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閑話 希望の光

『どうか、わたくしの分まで生きて』


 繰り返す記憶の中で、いつだって彼女は最期にそう言うのだ。エルネストにとって、彼女が居ない世界など生きていても仕方ないというのに。


 そうして彼は、彼女の最期の願いだけは守れずに自ら命を断つ。記憶が途切れる寸前に聞こえる声は、彼女ではなくあの男の声だ。低く、冷たい声はエルネストを軽蔑している様にしか聞こえなかった。


 それをもう、幾度繰り返した事だろう。


 何度生まれ変わった所で、アンジェリク王女の魂には出会えない。心の半分を失ったままで生きる虚しさは想像以上だった。いつだって埋められない喪失感を抱え、他の女を抱いた所で彼女ではない事を再確認して絶望するだけの日々。


 そんな事を繰り返せば、当然心はおかしくなる。実際、発狂して死んだ生もあったのだから。


 だから400年前、魔術に長けた名門、辺境伯家の次男として生まれ変わった時。闇属性の魔術で、魂が深く関わった者と夢が繋がると知り、それまでの生でこれ程喜びに震えた事はなかった。


 そうしてずっと求めていた彼女の魂が異世界にあると知り、何度も夢で彼女を眺めているうちに、どうしても会いたくなったのだ。


 異世界から特定の人を召喚するという高度な魔術。それは魔術が発展していたロベリア王国ですら、成功させた魔術師はいないというものだったのだから。


 術式は間違っていない筈だった。だが、召喚術を使ったと同時に意識は途切れ、気付いた時にはまた生まれ変わっていたのだ。


 しかも命と引き換えに召喚した彼女は既に亡くなっており、彼女が大聖女様として遺した奇跡を追う事しか出来なかったのだ。


 そうしてまた空虚な生を繰り返し、俺は漸く彼女に――エマに出逢えた。


 夢の中の彼女は笑顔がとても愛らしい女性だった。でも、彼女を見ていてすぐに気付いた。彼女はエルネストの事なんて覚えていないし、大聖女様だった記憶もない。魂は同じ輝きでも、エマという一人の女性なのだと。


 彼女は何も覚えていないから、夢で繋がっていても俺には気付かない。俺の声は彼女に届かない。ただ見ているだけでも、最初は幸福だったのだ。


 そうして何年も過ぎ、可愛らしく成長していく彼女に恋をするなというのは無理な話だった。


 見ているだけは嫌だ。彼女に触れたい。話したい。俺を見て欲しい。


 だからこそ、父上が廃人の様になり、実権が俺に移ってからは、彼女を迎える準備を始めた。彼女の為に部屋を整え、服を用意し、国内から優秀な魔術師を集めた。幾度か失敗もしたが、準備は完璧だった筈なのだ。


 何よりも重要な、彼女の意思を考えていなかったという俺の身勝手さが、何よりの敗因だったのだろう。


 召喚が成功し、目の前に彼女がいる喜びに震えたのも束の間。最初こそ驚いていた彼女の瞳は警戒の色に染まっていた。それも当然だろう。彼女の魂は元々此方のものであっても、エマにとっては全く見知らぬ世界に突然連れて来られたのだから。


 彼女には自分で考える時間が必要だった。だからこそ、あの侍女がルドベキア王国の間者であると知りながら彼女の傍に近付く事を許し、敢えて逃げられる様に仕向けたのだ。


 その美しい黒曜石の様な瞳で、自由に世界を見て、考え、そして己の意思で俺を選んでもらわなくては意味が無い。俺が欲しかったものは、彼女の心も含めた全てだったのだから。


 だから、彼女が俺を選ばない選択をしたのなら受け入れるしかない。そもそもが間違っていたのだ。()()()()()()()()()()()()などと、狂気の沙汰でしかない。


 だけど本当に、彼女を想う気持ちに偽りはなかった。愛しい彼女の手にかけられ、最期に見るものが彼女ならどれ程の幸福だろうと何度も思ったのだ。


 アンジェリク王女の記憶は共有されてきたが、エマの記憶は今は俺だけのものだ。このまま呪いを解けずに死ねば、確実にまた繰り返す。エマの記憶まで、次の生に引き継がれるのは堪え難い。醜い独占欲だと解ってはいても、抑えきれない想いは湧き上がる。


 彼女が俺のものにならないのなら、せめて俺を殺して(たすけて)ほしい。君の記憶が、俺だけのものであるように――






 ゆうるりと瞼を開け、俺は息を大きく吐き出す。ずっと続いていた気怠さや吐気はこの数時間でかなり改善されてきている。まだ熱はあるが、動けない程では無い。


 そして徐々に症状が改善された時に感じた温かい光と気配。あれは間違いなくエマのものだ。彼女が呪いにも似たあのロベリア王国の魔術を破る為に、此処に戻ってきている。


 それだけで否応無しに鼓動は早まり、気持ちは急いた。優しい彼女の事だ。恐らく夢渡りで醜態を晒した俺を、心配してやって来たに違いない。彼女が俺の事を考えてくれたというだけで、どうしようもなく心は歓喜に満ちていく。


 城で不可思議に広まった病は、あの魔術師の仕業である事は調べがついている。亡国であるロベリアの王家の末裔。まさかあの男の血を継いだ者を、何も知らずに城に招き入れ、エマの召喚にも関わらせていたとはとんだ失態だった。


 いつの間にか城から消えていたとは思ったが、一介の魔術師一人を気に掛ける必要性を感じず、放置していた事も反省すべき点だ。奴は聖教会と通じ、国を転覆させるという大それた事を考えていたのだから。


(叔父上は……生きているだろうか……)


 叔父上が心を病んでいる事は解っていても、どうする事も出来なかった。叔父上の心の拠り所であった母上はもういないのだから。


 その弱さが、奴をつけ入らせる事となってしまったのだから、叔父上を責める事もできない。病を流行らせた今、既に奴の手にかかっていてもおかしくはないだろう。


 寝汗でべたついていた衣服を手早く着替え、急ぎ謁見の間へと向かう。城内に仕掛けられていた闇の魔術の気配が色濃い場所は、謁見の間の玉座だ。エマがあれを浄化に来てしまう前に、あの場に行かなくてはという予感に駆られ、自然と足は早くなる。


 そうして辿り着いた謁見の間の前で、俺はぴたりと足を止めた。中に奴がいるのは、扉の外からでもよく解ったからだ。


 防御の術を発動させながら勢いよく扉を開く。奴は口元に笑みを浮かべ、玉座から俺を見下ろして居たのだが、その顔を見て思わず目を見開く。今までローブに隠されていたその顔は、あの男に――ラウル王に瓜二つだったのだ。俺を嘲笑うような表情にも既視感を感じる。


「これはお久しぶりです、殿下。思っていたよりお元気そうだ」

「そこをどいてもらおうか。そこは皇帝の在るべき場所だ」


 剣を抜き、刀身に魔術で氷を纏わせる。それを見ながら、奴は可笑しそうに肩を震わせた。


「皇帝は既に鬼籍に入った。病で弱っていたから、赤子の首を捻るより簡単だったぞ。簡単すぎてつまらぬ位だったな」

「っ……!」

「あなたの叔父上、皇弟殿下も今頃は愛しい皇后様に出会えている頃だろう。残る皇族は殿下、あなただけだ」


 そう言い、奴がにたりとした笑みを浮かべたかと思えば、前方の空間が歪むのを感じた。咄嗟に剣を垂直に構えて防ぐが、想像以上の力に身体が後ろに押し飛ばされる。防御の術を掛けていても、痛みに顔が歪んだ。


「ぐっ……ぅ……」

「成程、流石は殿下。魔術に対する知識とその反射神経は実に素晴らしい。病に侵されていなければ、私に傷くらいは負わせられただろうに。そんな殿下に、特別に教えて差し上げよう」


 こつこつと靴音を響かせ、奴は俺の前までやってくると、まだ動けずにいる俺の耳元に口を寄せた。


「あなたの大切な大聖女様は、私の手に落ちた。あなたの分まで、彼女を啼いて善がらせてやるから安心して逝くと良い」

「っ……エマは、お前如きが御せるものか……!彼女はどんな時も自由に羽ばたいて飛び出していく。それを妨げる事など何人にも出来ん……!」


 がっと首元に衝撃を感じ、己の身体が宙に浮くのを感じる。奴の手ではない、首に纏わりつく魔術の力でぎりぎりと絞められ、苦しさに顔が歪む。


 眼下にいる奴の瞳は、そんな俺を愉しげに眺めていた。徐々に薄れゆく意識の中で、最期に見るものがまたこの顔だというのは、なんという皮肉なのだろうかと我が身を呪った。どうせ最期に見るのなら、彼女の顔が良かったというのに、これが彼女を無理矢理召喚した俺への罰なのだろうか。


 彼女の記憶を俺だけのものにしたいという、俺の唯一の願いも叶わなかった。次の生でまた、俺は彼女の奇跡を追う事になるのかという諦めに瞳を閉じた時だった。


 強い衝撃が謁見の間を揺らし、奴の意識が其方に逸れる。その一瞬の隙でどうにか首元に魔術をぶつけて相殺させ、落ちる体は床につく前に風のクッションで衝撃を和らげる。


 耳には剣を打ち合う激しい音が聞こえ、何が起こっているのかと顔をあげた瞬間、驚きに目を見張った。


「ラファエル皇子!まだ生きてますね!?」


 俺に向かって、必死に駆け寄ってくる人は、間違いなく待ち焦がれたその人だったのだから。






読んでくださってありがとうございます!

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