46 試飲会
「コーディアルの試飲会、ですか?」
今日はマルゴさんを始めとした女性魔術師さん達に招かれて、魔術研究所の休憩スペースにお邪魔しているのだが、まず切り出された話がこれだった。
「ほら、陛下からの発表って形で、一般向けのコーディアルの販売所みたいなのを作るって話あったじゃないですか」
「あぁ、あれ!アリスさんから販売所の候補地までは決まってるみたいな事を聞いてましたけど、もうどこに設置されるかは決まったんですか?」
「それは勿論、王都の中心地付近ですよ」
王都の中心には聖教会の本部がある。その近くにぶつけてくるとは、正面から喧嘩をふっかけにいくようなものだ。思わず苦笑が漏れてしまった。
「うわぁ……それ、許可出したの絶対マリユスさんですよね」
「流石エマさん、あの宰相様の事もよくお解りですね!あの方、性格悪いですからね〜」
「マリユス様って顔はめちゃくちゃ好みなんですけど、婚姻向きじゃあないんですよねぇ。一回でいいからお近付きにはなりたいけど」
「えっ!?アデール、あんたマリユス様派だったの!?嘘でしょ、私同担拒否だからあんたとの付き合い考え直すわ」
「は?マリユス様は皆のマリユス様に決まってるでしょ?ベレニスこそそんな事言ってたらマリユス様親衛隊に睨まれるわよ」
何やら口喧嘩に発展してしまったアデールさんとベレニスさんは、二人とも綺麗なお姉様といった雰囲気でいつでもバッチリ化粧を決めている美容コーディアルの信奉者だ。初めてここに来た日にも会っているのだが、まさか二人ともマリユスさん推しだったとは知らなかった。
そんな二人を渇いた笑いで見ていれば、マルゴさんは呆れた表情で溜息を漏らした。
「あの胡散臭い宰相様、私は絶対無理だわ……やっぱりもっと頼り甲斐がある、筋肉隆々な方の方がよくないですか?」
「えっ、いや、私は……」
「あっ!そうですよね……!エマさんは所長みたいな彫刻顔が好みなんですもんね!」
「そういえば私、エマ様と所長の馴れ初めとか聞きたかったんですよ!」
「あ、ずるい!私もエマ様と所長のラブエピ聞きたいです!」
いつの間にかアデールさんとベレニスさんも戻ってきており、物凄く期待に満ちた綺羅綺羅とした瞳で見詰めてくるのだが、私は内心汗だくだった。何故いつの間にか恋バナになってしまっているのだろうか。どうにかして話題を戻そうと、一つ咳払いをする。
「私とアリスさんの話はともかく、コーディアルの試飲会の事ですよ!販売前に試飲会をするのはとてもいい考えだと思うんですけど、そんなに沢山数が作れたんですか?」
販売は確か、量産出来る様になってからだという話だった。文様が絵付けされた水差しで水割りをするとはいえ、それには大量のハーブが必要になってくる。魔術研究所でも育てていたとはいえ、そこまでの量ではなかったから、まだ時間がかかると思っていたのだ。
そう言えば、彼女達は顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべる。
「それについては、ロールから話してもらいます!ほら、ロール!私の陰に隠れてないで出てきなさいよ!」
「はいぃ!」
マルゴさんに小突かれ、彼女の陰に隠れる様に座っていた女性が、慌てて前に進み出てくる。とても小柄で、落ち着いたオリーブグリーンの髪を右側で一つに纏めた、眼鏡の似合う可愛いらしい女性だ。ロールさんは私と目が合うと、勢いよく頭を下げた。
「は、初めてお目に掛かります!大聖女様におかれましてはご機嫌麗しく……」
「ロール、すっごく緊張してるのは解ったけど、堅苦しいから。ほら、エマさんも困ってるでしょ」
「マルゴさんの言う通りです。出来れば普通に話してくれませんか?」
苦笑混じりにそう言えば、彼女はきょろきょろと困惑した表情でマルゴさん達を見た後、がっくりと項垂れてしまった。
「うぅ……すみません。私、ずっと魔術とハーブの研究をしていたんですけど、エマ様のおかげで今まで注目されていなかったハーブに皆が興味を持ってくれたのが本当に嬉しくて……!今まで陰ながら拝んでいたものですからつい……」
「あっ!もしかして、私が来た時にマルゴさんがハーブを分けて貰ったのってロールさんでしたか?あの時はありがとうございました!」
「ひぇぇ!そ、そんな滅相もないです!」
私が頭を下げれば、それ以上に恐縮した様子で彼女は何度も頭を下げてしまった。どうもかなり腰が低い女性の様だ。またしてもマルゴさんに小突かれ、彼女は慌てて顔をあげる。
「そ、それでですね……!実はエマ様の御力で作物を異常に早く育てる事が出来るエズ村に私も向かいまして、村長さんとも話して村人の皆さんにハーブの栽培をお願いしたんです。研究所には転移が出来る者も大勢居ますから、出来たハーブはすぐに取りに行けますので」
「成程……!それでハーブを沢山手に入れる事が出来るようになったからこその試飲会って事なんですね」
確かにエズ村の川の水を使えば、恐らく効能も良い物が大量にすぐ手に入るだろう。これなら多くの国民に向けての販売も可能となるに違いない。あの村の人達にとっても良い収入源になるから良い事尽くしだ。
「本当、私達のお肌を維持するのにロールのハーブは欠かせないからねぇ……」
「コーディアルを飲むようになってから、肌艶が絶好調でしょ?だから家族や友達に販売はいつなのかとせっつかれてて……本当助かったわ」
「い、いえ!それもこれもエマ様の御力ありきですから!でもありがとうございます」
アデールさんとベレニスさんの言葉に、ロールさんははにかんだ様に微笑む。照れた表情もとても可愛らしく、こういう女性だけのやり取りはやはり心が潤うなと、私はうんうんと一人頷いていた。可愛いは正義なのだ。
「そういえば、ロールさんの名前ってもしかして月桂樹が由来ですか?」
「そうなんです!月桂樹をご存知なんですね!」
ふと思い浮かび、そう尋ねれば、彼女は驚いた様子で目を丸くした後、嬉しそうに破顔する。その表情がとても可愛らしくて、私はつい呻き声をあげてしまい、ロールさんが目に見えて狼狽えているのを申し訳なく思う。可愛い女の子からの突然の笑顔とウインクに被弾すると、こうなってしまうのは習性なので、どうかそんなに心配そうな顔をしないでほしい。
「ウッ……ごめんなさい、大丈夫です。もしかして、それでハーブの研究を?」
「最初のきっかけはそうですね。魔術との相性がいいので、どんどんのめり込んでしまいまして……」
「それなら月桂樹のコーディアルは試しました?確か月桂樹も消化促進や肌荒れ、炎症を抑える効果があるので、痛みの緩和なんかにいいと思いますよ。香りもすっきりとしていい香りですしね」
確かまだ月桂樹は使っていなかったのではないかと思い浮かべていれば、ロールさんよりもマルゴさんの顔色が明らかに変わった。
「痛みの緩和……!それは必要となる民が大勢居ます。死は等しく、誰の身にも起こる事ですからね……」
「そう……ですね……」
コーディアルで病や傷は癒せても、寿命を無くす事は出来ないのだ。いずれは誰もが必ず死を迎える。その時に、月桂樹のコーディアルがあれば少しは慰めになるかもしれない。
「あ!でも、肌荒れにもいいなら私も飲みたいです!美容に効く物も、味や香りに選択肢があると嬉しいので!」
「私もそう思います!試飲会までに、もう少し種類が増やせるように頑張りましょう!」
少ししんみりとした空気を変えるように、明るく話すアデールさんとベレニスさんの言葉に、私達はこくりと頷く。販売所の内装はもう出来ているという事で、準備が整えば数日後にも試飲会は行えるらしい。
「……それって私も参加して大丈夫ですかね?」
「えっ!?いえ、流石にもうエマさんのお披露目もされてしまったので、街中は警備的にもまずいんじゃないかと……」
「エマ様に何かあったら私達、所長に殺されちゃいますよぉ……!」
「あぁ……やっぱりそうですよね……」
もうすぐまた新月の夜が巡ってくる。それもあってなのか、あの謁見の後くらいからアリスさんは少し神経質になっているのだ。そんな状態だというのに、呑気に街中に行きたいと言うのも難しいだろう。そうは思ってもしょんぼりとしてしまう。
「一応私からも所長に相談してみますが、試飲会は難しいかもですけど、もうすぐフェスティバルがありますから、それはエマさんも参加出来る筈ですよ!」
「むしろエマ様がいないと始まらないんじゃないですか?今年のフェスは」
「フェスティバル……ですか?」
フェスティバルといえばお祭りなのだろうけど、私がいないと始まらないとはどういう事なのだろうか。小首を傾げれば、彼女達は顔を見合わせ、にっこりと微笑む。
「400年前の大聖女様が召還された日を祝して行われるフェスティバルなんですよ。毎年、大聖女様役の女性が選ばれて王都をパレードするんですけど、今年はエマさんがいるから、本物の大聖女様で行われる筈です!そろそろ宰相様からお話がくるんじゃないですか?」
「ぱ……パレード……?」
「馬車で王都の主要通りを巡って、大聖女様役は祝福の花を撒くんです。これを拾えたら、一年良い事があるかもっていうやつなんですけど、エマ様が触れたお花なら本当に御利益ありそうです〜」
なんとなくフェスティバルの想像はついたが、この間のバルコニーでのお披露目だって緊張したのに、今度はパレードだなんて大丈夫だろうか。私もどうせなら花を撒く方じゃなくて拾う方に参加したいなぁとは少しだけ思ってしまう。そんな事を考えていたら、ベレニスさんが妙に気合の入った様子でぐっと拳を握り締めていた。
「でも恋する乙女にとっては、祝福の花は別の意味合いがあるんです!実はそれを好きな相手に渡して結ばれると、末永く幸せになれるって伝説があって、フェスの日は告白する人が多いんですよ!」
「へぇぇ!成程、それは盛り上がりそうですね!」
「好きな人だけじゃなくて、相手の幸せを願って渡すものなので、家族に送る人も多いんですよ。だから、エマさんも撒く分を少し取っておいて、大切な人に贈ったらいいと思うんですよね〜特に所長とか」
意味ありげに微笑むマルゴさんに、私は思わず押し黙ってしまう。確かに、この話を聞いたらアリスさんに渡したいなとは思ったけれど、考えてみると結構気恥ずかしくないだろうか。
「そ、れは……考えておきます……」
「えぇ……?絶対喜びますよ、所長。エマ様の事、大好きですからねぇ」
「アデールの言う通りです。今日だって、女子会だって言ってるのに私達にエマさんをとられるのが嫌でめちゃくちゃ機嫌悪かったんですから。この後、ちょっとでもいいんで顔出してあげてくださいね」
「はは……解りました。じゃあ試飲会、またどうだったのか教えてくださいね」
そうして私は機嫌が悪いと評判のアリスさんがいる所長室に向かうのだが、案の定、解放されるまでかなりの時間を要してしまい、アリスさんはまたマルゴさんに文句を言われるのだった。
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