51 邂逅
「良かった、流石にこの格好じゃ誰も気付いてないみたいだね」
「流石、王宮の侍女のメイク術は凄いですね。私ももっと精進致します……!」
「えぇ?ミミは騎士じゃない。どこ目指してるの?」
夜の王都の街並みは、ランタンで幻想的に彩られ輝いていた。子供達は家に戻ったのか姿は見えないが、大人達は思い思いにフェスティバルの夜を楽しんでいる様に見える。
出店はどこも賑わい、美味しそうな匂いも辺りには漂っている。こういう祭の雰囲気は、見ているだけで心が浮き立つ様だ。笑顔で会話している人々を眩しそうに眺めながら、ミミがぽつりと漏らす。
「……私は、兄上に憧れて騎士を目指したんです。兄上はいつも私に優しくて、何からも護ってくれる存在でしたから」
「それは……そうだろうね。想像がつくよ」
今は任務で国外にいるクレイルさんのあの満面の笑顔を思い浮かべ、私も笑みを漏らした。その光景は目に浮かぶ様に想像できる。
「兄上は人が大好きなんです。誰とでもすぐに仲良くなれるし、兄上の周りはいつも賑やかで笑顔に溢れていて……だから民を護る騎士は、兄上にとっては天職だと思います。私もそうありたいと思い腕を磨いてきましたが……」
彼女の視線は、真っ直ぐに私を捉える。その瞳はランタンの光を受けて煌めき、私はその美しい輝きから目が離せなかった。
「私が本当に護りたかったのはエマ様、あなただと気付いたんです」
彼女の細い手が私の手に触れたかと思えば、手の甲にそっと口付けが落とされる。それは一瞬の様でもあり、永遠にも感じた。きっと今の私の顔は、真っ赤に染まっているに違いない。彼女が触れた所が、熱を帯びた様に火照る。
「復帰したヴィクトル様がいらっしゃる今、私ではまだまだ役不足である事は承知しています。ですが私は……エマ様だけの騎士でありたい」
「ミミ……私でいいの?ミミなら沢山の人を護れる力があるのに……」
「あなた様がいいのです。それに、エマ様を護る事が多くの民を救う事にも繋がりますから」
そう言って微笑む彼女の笑顔はとても穏やかで、それでいて覚悟を決めた力強さが見えた。ここまで言われて、私が男なら――いや、そんな事は関係なく惚れ直してしまうのは当然だろう。私は堪らず、彼女をぎゅっと抱き締めた。
「あぁもう!ミミ、大好き!ジャンさんに渡したくなくなっちゃう」
「私もエマ様が大好きです」
お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく笑みが溢れた。なんて幸せな夜なんだろうと、私が噛み締めていた時だった。後方から慌てた様子の声が聞こえてきた。
「ちょっとちょっと!遅いから探しに来てみればこれだ!エマ嬢、何してんスか!?ミミちゃんはもうオレとお付き合いしてるんスからね!?」
いつもよりもかなりめかし込んだジャンさんは、私とミミの間に割って入ると、私からミミを引き剥がしてしまった。ミミは驚きつつもどこか嬉しそうな事に、ちょっと嫉妬してまう。私の方がミミとの付き合いは長いのに。
「そりゃ、ジャンさんの事は応援してましたけど、それとこれとは別です!しかももうミミちゃんって呼んでるし!ずるいじゃないですか〜!」
「なんもずるくないっスよ!むしろミミちゃん、エマ嬢の事が最優先なんスからね!?オレの方が羨ましいんスから……!」
「ミミを泣かせたりしたら、私が許しませんから!」
「!それは勿論、大丈夫っス。オレはミミちゃんがやりたい事を、何があっても見守るし支えるんで!」
ミミの肩をぎゅっと抱き、私を真剣な表情で見据える彼に、私はようやく笑顔を見せる。ミミの嬉しそうな顔を見たら、反対なんてできる筈もない。しかし問題は一つというか、最大の壁がある。
「……ところで、その……クレイルさんにこの事は……」
「もう大人なのですから、兄上にいちいち報告はしませんよ。ジャンさんの事、目の敵にしそうですし」
「来るべき時が来たら、勿論ちゃんとご挨拶はするつもりなんスけど……ミミちゃんがこう言ってるんで」
「成程……」
少し頬を膨らませた様子のミミに、私は乾いた笑いが漏れる。クレイルさん……きっと今も、外国で任務を頑張っているだろうに、その間に最愛の妹に恋人が出来てたら泣いちゃうんじゃないだろうか。どうか彼の心が安らかである様に、私は心の中で全力で祈った。
それにしても、幸せそうな二人を見ていると、私も早くアリスさんに会いたくなってしまう。彼はもう東門に着いただろうか。つい手に持ったガーベラに視線を落とし――
「えっ……?」
視界の端に見えたその光景に驚き、目を見張る。賑やかな通りから少し外れた路地。そこに明らかに嫌がっている様子の女性が、二人組のローブ姿の男に無理矢理連れ込まれていたのだ。誘拐か乱暴目的なのか、いずれにせよ見過ごす事はできない。
「ミミ!今、あそこの路地!女性が二人組の男に連れ込まれた!助けないと……!」
「っ!解りました、私が見て参りますので、エマ様は――」
「私も行くよ!怪我でもしてたら大変だし……!」
ミミは一瞬だけ逡巡すると、こくりと頷く。
「では私から離れないでください。ジャンさんは――」
「お、オレも行く……!なんも出来ないかもしれないんスけど、ミミちゃんの盾くらいにはなってみせるっス……!」
「解りました。それでは参りましょう」
私達は顔を見合わせると頷き、ミミを先頭に件の路地へと走り出す。表通りから逸れたそこは、ランタンの灯りがあまり届かず薄暗い。人気もないそこを進むと、奥から争うような声が聞こえてきた。ミミが声を出さずに手振りで止まる様示すので、私とジャンさんは頷き、息を顰める。
そっと覗けば、連れ込まれた女性は私よりも少し若い位だろうか。髪を帽子に引っ詰めていて、エプロンドレスを着た彼女は、ローブ姿の男達に腕を掴まれながらも必死に抵抗している様子が窺える。
ミミの手にはどこに仕舞っていたのか、数本のナイフが握られており、じっとタイミングを見計らっていた。ややあってエプロンドレスの彼女が大きく手を振り払い、ローブ姿の男達が一瞬怯んだ隙に、ミミが音もなく腕を動かしたと思えば男達は呻きながら足を抱えて蹲っているのが見える。
何が起こったのかとエプロンドレスの女性が呆然として戸惑っている様子が見え、私達は路地裏から飛び出した。ミミとジャンさんが男達の対応に向かうのを横目に、私はエプロンドレスの女性へと駆け寄る。
「大丈夫でしたか!?怪我とかしてませんか!?」
私がそう問い掛ければ、彼女は目が落ちるのではないかと思う程にその目を見開き、その綺麗な翡翠の瞳からは大粒の涙が溢れ落ちた。余程怖かったのだろうと、彼女を労わる為に伸ばした手は、彼女が嗚咽混じりに漏らした言葉にぴたりと止まる。
「っ……ぅ……本当に、私をお救いくださるだなんて……感謝致します、大聖女様……」
「へっ?な、なんで!?」
この変装はよく会った事のある人でなければ解らないと自負していた。にも関わらず、目の前の女性に看破され、私は驚き目を丸くする。
そんな私の様子に、彼女はきょとんとした表情を浮かべるのだが、ややあって嬉しそうに破顔した。とても綺麗な顔をしているので、なんだかドキドキしてしまう。しかしこの顔、何処かで――
「あぁ、変装なさっていたのですね。私には大聖女様はいつだって光輝いて見えますから、どんな御姿でも一目で解ります」
「エッ!?光輝いて……?」
「あっ!大聖女様の御前で、この様な格好で失礼致しました」
ぽかんとしている私を前に、彼女はハッとした様子でその手を帽子に伸ばす。と、輝く様に波打つ黄金の髪がまるでスローモーションの如くふわりと広がった。その神々しいまでに美しい輝き、そして翡翠の瞳。どうしてすぐに気付かなかったのだろうと、私はその光景に見惚れながら思う。
「申し遅れました、私はエレオノール・ブルースターです。大聖女様、私はずっと貴女様にお目にかかる日を願っておりました」
「え、エレオノールさん!?」
私の素っ頓狂な声に、ぎょっとした様子で男達を縛り上げていたミミとジャンさんが振り返る。彼女を見て、二人も目を丸くしていた。
「エレオノール様といったら、聖教会の筆頭聖女様じゃないっスか!?なんでそんな御方が此処に!?」
「その格好……もしや聖教会を抜け出されたのでしょうか?ではこの男達は聖教会の……?」
「はい。その者達は、私を聖教会に連れ戻さんとする追手です。……私は今まで何の疑問も持たずに聖教会におりましたが、あの様な恐ろしい事実を知った今、とてもあそこに戻る事など出来る筈もありません」
彼女は両手を組み、懇願する様に私の前に膝を折った。私は慌てて立たせようとするのだが、彼女はふるふると首を横に振り、私を見上げる。強く組んだその手は、酷く震えていた。
「聖教会は悪魔と手を組んだのです。あの恐ろしい美貌の悪魔は、大神官様に呪物を渡しておりました。エズ村で効果を確認した彼らの真の狙いは陛下なのです」
「なっ!?」
「あの者達は陛下を呪殺した後、あろう事か平民の私を――陛下と同じ色をした私を、傀儡の女王に仕立てて王国を転覆させんと大それた事を考えているのです。私はあまりに恐ろしくて、必死に逃げ出しました。それは大聖女様、貴女様という希望がおられたからなのです」
彼女は恐る恐るといった様子で私の手を掴む。その手は未だ痛々しい程に震えたままだ。
「あの呪物を浄化できるのはこの世で唯一人、大聖女様だけなのです。ですから、どうか――」
その時だった。
突然周りの空気が無くなった様な息苦しさに、顔が歪む。それはこの場の誰もが同じ様で、苦しそうに首元に手をやっている。とても意識を保っていられず、視界が黒い闇に覆われていく。何が起こったのかも解らず、薄れゆく意識の中、ざらりとした低い声が耳に残った。
「人形姫様には困ったものだ。だが、思わぬ収穫を得たな。……あいつの絶望した顔を直接拝めんのが残念だ」
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