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55 対峙

 剣を構えた後、謁見の間の扉に炎の魔術を思いきりぶつけて爆発させたグエノレさんは、そのまま煙の中へと飛び込んで行く。私も必死に後に続けば、視界が少し開けた所でラファエル皇子が空中から落ちてくるのが見えてぎょっとする。


 床にぶつかるかと思った瞬間、まるでそこに見えない緩衝材があるかの様に彼の体は一瞬止まり、緩やかに床へと横たわる。


 まだ燻っている煙でよく見えないが、少し離れた所から剣がぶつかる音がして、グエノレさんがあの人と打ち合っている事は察しがついた。一瞬其方を見た後、私は覚悟を決めてラファエル皇子の方へと駆け出した。


「ラファエル皇子!まだ生きてますね!?」


 そう声をあげれば、私に気付いた彼は驚いた様子で目を丸くしていた。


「エマ……!君は本当に……」


 信じられないものを見る様な目を向ける彼に駆け寄り、ざっと状態を確認するのだが、首元に鬱血痕がある以外は大きな怪我は無さそうだ。ただ、少し触れた体はかなり熱い。まだ病による熱が下がっていないのだろう。


 そんな私を、彼はじっと見詰めていたのだが、私が顔をあげるとその視線をグエノレさんの方へと向けてしまった。まだ爆発の煙が消えず、此処からだと姿はよく見えない。


「ところで、奴と打ち合っている……あれは一体?エマの護衛騎士だろうか?」

「へ?誰って、グエノレさんですよ!あなたの叔父様の!」

「叔父上!?まさか、生きているのか!?奴は叔父上は既に死んだと……」


 驚いた様子の彼に得心がいく。あの人が最後に見たのはあの瀕死のグエノレさんだ。あのままなら確かに死んでいただろう。


「瀕死の重症だったのは確かです。私が近くにいなかったら、多分今頃ここにはいませんでしたよ」

「そう、か……エマが癒したんだね。……感謝するよ。俺にとっては最早、叔父上だけが親族になってしまったからね」

「えっ……」


 私に頭を下げる彼の言葉が一瞬理解出来なかった。彼には父親の皇帝も居た筈だ。だというのにグエノレさんだけが親族という事は、皇帝は既にもう――


「っ!エマ、伏せろ!」

「えっ!?うわぁ!?」


 突然ラファエル皇子に頭を押さえつけられ、床に伏せる。頭上を通過した何かは壁にぶつかった様で大きな音を立てる。そろそろと顔を上げれば、壁は大きく抉れていた。アレがもし当たっていたらとゾッとしながら、服の下にあるネックレスに触れる。


 あの人は私に悪意のあるものを防ぐ術が掛けられていると言っていた。ああいった魔術も防いでくれるのだろうか。


 今のはどうやら、剣を交えているあの人とグエノレさんのどちらかが弾いた魔術の流れ弾だったらしい。謁見の間には、薄くはなってきているがまだ目眩しになる煙が漂っている。彼があの人を引きつけてくれている間に、どうにか玉座の下に仕掛けられた呪物を浄化しなくてはならない。


 私は玉座へと視線を向け、ラファエル皇子へと声を顰める。


「ラファエル皇子、あの玉座の下にある呪物が城に仕掛けられた最後の物なんです」

「城外にもあっただろう?あれは全て解いたのか?」

「はい。グエノレさんが案内してくれましたから」


 そう言えば、彼は少し眉を顰めながら小声で漏らす。


「叔父上がエマを自分で案内したのか?あれが叔父上がした事だと知ってはいたが……」


 言い淀む彼が言いたい事は、今のグエノレさんの心の状態だろう。重症を負う前の彼は、明らかに心を病んでいる様だったから、今がどういう状態なのか危惧しているのだろうとピンとくる。


「……多分、グエノレさんの心を蝕んでいたものも含めて、全部癒したみたいなんですよね。今は物凄く紳士で気遣いできる人になってましたよ」

「っ……!君は本当に俺の想像を超えていく。成程、ならば叔父上が剣技において奴に遅れをとる筈もない。彼は帝国一の軍人なのだからね」


 ラファエル皇子は、どこか晴れやかな表情で剣が交わされている方を見やる。恐らくずっと叔父様であるグエノレさんの事を気に掛けてはいても、どうする事も出来なかったのだろう。


 最初はラファエル皇子の事が得体が知れず、随分と恐ろしく感じていたものだったが、家族の事を心配する彼は、以前よりも接しやすく感じた。


 私は服越しにぎゅうとネックレスを握り締め、彼を真っ直ぐに見据える。


「ラファエル皇子、私があの呪物に触れるだけで、恐らく病に罹った全ての人が癒えます。あそこまで走るので、援護をお願いしてもいいですか?」


 そう言えば、彼は一瞬目を丸くし、蕩ける様な微笑みを浮かべる。それは本当に、心からの笑顔の様に見えた。


「君に頼られる事は、素直に嬉しいよ。ずっと昔から、君を護る役目は俺のものだったのだからね」

「ありがとうございます……!」


 彼の右手が私に触れ、どこか温かいものに包まれる感覚が訪れる。それはとても懐かしい感覚だった。


「護りの術を掛けた。全ての魔術を防げる訳ではないから、俺が君の盾となろう」

「では、行きましょう……!」


 すぅと息を大きく吸い込み、彼を見て互いに一つ頷いた後、私は玉座目掛けて走り出す。玉座までは目測で50m余り。10秒にも満たないその時間が、私には酷くゆっくりに感じた。逸る鼓動を抑えつつ、一度此方へと放たれた水の矢は、ラファエル皇子が魔術の壁で防いでくれた。


 どうにか玉座へと辿り着き、私を護る様に玉座の前でラファエル皇子が壁を築いているのを横目に見つつ、私は玉座の下を確認する為に身を屈める。


「あった!これだ!」


 嫌な空気を放つそれに、私は迷う事なく触れる。と、眩い光が辺りを覆い、呪物は真っ二つに割れていた。光は煙すらも吹き飛ばした様で、あの人が此方を驚愕した表情で見ているのがはっきりと見えた。


「っ……!まさか、あれを本当に触れただけで浄化したというのか!?大聖女の力はこれ程に――」

「熱も怠さも一瞬で治ったな。これで俺も存分に戦える。形勢逆転だ」


 あの人を真っ直ぐに見据えたラファエル皇子の右手には、蠢く黒い靄の様なものが集まってきていた。背後で剣を構えるグエノレさんも、その剣に燃え上がる様な炎を纏わせて睨みつけている。


 完全に立場は逆転した様に見えるが、それでも尚、彼は不敵な笑みを浮かべていた。


「確かにあなた方お二人と大聖女様の援護を相手にするのは些か骨が折れる。一旦出直すとしよう」


 そう言うや否や、彼の姿はその場から一瞬で掻き消える。恐らく転移したのだろう。行き先で思い浮かぶのは、彼が墓標と呼ぶあの邸なのだが、それを確かめる術は無い。


 謁見の間に張り詰めていた空気は、彼が消えた事で緩み、私はその場にぺたんと座りこんでしまった。はーっと大きく息を吐き出す。


「エマ、大丈夫か?」

「あ、はは……すみません、ちょっと緊張の糸が切れちゃって……腰が抜けちゃったみたいです」


 立ちあがろうにもどうにも動けず、私は苦笑を漏らす。彼が私を立たせようと手を差し伸べた所で、グエノレさんが血相を変えて駆け寄ってきた。


「エマ嬢、ラファエル!大事ないか?」

「大丈夫です。グエノレさんは怪我とかしてませんか?ずっとあの人の引きつけ役をお願いしてしまいましたし……」

「魔術師相手に魔術はともかく、剣で遅れはとらん。むしろエマ嬢の癒しの術を受けた後は、今までよりも身体が軽い位だ」


 そう言ってグエノレさんは笑顔を浮かべるのだが、私の前に居るラファエル皇子はグエノレさんを見て微動だにしない。どうしたのだろうかと彼の顔を見上げれば、その瞳は驚きに揺れ、グエノレさんの顔へと注がれていた。


「叔父、上……その顔……!まさか目も見えているのですか!?」

「あぁ、そうなのだ。エマ嬢の癒しの術は凄まじい。年数が経ったこの目まで癒してしまったのだからな。目だけではない、私はジュジュを失ってから、これ程晴れやかな気持ちを感じた事はなかった」


 ラファエル皇子の身体が少し揺らぎ、覚束ない足取りでグエノレさんの方へとその足は向かう。それをグエノレさんは眉尻を下げ、やや困った様子で苦笑を漏らしながら見詰めていた。


「今回の事も、この4年間も、お前には迷惑を掛けた。本当なら、母親を失い、父親があの様な状態になったお前を、私が支えてやらねばならなかったというに……すまなかったな、ラフ」

「っ……!おかえりなさい、グエン叔父上……!」


 きっと本当は、とても仲の良い叔父と甥だったのだろう。ラファエル皇子の頭を優しく撫でるグエノレさんを見ながら、私は自分の心がとても温かくなるのを感じていた。






読んでくださってありがとうございます!

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