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7 幸福の味

「うわー!なんですかあれ、めちゃくちゃ高いですね……!」


 荷馬車の幌から顔を出し、見上げた先には堅牢そうな石造りの防壁が聳えている。と、前方で馬を操っているクレイルさんから、咎める声がすかさず飛んできた。


「あんまり乗り出すなよー!エマは()()そのまま落っこちそうで危なっかしいからな」

「大丈夫です!流石の私も学びましたよ!」


 何せ最初は荷馬車に乗るのが初めてな上に、見える物全てが新鮮で物珍しかった事もあって、身を乗り出した時に運悪く馬車が揺れて落っこちる、という事態を何度か起こしてしまっていた。毎回ミミが助けてくれる為、幸い怪我はなかったものの、彼女がとても心配してしまうので最近は慎重な行動を心がけているのだ。


「あれがルドベキア王国との国境の街アンヴァンシーブルだ。国境に一番近い事もあって、魔物避けだけじゃなくて、他国からの侵攻があった場合にも備えてるからな。もう城砦みたいなもんだよ」

「国境って……まさかあの街の先の立派な山の事じゃないですよね……?」


 堅牢な街の背景には、標高も高そうな山々が連なっている。その先は当然見通せる訳もないのだが、あの街が国境に一番近いというのなら、そういう事なのだろう。


「今度は登山か……やった事ないんだけど、体力もつかな……」

「エマ様、大丈夫ですよ。あの山は見た目ほど難所はありませんから!」

「いや、それはミミが騎士だからだよ!?私は本当にごくごく普通の一般人なんだからね!?」


 ここまでの旅路でよく分かったのは、彼女は可憐な天使の顔をした脳筋だったという事だ。魔術はあまり得意ではないと言っていたが、彼女はとんでもなく強かったのだ。物理的に。






 あの召喚された日から、もう20日程経っただろうか。

 召喚された城から逃げた先のスプリヌの森。そこには魔物が出るという話だったが、いつもは必ず見かけるという下級の魔物すら現れる事はなく、特に何の危険もないまま森を抜ける事ができたのは本当に幸運だった。

 その後も街道で魔物に遭遇、なんてこともなく、私は未だに魔物を目撃できていなかったりする。


 魔物には襲われなかったし、一番懸念していたラファエル皇子の追手にも見つかってはいない。ただ、盗賊には何回か遭遇してしまったのだ。

 初めこそ驚いて固まってしまったのだが、とにかくミミが強かった。それはもう、瞬殺というやつだ。私の目では、速すぎて何が起こったのか全く解らなかったのだが、ミミが何かしら投げているだろうという事は解った。一瞬で無力化された男たちを、クレイルさんが手際良く縛り上げていく、その繰り返しだった。


 二人のおかげで、ここまで本当に危険な目に遭う事もなく無事に来れたのだ。本当に感謝しているのだが、同時にとても申し訳なくもある。二人が戦っている時も、私は何もできずに固まっているだけだし、移動も荷馬車に乗っているだけの楽なものだ。完全にお荷物状態で、二人に何も出来ないのが心苦しかった。


「はぁ……ミミもクレイルさんも強いし、私なんにもできなくてごめんね。せめて足手纏いにならないように、筋トレ頑張るよ」

「そんな!エマ様はお気になさらなくて良いのです。むしろ私たちこそ、エマ様に助けられていますから」

「いや、本当、気を遣わなくて大丈夫だから!なんにもできてないのは事実だし、しかも碌に演技も出来ないとか……」


 そう、更に私を打ちのめしたのが演技力だ。


 各所の街では、クレイルさんと身分違いの恋人を偽装することになったというのに、私のあまりの大根役者っぷりに不審な目で見られるという始末。結局喋りはクレイルさんに任せ、私はフードを目深に被り、意味深に微笑むだけという為体(ていたらく)だ。


 月に何度も観劇している上に、好きなミュージカルの歌は(そら)でも歌える。歌は得意だったから、まさか自分がここまで演技が出来ないとは思いもしなかったのだ。改めて歌劇団の生徒さん達は、歌にダンスに芝居も出来て美しいのだから、なんて素晴らしい存在なのだろうと私は尊敬の念を新たにした。

 観劇……したいな……


 大きな溜息を漏らした所で、クレイルさんに名前を呼ばれた。


「エマ」

「なんです……むぐっ!?」


 返事をしようと口を開ければ、口の中に何かが放り込まれた。思わず噛んでしまえば、途端に驚くような甘さが口いっぱいに広がる。ただ甘いだけではなくて、ちょっとした酸味も感じて爽やかな味わいだ。


「なんですかこれ、すごく美味しい!」

「フリュイ・コンフィだ。要するにフルーツの砂糖漬けだな。俺の好物なんだけどさ、これはアプリコットのやつだったか」

「フルーツの砂糖漬けって、なんだか物凄く甘いだけってイメージだったんですけど、これフルーツの甘さが引き立ってめちゃくちゃ美味しいですね!」

「気に入ったんならやるよ。まだ沢山あるからさ」


 差し出された瓶を受け取ると、光を受けて宝石のように輝くアプリコットは、しっかりと原型を留めている。もう一つ摘んで口に入れれば、幸せな味がした。

 と、伸びてきた手におもいっきり頭をわしゃわしゃと撫でられる。見上げれば、クレイルさんがにかっと嬉しそうに笑っていた。


「ん。ちょっとは元気出たか?エマはそうやって暢気に笑ってりゃいーんだよ。難しいことばっか考えんな」

「兄上の言う通りです。エマ様は、エマ様が思ってる以上に私たちの力になっているんですから」

「二人とも……ありがと……」


 兄妹の優しさに思わず泣いてしまいそうだったが、二人が笑っていてほしいというのだから、どうにか精一杯の笑顔を見せる。本当に二人の優しさには救われる事ばかりだ。


「兄上、それで如何しましょう。国境を越えるにしても荷馬車では行けませんし、装備を整えたりしなくては……」

「んー、一応上には報告上げてるから、そろそろな気もするんだが……とりあえず、今夜はアンヴァンシーブルの宿屋でゆっくりして、明日は買出しして備えるか」

「あ、門も近くなってきたからそろそろ被りますね」


 門衛から目視できそうな距離に来た所で、髪が隠れるようにフードをしっかりと被る。速度を徐々に緩め、荷馬車はアンヴァンシーブルの門前で止まった。


「じゃあ手続きしてくるから、お前たちはここで待ってろよ」


 そう言ってクレイルさんは、さっと荷馬車から降りて門衛の方へと向かう。あまり顔を見られないように、俯きがちに其方を伺えば、彼は門衛と何かしら話をしながら此方を指差していた。門衛の視線が向けられたため、私は渾身の意味深な微笑みを浮かべる。と、門衛の彼は驚いた様に目を丸くし、ばしばしとクレイルさんの背中を思いっきり叩きながら満面の笑みで何事か話しているようだ。一体何の話をしているのだろうか。

 クレイルさんは叩かれたせいだろうか、若干よろよろとした足取りで荷馬車へと戻ってくる。と、私に非難めいた目を向けてくるが、心なしか頬が赤い。


「エマ……なんだよ、さっきの笑顔……」

「あれは『意味深な微笑み』ですよ。我ながらよく出来ていたと思います」

「あー……うん、そうだよな……お前はそういう奴だよ……」


 何故か脱力した様子で項垂れた彼に疑問符を浮かべるが、彼は数秒唸りながらがしがしと自分の頭を掻いた後、大きな溜息を漏らした。


「暢気に笑ってりゃいいって言ったのは俺だからなぁ……なんかあったら絶対に俺に言えよ。勘違いした男共なんて、何するか解ったもんじゃないんだぞ」

「勘違い???」

「そこからか……無自覚ってのが一番厄介なんだよな……」


 クレイルさんはそう言ってまた一つ溜息を漏らすが、勘違いとは何の事だろうか。もしかして、私は微笑みすら上手く出来ていなかったとでもいうのか。

 そう考えていた所で、わしゃわしゃと思いっきり頭を撫でられる。せっかくミミが綺麗に整えてくれた髪が、またくしゃくしゃになってしまった。彼はこうしてよく頭を撫でてくるのだが、この撫で方……完全に犬猫と同じ扱いなのではないだろうか。

 釈然としない思いで見れば、胡乱気な瞳と視線が重なった。


「またなんか見当違いのこと考えてるだろ?」

「いやぁ……クレイルさんって私のこと、愛玩動物枠だと思ってるのかな、と」

「はぁ!?なんでそうなるんだよ……」

「へっ?だってそうじゃないですか?今みたいにおもいっきり撫でられたり、あと甘い物もよくくれますよね?あれも餌付けなのかな、と」


 ここまでの出来事を思い返してみるが、考えれば考える程、この考えがしっくりくるのだ。クレイルさんにはミミという天使のような可愛い妹がいる。彼女と同じような妹扱いでもなし、そうなると愛玩動物扱いというのがぴったりではないか。

 妙に納得し、すっきりとした私とは裏腹に、クレイルさんは大きく溜息をつくとまた項垂れてしまった。そんな彼に、ミミがどこか憐れんだ様な生暖かい目を向けている。そんな表情もやっぱり可愛い。


「兄上は暫く放っておきましょう。エマ様、この街は国境も近く、魔物もよく出るので傭兵や冒険者などが多くいます。私が傍にいますが、治安の悪い所もありますから、十分お気を付け下さい」

「解った。ミミの事も護れるように頑張るよ!」

「エマ様……」


 嬉しそうに微笑むミミは、本当に尊い。騎士であるミミを私が物理的に護れるのかといえば、私が護られる側なのは明らかなのだが、この笑顔を曇らせる訳にはいかないのだ。

 ミミは私が怪我をしたり、危ない目に遭うと酷く悲しそうな顔をする。自分が同じ目に遭う事には無頓着なのにだ。そうなると私は自分が傷つかないようにする事が、何よりも彼女を護る事にも繋がるのだと学んでいた。


 とにかくここでも問題を起こさないよう、厄介事に巻き込まれないようにしよう、この時点では本当にそう思っていたのだ。






アプリコット……杏の花言葉は「乙女のはにかみ」「臆病な愛」です。

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