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47 すれ違い

「今日ですよね、コーディアルの試飲会……」


 今朝も焼き立てのパンが香ばしい香りを放つ中、私は目の前に座っているアリスさんを物言いたげに見詰める。彼はちらりと私を見たかと思えば、眉間に皺を寄せて溜息を漏らした。


「お前、陛下から十分気を付けるようにと言われた事を忘れたのか?それでなくとも、今夜は新月だというに……」

「だからですよ!このまま何もしてないとどうしても今夜の事を考えちゃうんです……」


 今夜は新月。きっと今夜もラファエル皇子と夢が繋がってしまうのだろう。私に殺されたがっているあの人は、夢の中であっても現実に影響を及ぼしかねない所が怖いのだ。


 震えてしまいそうになる手を握り締めて俯けば、彼がまた溜息を漏らすのが聞こえた。


「……いいか、絶対に俺の傍を離れない事、裏からこっそりと見るだけでいいなら連れて行ってやる」

「っ……!本当ですか!?」

「このままでは、一人で抜け出したのではないかと心が休まらん。ならば共に居た方がマシだ」


 まるで私が考えなしの無鉄砲みたいな言い分に、ムッとして見やるのだが、彼は物凄く胡乱気に私を見ていた。これは全く信用されていない目だ。


「なんですかその目!流石に一人じゃ行きませんよ!ヴィー兄様かミミと一緒に決まってるじゃないですか」

「ほれみろ、結局行こうとしていたのではないか」

「あっ……!」


 うっかり口を滑らせた事に気付くも時既に遅く、注がれる彼のじとりとした視線に耐えられず、私は思わず視線を逸らしてしまう。そろそろと視線を戻せば、アリスさんの表情は不安気に揺れていた。


「結局、お前は俺がどれだけ危険だと止めようが、エズ村の時の様に飛び出して行くんだろうな。俺がどれ程心配しているのか知りもせず」

「ごめんなさい……怒ってます……?」

「怒ってはいない。ただ、俺ばかりがお前を好きで、心配してばかりで、それが面白くはないだけだ」


 そんな事はないと言いたかったのに、アリスさんはガタリと音を立てて椅子から立ち上がると、そのまま食堂から出ていってしまい、入れ替わりに入ってきたヴィー兄様が物凄く怪訝そうな顔をしていた。


「何かあったのかい?今、物凄く真顔のアリスとすれ違ったけど……って、エマは泣きそうじゃないか。喧嘩でもしたのかい?」

「ヴィー兄様……!」


 堪らず彼に抱きつけば、苦笑を漏らしながらもぽんぽんと優しく撫でてくれる。瞳からはぽろぽろと涙が溢れた。


「全く世話が焼けるなぁ、君達は。まぁ、喧嘩する程仲が良いというからね」

「私が悪かったんです……!私だってちゃんとアリスさんの事好きなのに、すぐに言葉が出なくて……心配してくれてるのも解ってるのに、私は自分の事ばかり言って困らせてたんです……」


 最近、アリスさんが私の事で神経質になってたのは解ってたのに、私はつい目の前に迫った嫌な事を忘れるのでいっぱいだった。街中の……それも販売所は聖教会の本部の近くだ。どんな危険があるかもしれないのに、それでも許してくれたアリスさんの気持ちも考えられていなかったのだから、自分が自分で嫌になる。


 ぎゅうとヴィー兄様の服を握る手に力が籠り、彼はまた苦笑を漏らした。


「あぁ……エマがそうやって我儘言える事が、何よりの愛情表現なのにね。まぁ、アリスもエマが初めて付き合う女性だから、至らない所がたくさんあるのは大目に見てあげてほしいな」

「至らないのは私の方です……」


 アリスさんはいつだって最後には私の考えを尊重してくれる。それが彼にとっては納得できない事でも、だ。その優しさを当然の様に受け取っていただなんて、傲慢だったのだ。


 涙が止まらない私に、ヴィー兄様は僅かに逡巡すると、殊更明るい声をあげた。


「それなら、エマからアリスに気持ちを伝えればいいんじゃないかな?マリユス宰相に頼まれてるんでしょ、フェスティバルの大聖女様」

「それは……はい……」

「祝福の花をアリスにあげて、素直な気持ちを言えば、きっと全部丸く収まるよ。お互い想い合ってるんだからね」


 優しく微笑む彼に、私はこくりと頷く。本当はすぐにでも仲直りしたかったのに、その後はぎくしゃくとしてしまい、いつもみたいに上手く話せなかった。


 私達を心配したヴィー兄様も一緒に試飲会には来てくれたけれど、アリスさんは不機嫌というよりもずっと無表情で、私は真っ直ぐに見られなかった。もし、その表情に少しでも拒絶の色が見えたらと怖かったのだ。本当に、私はいつからこんなに臆病になってしまったのだろう。






「エマさん!来てくださって嬉しいです!」


 販売所のバックヤードに着けば、笑顔で迎えてくれたマルゴさんにホッと息をつく。他の皆さんも私達に気付くと、笑顔で此方に頭を下げてくれていた。


「マルゴさん……皆さんの反応はどうですか?」

「それはもう、大評判ですよ!一口飲めば効果はすぐ解りますからね!……そんな事より」


 手招きするマルゴさんに近付けば、そっと耳元に彼女が口を寄せた。


「所長、どうしたんですか?いつになく表情が死んでるじゃないですか。エマさんもなんか元気ないですし……」

「あ……はは……その、ちょっと朝から喧嘩をしまして……」


 躊躇いがちにそう言うと、彼女は目を丸くして驚いた後、私とアリスさんを交互に見やる。難しい顔で天を仰ぎ何事か呟いた後、彼女は私の両手をぎゅっと握った。


「あの所長がエマさんの事を見てないだなんて、これはいつもの軽口のやり取りじゃなくて、本気のやつですね……!?何が原因かは聞きませんけど、本当の本当に所長はエマさんが大好きなんですよ!だから愛想尽かさないであげてください……!」

「それは解ってます……!原因は私なんです。ちょっと気持ちがすれ違っちゃって……それであの、実はフェスティバルの祝福の花で仲直りしたいなって思ってて……」


 小声でそう漏らせば、彼女はぱぁっと明るい笑顔を浮かべ、何度もうんうんと頷いてくれた。


「それはいいですね!フェスティバルはもうすぐですし、暫く所長も頭を冷やせばいいんですよ。でも、それなら今日は私がエマさんを独占してもいいって事ですよね!」

「へっ?」


 マルゴさんは嬉しそうに私の腕に自分の腕を絡めると、悪戯っぽく微笑んだ。彼女はちらりと後ろを見てから、更にぴたりと密着してきた。


「所長、今一瞬だけこっちを見て目を逸らしましたよ。内心絶対嫉妬してますね、あれは」

「でも、何にも言いませんね……」

「変に意固地なんですよ。まぁ、今日くらい私もエマさんを堪能させてもらいますからね!表に出たら騒ぎになりますから、こっそり覗いちゃいましょう!」


 ぐいぐいと引っ張ってくれるマルゴさんの勢いに押されつつも、今はその強引さが有難かった。どこか気分は晴れないままだったものの、コーディアルを飲んで目を輝かせている人々を見ると、とても胸が温かくなるのを感じていた。


 心配していた聖教会とのトラブルも特にないようで、試飲会は至って平和なものだ。ただ、人が途切れる事は殆どなく、マルゴさんに聞けばずっとこの調子だというのだから、それだけ皆さん期待してくれているのだと思う。


 人々の会話を聞けば、誰もが私を――大聖女を讃えていたが、私は本当に彼らに恥じない人間なのだろうか。差し迫った恐怖から逃げ出し、好きな人に嫌われる事を恐れて動けなくなっている様な人間であるというのに。






 そうして、アリスさんとはあまり会話できないまま、月のない夜を迎える。






読んでくださってありがとうございます!

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