50 フェスティバル
「うぅ……緊張してきた……おかしいとことかないですよね?」
フェスティバル当日。今日はお披露目の時とはまた違った衣装なのだが、これがフェスティバルにおける大聖女役の女性が伝統的に纏う衣装らしい。白地に金糸の刺繍に加えて、色鮮やかな花の装飾が多いのはこのフェスティバルが花が象徴的に使われているからだろう。華やかで、それでいて神聖な雰囲気は保っているという絶妙なバランスで割と好きな感じだ。
「大丈夫、どこから見ても可愛いよ」
にこにこと目を細めて微笑むヴィー兄様も、今日は白を基調にした騎士の礼服姿なのだが、本当に様になっていて何度見ても惚れ惚れしてしまう。
フェスティバルは一日を通して王都全体で行われる。通りや家々に花が飾られ、広場には出店が出ていたり、大道芸の様なパフォーマンスが見られたりととても賑やかだ。これが夜になると花はランタンに変わり、幻想的な雰囲気の中、大人達は酒を酌み交わし、恋人達は愛を語らうのだという。
そして昼間のメインイベントというのが、大聖女様の祝福のパレードという訳である。今年は本物の大聖女である私が祝福の花を撒くという事で、王都には周辺からも例年以上に人が集まっているとマリユスさんから聞いている。
目の前にはやはり白地に金の装飾が豪華な4頭立ての馬車が控えていた。これはキャリッジと呼ばれるタイプで、上部はオープンタイプになっている大型の4輪馬車だ。パレードなので、全方位から見えやすい様になっている。
これに私と護衛騎士であるヴィー兄様が乗り込み、私はひたすら人々に手を振りながら、用意された祝福の花を投げていくという訳なのだ。馬車には既に箱が置かれており、大量の祝福の花が詰まっていた。
「祝福の花ってなんでガーベラなんでしょうかね?華やかで綺麗だから好きですけど」
祝福の花と呼ばれていたのはガーベラの事だったのだ。特に色はこだわりがない様で、色とりどり用意されているのだが、確かに街を飾る花もガーベラが多く使われている様に見える。
「それは400年前の大聖女様は、当時の王弟殿下と結ばれたのだけど、なんでも大聖女様が王弟殿下に想いを告げた時に渡したのがガーベラだったそうだよ。何色だったのかはお二人だけの秘密だったそうだから、祝福の花は様々な色が使われている訳だね」
「成程!それで祝福の花を拾って告白をする人が……ってヴィー兄様、もしかしてそれを解ってて、これをアリスさんに渡して仲直りしろって言いました……?」
じとりとした目で彼を見れば、バレてしまったかという顔で肩を竦めていた。
「いやぁ、400年前と同じ大聖女様であるエマが、同じ花で告白だなんてロマンがあるなぁと思ってしまってね」
「もう!……でも、アリスさん……間に合いませんでしたね……」
東の森での魔物の討伐は長引いている様で、あれからアリスさんには会えていない。怪我人が出てもコーディアルの力で対応できている為、幸い皆元気との事で、そろそろ戻れそうだとはマリユスさんから聞いているのだが、せめて夜までには戻って来れたらいいのにと思わずにはいられない。
「大聖女様!そろそろご準備をお願い致します!」
「解りました」
祭事担当の役人さんの声掛けに、私達は頷くと馬車へと乗り込む。
「エマ、手を」
先に乗り込んだヴィー兄様が私の方へと手を伸ばしてくれる。思えば最初に二人で魔石を求めて出掛けたあの日、あの時はまだ足が治っていなかった彼の杖代わりをしたのも、なんだか懐かしい。私は満面の笑顔を浮かべ、その手に手を重ねた。
「ふはっ……ようやくいつかとは逆になれたね」
そう言って本当に嬉しそうに破顔するヴィー兄様も、私と同じ事を思い出していたのだとなんだか胸が温かくなる。あの時には出来なかった、私を支える事も問題なく出来ているのだから。
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無事にパレードを終え、衣装も着替え終わって一息つく頃には、空は薄暗くなり始めていた。そこかしこに淡い光を放つランタンが掲げられ、王都の街並みを美しく輝かせている。
パレードでは、本当に大勢の人々が私に笑顔で手を振ってくれていた。中にはテオさんを始めとしたあのレモン農園とその周辺の人達も居て、見知った顔を見るとつい嬉しくて余計に手を振ってしまったものだ。それに気付いて、まさか泣いてしまう人まで居るとは思わなかったけれど。
テオさんに向けて投げた祝福の花もちゃんと届いたものの、そうしたらやっぱりテオさんはポロポロと泣き出してしまったから相変わらず涙脆い様だ。
祝福の花といえば、箱に入っている時は普通の花だったというのに、私が幸福を願いながら触れると煌めいていた。以前はそんな事はなかったから、私の聖属性の力は強まっているのかもしれない。恐らくあれを拾った人達には、本当に幸福が訪れるのだろう。
そうして私の手にはオレンジ色のガーベラが一本。これはアリスさんに渡す為に残しておいたものだ。まだ討伐に出た人々が帰ってきたという報せはないから、未だ渡さずにいる。
王宮のバルコニーから東の方角を眺めていた所で、後ろから声がかけられた。今日はフェスティバルだからとお休みをとってもらっていたミミだ。その手には赤いガーベラが握られていて目を丸くする。人出が多く、馬車からは見つけられなかったけれど、あの群衆の中にミミも居たのだろうか。
「お疲れ様でした、エマ様」
「ミミ!?もしかしてパレードの時に居たの!?私がミミを見落とす筈がないんだけど……」
「いえ、その……実は影ながらエマ様の護衛をしようと……」
「へっ!?それはお休みじゃないよ!護衛はヴィー兄様がついてくれてたんだから、ミミにはフェスティバルを楽しんでもらいたかったのに……」
まさか自主的に護衛してくれていたとは思わず、私は眉尻を下げるのだが、ミミは慌てて首を横に振る。
「いえ……!最初はそのつもりだったのですが、ジャンさんに止められまして……エマ様のお気持ちを汲めていないと諭されてしまいました」
「そっか。それならフェスティバルは楽しめた?」
「はい!パレードでの御勇姿も遠くから拝見しておりましたが、実はその……ですね……ジャンさんからこれを頂きまして……」
「へ?」
これとはまさかその手にある深紅のガーベラの事だろうか。一瞬ぽかんとしてしまうのだが、花も恥じらう様に美しく頬を染めるミミに、もしかしなくてもこれはとうとうジャンさんがミミに告白して、しかもこの反応はミミも満更じゃなかったという事ではないのだろうか。
「エッ!えぇっ!?もしかしてそういう事!?」
こくりと恥ずかしそうに頷くミミがあまりに可愛くて、私は思わず天を仰いだ後ハッとする。
「待って!?ならなんでここに来たの!?ジャンさんと過ごそうよ!?」
「エマ様に一番にご報告をと思いまして。実はこの後合流する約束をしているのですが……」
「解った、一緒に行くよ」
「えっ?」
きょとんとする表情もやはり可愛い。その手をぎゅっと掴み、キャラメルブラウンの瞳を真っ直ぐ見詰めた。
「私の大事なミミを奪っていくんだから、ジャンさんに一言言っておかないとと思ってね!」
「エマ様……!」
感激した様子で何度も頷くミミに、私も微笑んでいた所でヴィー兄様が戻ってきて目を丸くする。
「あれ、ミリアム嬢?本当に君達は仲良しだね」
「ヴィー兄様、ちょっとミミと出掛けてきてもいいですか?」
「帰りは私が責任をもって別邸までエマ様を転移の術でお送り致しますので」
「あぁ、そうだね。それなら安心かな?でもエマはそのままだと目立つからなぁ……」
確かにパレードの後という事もあって、このままだと確実に気付かれる可能性が高い。でもそれなら髪を隠して変装すればなんとかなるのではないだろうか。
「黒髪は帽子か何かで隠して、眼鏡とかしたらいけませんかね?この服はあんな聖女様〜って感じの衣装じゃないからそこまで目立たないと思うんですよね」
「まぁパレードの印象が残っているだろうからいけるかな?お護りのネックレスはしているし、滅多な事はないだろうけど気を付けて」
真剣な面持ちで私を見る彼に、私は何度も頷く。と、彼の顔はにこやかなものに変わった。
「今日は頑張ったからね。少しくらいフェスティバルの楽しい雰囲気を味わってもいいと思うよ。でも、ミリアム嬢、エマを送り届ける先は東門の辺りの方がいいかな?」
「東門……っ!もしかして!」
ハッとして彼の顔を見やれば、蕩ける様な優しい微笑みが浮かぶ。それだけで答えは解ったようなものだった。
「討伐隊の先行部隊は既に東門に到着したようだから、アリスもそろそろ着くんじゃないかな?一人の死者も出さず、皆無事だそうだよ。エマの願い通りになったね」
「良かった……本当に良かったです」
涙を堪えていたというのに、頭を撫でてくれるヴィー兄様の手があまりに優しくて、少し目の端が滲んだ。やっとアリスさんに会えるんだと思うと、嬉しくもあり不安でもある。最後に見たのは難しい顔ばかりだったから。
その後、王宮で帽子や眼鏡を借り、侍女さん達も協力してくれてかなり地味めに仕上がった。これなら大丈夫だろうとヴィー兄様も、太鼓判を押してくれたし、私はもうすぐアリスさんに会えるという思いでいっぱいだった。
まさか、あんな事になるだなんて思いもせず。
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