔術書を読んでいる間、これでも見ているといいよ」

「説明しながら何冊か抜いてたとは思いましたけど、私にだったんですね」


 渡されたのは数冊の本だ。一番上の本は『絵で学ぶ初めての魔術』とある。


「子供でも解りやすい魔術の入門書が何冊かと大魔術師の伝記だ。君には大魔術師の事を、よく知っておいてもらいたいからね」

「な、成程……でも面白そうだし、読んでみますね!」


 笑顔でそう答えれば、彼は満足そうに頷き退出していった。


 今朝には既に両国間で恒久的な和平が締結された事は、魔術を介して両国の国民に広く知らされたらしい。そういう事もあって、今日はこの後、アンヴァンシーブルの街をレオポルド陛下にラファエル陛下自らが案内して回る視察という公務だそうだ。


 護衛としてアルテュールさんとヴィー兄様、そしてこの街に常駐している兵士が駆り出されるとの事で、護衛の点からもアリスさんとジゼルさんから離れないようにきつく言われていた。だからこそ、魔術の事はさっぱりな私まで書庫に連れて来られたのだから。


 ぱらぱらと『絵で学ぶ初めての魔術』をめくってみるのだが、確かにこれは絵が殆どで解りやすそうだ。座って読もうかと顔をあげた所で、アリスさんが片手で何冊も魔術書を抱えながらも此方をじっと見ていたのに気付く。


 今までならあんな風にラファエル陛下と話していたら機嫌が悪くなりそうなものなのだが、アリスさんは今朝からずっと機嫌が良い。朝だって私が必死にスカーフを巻いているのを、とても楽しそうに眺めていたくらいだ。


 彼は空いている方の手で、自分の首をとんとんと突くと、声は出さずに口だけ開いた。


『今夜も』


 口の動きはそう見えたし、彼が手で示した場所には昨夜彼自身がつけた痕がまだはっきりと残っている。意味を理解した途端、また顔が赤くなる私を見て、彼はくっくっと笑いを噛み殺していた。完全に揶揄われているのを感じ、私はふいと顔を勢いよく逸らす。


「じ、ジゼルさん!向こうで読みましょ!」

「ん?構わないけど、エマちゃんまた顔が真っ赤だけど大丈夫なの?」

「あははは!全然!問題ないです!」


 此方も沢山の魔術書を抱えていたジゼルさんをぐいぐいと押しながら、背後でまた笑いを噛み殺している気配を感じる。私が未だに慣れてないのを揶揄うのは本当に意地が悪いと思いつつも、こういう時間はすごく平和で、幸せだなぁとも思ってしまうのだから困ったものだ。


 結局の所、アリスさんが傍にいれば私は何だっていいんだなと思わずにはいられなかった。


 そうして書庫の中央に置かれていたソファまで移動し、私とジゼルさんは向かい合って腰掛ける。彼女がテーブルに置いた魔術書は主に魔術の無効化に関する物が多いようだ。私の視線に気付いた彼女が、ふっと微笑む。


「バティストの屋敷に誰も辿り着けないって言ってたでしょ?屋敷自体には結界が掛けられているとして、辿り着けないというのは、人の視覚や認識を狂わせる幻惑系の魔術が使われている筈なのよ。それもとっても強力なやつがね」

「ジゼルさんはそういう魔術は使えるんですか?」

「私、そういう魔術って苦手なのよねぇ……目に見えない効果があるやつってなんか陰気じゃない?もっと派手に、誰にでも効果が一目で解るようなのが好きなのよ」


 そう言いながら彼女が手を前に差し出すと、綺羅綺羅とした美しい光が彼女の手の周りに集まりだす。パチンと指を鳴らせば、光は花びらへと変わり、輝きながら美しく舞い踊った。手で触れようとしても触れられない、幻の様に美しい光景に、思わず感嘆の声が漏れる。


「うわぁ!凄い!とっても綺麗です!」

「そうでしょ?光と水の複合魔術よ。これを見てそうやって笑ってくれるのが一番嬉しいのよねぇ。攻撃魔術も得意は得意なんだけど、こういう方が私は好きだわ」


 パチンとまた指を鳴らせば、花びらは跡形もなく消えてしまった。こういう綺麗な魔術ばかりならいいのだけれど、実際はそうもいかないのだという。


「まぁ、ルドベキアとの和平も実現したから、もう少しこういう平和な魔術の研究も進められると思うのよね。その為にも、ここでバティストは止めなくてはいけないわ」

「私も本当にそう思います」


 真剣な眼差しを向ける彼女に、私も姿勢を正して頷く。他にも国はあるのだから、永遠に平和である事なんてないのかもしれないが、少なくとも手を取り合える隣国があるというのは心強い事だと思う。


 そんな中で、あの人の存在や、あの人が使う魔術は平和を脅かす類のものだ。ここで止めなくては、また何を仕掛けてくるのか解らない。


「でも魔術の無効化って、結構神経使うのよねぇ。相殺させる訳だから、同等の魔力は必要だし、それを防ぐためにややこしい術式が組み込まれてたりするのよ。あんたの婚約者だって相当腕の立つ魔術師なのに、それでも破れないんだから厄介ね」

「へぇぇ……私には全然想像つかないんですけど、物凄く大変そうです」


 頬杖をついて魔術書を読みながら、彼女は一つ溜息を漏らす。と、何かに気付いた様に私の事をじっと見詰めるのでなんだかドキドキしてしまう。


「ジゼルさん……?どうかしました?」

「私は聖属性の事はよく解らないんだけど、エマちゃんのあの文様ってなかなかに特殊な術じゃない?あれっていろんな意味が文様にあって、エマちゃんの力でそれが発現してるのよね?」

「今まで作ってきたものはそうですね」

「その文様の中に、魔術を無効化できるようなのってないの?」


 その言葉に、私はうーんと首を捻る。様々な文様が頭に浮かぶが、傷や病を治せる様な吉祥文様は多いが、魔術を無効化できそうな願いが込められたものなんて思いつかない。


「うーん……不老長寿とか無病息災とか、そういう人を癒せる願いは凄くあるんですよ。珍しいもの……あ、魔除けとかはどうですかね?私は悪霊とかそういうものが寄り付かないイメージでしたけど、魔というのを魔術とも捉えられるかも」

「魔を魔術と解釈しても魔除けではちょっと弱いかもしれないわねぇ……もっとこう、向こうから除けさせるんじゃなくてこっちから向かって倒す位の勢いがあったらいいんだけど」


 難しい顔で考え込むジゼルさんの言葉を、私は頭の中で反芻していたのだが、不意に一つの文様が思い浮かぶ。テーブルに置いてあったメモ用紙を一枚ちぎり、ペンを走らせる。それをじっと見ていたジゼルさんが、ぽつりと漏らした。


「これは……矢?」

「ただの矢じゃなくて、これは破魔矢なんです。矢絣(やがすり)っていう文様で、魔を祓うという願いが込められています。もしかしてこれなら、魔術を無効化できるかもしれません」






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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