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60 仲直りは親密に

 和平交渉は無事に落ち着いた為、その後はこの領主館の主であるフェランさんから晩餐の御招待があった。出てくる料理はどれもとても美味しく、振る舞われたお酒も凄くフルーティーな香りで美味しそうだったのだが、私に出されたお酒はすぐにアリスさんに取り上げられてしまった。


 前回の失敗を思えば当然だろうとは思うが、せめて一口だけでもと食い下がるものの、頑なに許してはもらえなかった。


 そうして晩餐は一応和やかに進み、今日は時間も時間なので書庫を見せてもらうのはまた明日という事で用意して頂いた客間へと各自引き上げる事になったのだ。流石に此処では別々の部屋が用意されたというのに、アリスさんは当然の様に私の後についてきて、扉を閉めるや否や後ろからぎゅうぎゅうと抱き締められた。


 この感覚は何というか既視感がある。前にもこうして、部屋に入った途端に抱き締められた事があった筈だ。


 私は少しだけ苦笑を漏らしながら、私を捉えるその腕にそっと手を添える。


「……もしかして、ずっと我慢してました?」

「当たり前だ。本当は晩餐よりもこうしていたかったのだぞ。お陰で味なんてよく解らなかったな」

「和平交渉の時はあんなに怒ってたのに」

「あれはお前が悪い!……あぁ、くそっ……」


 むっとした声で舌打ちをしたかと思えば、ぼすんと音を立てて私の肩に彼は顔を埋めた。柔らかな髪が、私の頬を擽る。


「今日は喧嘩をするつもりはなかった。だというのにお前という奴は……!」

「はいはい、あれは本当に私が悪かったです。でも、アリスさんがラファエル陛下に妬いてくれてたのはかなり嬉しかったんですよねぇ」

「くそっ!なんだそれは!あれ程怖がってた筈だというのに、すっかり毒気を抜かれて微笑み返すお前を見て、俺がどんな気持ちだったと……!」


 ぐりぐりと押しつけてくる彼の頭をぽんぽんと軽く撫でる。少し腕が緩んだ所で、くるりと彼の方へと向き直ったのだが、もともと密着していたのだから当然なのだけれど、彼の彫刻の様に整った顔があまりに近くて少し驚く。


 それは彼も同様だったらしく、一瞬驚いた様に目を丸くしていたのだが、その表情はくしゃりと歪む。今にも泣いてしまいそうな彼の両頬に手を添え、そのまま私の方へとぐっと引き寄せた。


 優しく触れるだけの口付けは、次第に甘く深くなっていく。息継ぐ暇もなく、交わされる熱に、吐息に、くらりと目眩がする。息苦しさに少し距離を取ろうとするのだが、離れるのは許さないとばかりに彼の手は私の頭を捉え、上向かされる。


「っ……は……まだだ。まだ全く足りん」


 熱を孕んだ瞳は揺らめき、私を捉える。少し開いた口は容易に侵入され、どちらのものか解らないくらい絡み合う。静かな室内に、吐息と水音だけがやけに大きく響いた。


 貪る様に繰り返される口付けは、まるで食べられてしまいそうな程だった。熱に浮かされ、瞳には涙が滲む。その熱さにのぼせてしまいそうになった頃、漸く彼が少しだけ顔を上げた。


 彼の整った美しい顔も上気し、頬は朱に染まっている。息を荒げ、少し余裕のない表情に、こんな顔を見られるのは私だけなのだと思うと、堪らなく愛しさが込み上げた。


「……やっぱり全然違うなぁ……」

「……?何がだ?」


 ぽつりと漏らした声に、彼は怪訝な表情を浮かべる。そうした表情も、やはりあの人とは似ても似つかないものだ。


「私、前にアリスさんの顔が好きって言ったじゃないですか。でもあの人を見て、アリスさんに顔は似てても全然違うって実感したんです。あの人は凄く怖かった……」


 顔は本当によく似ていて、アリスさんが年齢を重ねたらああいう顔になるのだろうと思った程だ。けれど、内面から滲み出る表情が全く違う。あの人に感じた最も強い感情は恐怖だったのだから。


「だから気付いたんです。私は内面も全部ひっくるめて、アリスさんだから好きなんです。私を見る表情も、眉間に皺が寄っててもやっぱり格好いいなぁって思いますし、どんな表情でも、それがアリスさんだから好きなんですよ」

「っ……!お、前は……なんでそう恥ずかしげもなく……」


 口元を手で覆う彼の頬は真っ赤に染まり、耳まで赤くなっていた。ちょっと可愛いなぁと思ったものの、正直に言うと怒らせそうなので心の中だけで留めておく。


「アリスさんは自分ばかりが私を好きだって言ってましたけど、私だってアリスさんが大好きです。大切な人はいっぱい増えても、大好きで、愛してるのはアリスさんだけなんですから。私が触れたい、触れてほしいって思うのもアリスさんだけなんですからね!」

「うっ……そう、なのか……?」

「当たり前です!アリスさんは私の婚約者でしよ。異世界から来た私が帰る場所は、アリスさんの所だけなんですから。そりゃ、昼間みたいに私が失言する事はこれからもあるでしょうけど、一番はアリスさんなのは間違いないんですから、それだけは忘れないでください」


 ごつんと軽く額をぶつける。少しだけ眉を上げながら、彼の瞳をじっと見据えた。


「本当に、フェスティバルの前は悲しかったんですからね……!あんな思い、もうしたくないので、これからは素直な気持ちをどんどん言ってくつもりですから」

「そうだな。俺もあれは本当に懲りた。あのままお前と二度と逢えなかったらと思うと、生きた心地がしなかったからな。いくら心配した所で、お前はすぐ飛び出していくのだから、もうお前はそういう奴なんだと割り切って、その上で護れる様にするつもりだ」

「もう!なんですかそれ……私が進んで危ないとこに飛び込んでくみたいじゃないですか!」

「だが、事実だろう……?」


 どうだ、反論してみろと言わんばかりに私を見下ろす彼を、私はムッとして睨みつけるのだが、ややあってお互いに噴き出し、笑みが溢れた。


 あぁやっぱり、こんな風に気軽に言い合えるのは楽しいし、アリスさんの傍は何処よりも安心出来る。


「本当は、祝福の花を渡して仲直りするつもりだったんです。まぁでも、こういう仲直りも私達らしいですね」

「そうだな……だが俺は、お前にもっと触れたい。お前が、他に気を散らさぬ程に、俺だけを考える様に」

「うぇっ!?」


 ちゅっと音を立てる様に突然耳を喰まれ、思わず声が出るのだが、動揺する私を見てアリスさんは意地悪そうににやりと微笑んだ。


「全く、色気の無い声だな。そんなお前を、愛おしいと思うのだから、本当に俺もどうかしている」

「っ……ふぁ……」


 わざと音を立てて首や鎖骨に執拗に落とされる口付けは、絶対に痕が残るやつだ。そんな見える所に何度も口付けされ、甘い疼きに段々と意識がふわふわとしてくる。


「本当は……昼間も、もっと触って欲しかったんですよ……?」


 浮ついた意識の中で、そう漏らせば、彼の瞳にも熱が宿るのがはっきりと解った。その表情は焦燥に駆られ、触れる手も燃える様に熱い。


「くそっ……あまり煽るな。止められなくなる」


 返事をする代わりに、私は彼の首に手を回し、その胸元に顔を埋めた。そのまま体は抱き上げられ、寝台へと運ばれる。


 それは久しぶりに訪れた、甘くて優しい、幸福な夢の様だった。






読んでくださってありがとうございます!

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