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49 理想と現実

「リアトリス帝国で流行り病ねぇ……エマちゃん、それ確証はあるの?」


 急ぎの用件という事で、通された宰相の執務室。無駄な物がない、すっきりとした印象のその部屋で、椅子に腰掛け、にっこりと微笑むマリユスさんの表情は、笑顔だけれど目が全く笑っていなかった。


 マリユスさんにしてみれば、夢で見たラファエル皇子の言葉と様子で此処に来ているというのだから、それを信じろというのも難しいだろう事はよく解る。私も逆の立場なら、所詮夢だと思うだろう。でもあれは夢ではあるが、魔術による特殊な夢なのだ。


「信じられない事は解ります。しかもリアトリス帝国は敵対してる国ですから、いろいろと難しい事も解ってるつもりです……!」

「そう。でも、それがラファエル皇子の罠だって事だって考えられるでしょ?エマちゃんの優しさを利用して、誘き寄せる手段かもしれないよねぇ?だってあの皇子様、一番欲しいものは君なんだから」

「そ……れは……」


 あれが演技だとはとても思えなかったけれど、マリユスさんの言う事も最もな事ばかりで押し黙る。それが真実だという証拠は何も無く、私の証言は夢の中の事であり、実際に見た訳ではないのだから。


 言葉が見つからない私を見やり、彼は溜息を一つ漏らした。白銅色の瞳は、真っ直ぐに私を見据える。


「どんな人でも信じられる事は美徳だと思うけれど、それだけではやっていけないのが国というものなんだよねぇ。君の言葉を信じて動いて、我が国に損失が生じる様な事態になる可能性があるうちは、そう簡単に動く訳にはいかないんだよ。それは解るね?」

「はい……」

「エマちゃん、厳しい事を言うようだけれど、国王陛下の名の下にお披露目をした大聖女である君は、既にこの国の民にとっては心の拠り所だ。万が一君を他国に奪われる様な事態になれば、それだけで戦争の引金になってしまうし、国に対する民の信頼は失われてしまうんだよねぇ。その事は忘れないで」


 それは痛い程に正論ばかりで、私は何も言い返せず、頷く事しか出来なかった。大聖女だと公言してしまった今、私の存在は軽くないという事を、私自身が理解していなくてはいけなかったのだ。項垂れる私の肩に、そっと気遣う様にヴィー兄様の手が添えられる。


「マリユス宰相、エマも十分解っていますから、それくらいで……」

「ヴィクトルも大概義妹に甘いねぇ。ま、あんまり言うと俺が悪者みたいだからこの位にしておくけど、君はもう少し自分の価値がどれ程高いのかという事を知っておくべきだと思うよ」

「はい……私、大聖女と呼ばれる事がどういう事か、考えが足りていませんでした。ちゃんとマリユスさんが言った事、考えてみます」


 そうして頭を下げれば、彼は一つ頷くと漸くその表情を和らげた。その事にホッと息を漏らす。


「まぁでも、本当に病が広がっているなら、国境付近も警戒しなくてはいけないし、私の影に調べさせるから少し時間が欲しい所だねぇ。だからエマちゃんは、差し迫ったフェスティバルに集中する事。出来るね?」

「!!ありがとうございます……!頑張ります!」

「はい、いいお返事。せっかく王宮に来た事だし、パレードの流れを確認してったらどう?今年の祝福の花、今朝届いたから見ていくといいよ。とても綺麗だったからねぇ」


 祝福の花。皆がそう呼ぶ花が何の花なのか想像がつかなかったので、それは確かに気になる。流行り病の事は気になるけれど、今は目の前の事に集中しようと気持ちを切り替える。


 そう思っていた所で、マリユスさんは思い出した様子で声をあげた。


「あ、そうだ。エマちゃん、アリスティドと喧嘩でもした?今朝見たけど、いつにも増して機嫌最悪な感じだったよ?」

「うっ……お騒がせしております……」


 途端にまた、ずしりと心に重石が乗っている様な感覚に陥る。今朝は私もかなり気落ちしたものだ。何せ起きたらアリスさんは隣にいなかったのだから。


「王都の近くの東の森で、魔物が大量に発生したんですよね?騎士団と魔術研究所から合同で討伐に出る事になったって、朝起きてから聞きました」


 朝まで抱き締めていてくれると言ったのに、目覚めたら彼は隣におらず、あれは私の願望が作り出した妄想だったのだろうかと肩を落としたのだが、ミミから朝早くに呼び出しが来て研究所に向かったのだと聞かされたのた。話をしたいのにすれ違いが続いてしまっているのも、なんだか落ち込んでしまう。


「最近魔物の動きがおかしいというのは、報告にあがっていたんだけれどねぇ。エマちゃんは魔物にまだ遭った事がないんだっけ?」

「実はそうなんですよ。なんだか私が無意識に出してる聖属性の力を嫌がってるって聞きました」


 リアトリス帝国を旅していた時に、全く遭遇しなかった魔物。クレイルさんとミミの話では、私が居る周辺は避けているのだろうという事だった。見た事が無いので、魔物が一体どういうものなのかも知らないままだ。


「あぁ、成程。だからうちがある西と反対側の東の森に魔物が集中したんですね?」

「あっ!」


 ヴィー兄様の言葉に、私はハッとして青褪める。そうだ、私がいつも居る侯爵家別邸は西の端にある。私の聖属性の力を感じとり、その周辺の魔物が全て反対側に行ってしまった事での大量発生ならば、もしや私が原因なのだろうか。そんな私を見て、マリユスさんは苦笑を漏らした。


「あぁ、いや、エマちゃんのせいだけじゃないよ。確かに西側は驚く程魔物がいなくなっているけど、それだけが原因じゃあない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「へ?それってどういう事なんですか……?」


 どういう意味なのかがいまいち解らず、私は小首を傾げる。そもそもの魔物の知識がなさすぎて、何がおかしいのかもよく解らない。


「そもそも魔物というのは、野生動物がなんらかの要素で異常な魔力を取り込み、魔物となるのだと言われているんだよねぇ。だから知能は獣のまま。何かに従う事もないはずなんだけど……東の森の魔物は恐ろしく統率がとれているという話だよ。まるで何かに操られているみたいだって」

「それってもしかして……」

「霊石に魔術をかけた何者かの仕業……という事ですか?」

「確証はないけれどねぇ」


 肩を竦めるマリユスさんに、私は思わず握り締めた手に力を込める。あの魔術は、アリスさんでも使えない魔術だという。ラファエル皇子の言う、ラウル王の末裔の魔術師……その人なのだろうか。


「アリスさん達は大丈夫……でしょうか」

「いずれも精鋭揃いだから心配はいらないよ。君の特製コーディアルも持っていったから、まず間違いなく死人は出ずに帰ってくるだろうねぇ。ただ、フェスティバルには間に合わないかもしれないかな」


 お披露目の時も隣にはアリスさんが居た。だから今回のパレードだって、隣に居てくれるものとばかり思っていたのだ。それは当たり前なんかじゃなかったのに。


 無事に帰ってきてくれると信じているけれど、もっと早く話して、仲直りしておくべきだったと、後悔ばかりが募る。自然と眉が寄ってしまった私の頭を、ヴィー兄様が優しく撫でた。


「大丈夫。アリスは必ずエマの所に戻ってくるから。あのお護りのポーラータイだってコーディアルだってあるんだから、滅多な事では怪我なんてしないよ」

「そう、ですよね……アリスさん、いつもアレ身につけてくれてるし……」


 妙にざわざわと胸が騒ぐものの、私はアリスさんと、討伐に出た皆さんの無事を心の底から祈っていた。






読んでくださってありがとうございます!

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