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閑話 魔術師長の後悔

「あーあ、本当なら朝から晩までフェスティバルの筈だったのにぃ!エマ様の祝福の花欲しかったなぁ」

「アデール、皆そう思ってるんだから集中して!ほら、右から来てる!」

「ベレニスに言われなくても解ってるわよ、っと!」


 仲が良いんだか悪いんだかよく解らんアデールとベレニスの二人は、息の合った連携魔術で群れを成した狼型の魔物を確実に仕留めていく。


 数日前から続く東の森の討伐。想像以上に魔物の数は多く、厄介なのがその動きが統率されている事だった。普段魔物はここまで群れを成す事もなければ、まるで俺達の動きを読んで襲ってくるような知能も無い筈だというのに、これまでとは予想外の動きばかりが目立つ。


 それだけ力を持ったボスでも居るのか、何者かに操られているのか。考えられるとしたら、あの霊石に魔術を施した魔術師だ。これも何か考えあってのものなのだろうか。


 見える範囲の魔物を風の刃で切り裂き、額に滲む汗を拭う。一息ついた所で、マルゴが此方へとやってきた。


「所長、この周辺は落ち着きましたし、そろそろ戻っても良いのでは?何せ今日はフェスティバルで、皆の士気も下がる一方ですし……」

「確かにな……怪我をする者も増えている。それだけ注意力も低下しているという事だ。かなりの数は討伐した。ここが引き時だな」

「エマさんのコーディアル、やはりとても有効でしたね。第二騎士隊の皆さんもかなり驚いてましたよ」


 今回の討伐には、騎士団からは第二騎士隊が参加していた。普段の討伐なら光属性の魔術でほんの少しだけ回復させられる位で、死傷者が出る事はザラだった。


 それがコーディアルを飲むだけで、立ち所に傷は癒えるのだから、効果を知っている魔術研究所の者でも今回初めて己の身で体感した者は驚いていた位だ。騎士隊の者達はそういう物があるのだと陛下からの発表で知ってはいても、これ程とは思っていなかったに違いない。それはさぞ驚いた事だろう。


「……エマさんのパレード、きっと綺麗だったでしょうね……」

「あぁ……そうだな……」


 彼女の名を聞くと、どうしようもなく胸が疼く。食堂での傷付いた表情や、新月の夜に見せた涙が瞳を閉じれば浮かんできて己を殴りたくなってくるのだ。


 彼女は間違いなく俺を好いているとは思っても、彼女が向ける好意の熱量は俺とは違う。俺にとって大切な者の大部分はエマとヴィーだ。だが彼女には大切な者が大勢いる。


 彼女はいつだって他者を思いやり、他者の為に全力で動こうとする。そんな彼女を皆好きにならない訳がないのだ。


 誰よりも稀有な力を持ちながら、その自覚もなく、危なっかしい。そういう彼女だからこそ俺は目が離せなくて、傍で共に生きたいと思った。そう思った筈だというのに、思いが通じ合えば欲が出たのだ。


 共に過ごせば、俺はもっと彼女に惹かれて、離れがたくなったというのに、彼女は以前とあまり変わらない。それどころか、彼女を以前よりもよく見る様になり、気付いてしまったのだ。彼女は基本的に誰にでも優しいが、特に女達には度を越して優しい。クレイルの妹にはいつも可愛いと言っているし、いつの間にか俺抜きでマルゴ達とお茶をする様な仲になっているのだ。


 好いた者同士、俺だけを見てほしいと思うのは、当然の事ではないのだろうか。俺の一番はとうに彼女になっていたというのに、彼女の世界はどんどん広がっていく。


 そうして想いが募る程に、俺は彼女を危険に晒す事が恐ろしくなった。だが、俺がどれだけ彼女を心配しようが、彼女には届かない。誰かを救う為なら、彼女は駆けていってしまうのだから。それならいっそ傍で護ろうとしたというのに、エズ村の時の恐怖は忘れようも無い。


 いっそあの別邸を出て、俺の家に結界をかけて閉じ込めてしまえば安心できるのではないかと何度も思った。だがそんな事をすれば、彼女の輝きは失われてしまうのだろう。自由に、あるがままにある事こそが、彼女を輝かせているのだから。


「所長、また難しい顔してますよ。そんな顔するくらいなら、さっさとエマさんと仲直りしてくださいよ。本当にもう、エマさんがどれだけ悲しい顔してたと思ってるんですか!」

「全くだ。そんな事、俺が誰より解っている。だからこそ、こんな俺など、既に見切りをつけられたのではないかと……それにエマは、お前たちと喋っている方が余程楽しそうに見える」


 それに、エマの傍にはヴィーが居る。俺よりも余程優しく、エマとは趣味も合う。彼女は俺の顔が好きだと言うが、ならこの顔でなければ選ばれなかったのではないかと思わずにはいられない。俺自身、俺よりもヴィーの方が余程付き合いやすいだろうと思うのだから。


 しかしながら、マルゴは心底呆れた様子で俺の方をじとりと睨む。


「それ、本気で言ってるんだったら怒りますからね!エマさんは異世界から来たんですよ。元の世界に思い入れのあるものも沢山あるでしょうに、それを捨てても所長と生きる覚悟をしたんですから、本当にもうどれだけ愛されてると思ってるんですか!」

「っ……」

「戻って真っ先に謝らなかったら、研究所員はスト起こしますからね。本当、傍目から見たら所長とエマさん、めちゃくちゃ想いあってるってのに、なんで当の本人達はそう思わないんだか解りませんよ」


 一方的に憤慨しながら、マルゴはアデール達の所へと行ってしまい、俺はその場に立ち尽くす事しか出来なかった。


 ただ今は、無性に彼女に逢いたい。






 そうして討伐隊は撤退を決め、王都の東門まで戻った時には完全に陽も落ちてしまっていた。王都は魔物の大量発生の事など無かったかの様に、フェスティバルで賑わっている。


 このままフェスティバルに繰り出す気分になっている部下達を眺めつつ、エマは今頃何をしているだろうかと想いを馳せる。そこに慌てた様子で王宮からの使いがやって来た。


「アングレカム魔術師長!どうかお早く王宮にお越しください!宰相様より火急の報せです!」


 今すぐにでもエマの所に向かおうと思っていたというのに、討伐から戻ったばかりでまだ働かせる気なのかと眉を顰めながら、震える手が差し出す文を受け取る。開いた瞬間、書かれた内容が理解出来ずに頭は真っ白になった。


 怪訝に思ったマルゴが、茫然自失になっている俺から文を抜き取り目を見開く。次の瞬間には俺を思いきり揺さぶっていた。


「しっかりしてください、所長!今大変なのはエマさんでしょ!?所長がしっかりしないでどうするんですか!?」

「だが……!こんな……何故……」

「とにかく王宮へ!詳しい話を聞きに行きますよ!」


 まるで恐ろしい悪夢の中に居る様だった。ここに戻ればまたあの笑顔が待っているのだと信じていたのだ。






『エマちゃんが拐われた。至急王宮に来るように』






 転移で王宮に移動し、マルゴに引っ張られながらマリユスの執務室へと向かう。中には部屋の主であるマリユスの他に、鎮痛な面持ちをしたヴィーとクレイルの妹、何故か別邸の菓子職人まで居る。その上行方知れずだった筈のエレオノールまで居るのはどういう事なのか。それより何より――


「マリユス、エマが拐われたとはどういう――」

「っ!?何故あなたが此処にいるのです!?大聖女様をどこにやったのですか!?」


 先程まで俯いていたエレオノールが、俺の顔を見るなり鬼の様な形相で訳の解らない事を言いながら詰め寄ってくる。


「は?お前は何を言っている。俺がエマを拐う様な真似をする必要がある訳無いだろう!」

「この期に及んでしらを切るおつもりですか!?宰相様、私が聖教会で見た大神官様に呪物を渡した男は、間違いなくこの者です!そんな綺麗な御顔が二人といるものですか!」


 その瞬間、俺の脳裏には一人の人物が思い浮かび、思わずマリユスを見る。彼は俺の意を肯定する様に一つ頷き、溜息を漏らした。恐らく今の俺の表情は、苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。


「……それが、二人といる顔なんだよねぇ」

「えっ……?」

「あの男が、エマを……?くそっ、温情などかけず、やはりあの時に殺しておくべきだったのだ!」


 最後に見たあの男の姿が鮮明に甦り、俺は腸か煮え繰り返る様な怒りを覚える。そんな俺を抑える様に、ヴィーが俺の肩を強く掴んだ。


「アリス、気持ちは解るが、今は落ち着いてくれ」

「だが……!くそっ……!」

「一体、誰の事を言っているのです……?この者ではないのですか……?」


 戸惑う表情のエレオノールに俺は答える気も起きず、怒りを抑えるだけで精一杯だった。


「アリスティドに見た目は似ているだろうねぇ。何せ彼の実の父親だから」

「所長の……という事は、前王宮魔術師長の……」


「エマちゃんを拐ったのは、バティスト・ジギタリス。昔々にロベリア王国から亡命してきた、ロベリア王国王家の末裔だよ」






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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