45 ロベリア王国
「ロベリア王国、ねぇ……まさか既に滅んだ国の名をまた聞く事になるとは思わなかったよ」
謁見の間で、マリユスさんは含みのある笑みを浮かべており、玉座に座るレオポルド陛下も眉を顰めていた。
「エマとアリスティドが言う事は一理ある。確かに王国の歴史において、定期的に同じ症状の流行り病が起こり、その度に多くの死者を出してきたのは事実だ。原因は不明のままで、これまで完治させられたのは400年前の大聖女様だけだったのだ」
「じゃあ大聖女様がいない時はどうしてたんですか?」
「普通の聖女でも、症状を和らげる事はできる。軽症の者ならばそれで持ち直す者も多いが、重症な者は……隔離して死を待つしか出来る事はなかったのだ」
それは多くの死者を出してしまうのも頷ける。原因が不明ならば、対策も殆ど出来なかったに違いない。だからそれを完治させた大聖女様は奇跡として崇められたのだろうから。
「そしてその病は、近年は発生していなかったのだ。根絶されたという者もいたが、よく考えればロベリア王国が滅ぼされてからはこれまで一度も発生していなかったのだな……今回を除いてだが」
「ロベリア王国は魔術に関しては突出してたからねぇ。でも、以前のものがロベリア王国の仕業だったとして、今回はどうしてなんだろうねぇ……もう彼の国は存在していないのに」
マリユスさんの視線は、何故か私の隣にいるアリスさんを咎める様に向けられていた。王宮魔術師長として、もっと早く気付けたのではないかと言わんばかりだ。
「アリスティド、君は今回の病の魔術については全く知らないんだよねぇ?」
「あぁ。リアトリス帝国で仕入れた魔術書も全て見返したが、同じ魔術は見つからなかった。ロベリア王国独自の魔術で、既に失われたものだと思うが……何故それが今になって出てきたのかは見当がつかん」
「あの……リアトリス帝国には異世界の聖女の召喚術も伝わっていた訳ですし、今回の病の魔術が継承されていた、という事はないですか?もともとロベリア王国があった地を今治めているのはリアトリス帝国ですし」
私が小さく手を挙げてそう言えば、マリユスさんはふっと少しだけ雰囲気を和らげて目を細める。それでも十分に怖いのだが。
「エマちゃんは今回の件、リアトリス帝国が絡んでると思ってるんだ?」
「4年前にも大きな戦をしてましたよね。だから、可能性は高いかな、と」
「まぁ、確かにあの国は疑わしくはあるよねぇ。皇子様はエマちゃんにご執心だって聞いてるし。ただ、俺は今回の件、ロベリア王国という名を聞いて関与している可能性がある者が浮かんだんだよねぇ」
「へっ!?そ、そうなんですか!?」
思ってもみなかったマリユスさんの言葉に、私は目を丸くする。既に滅んだ国だし、もう手の打ちようがないものとばかり思っていたのだ。そんな私の表情が面白かったのか、マリユスさんはくすくすと忍び笑いを漏らしていた。
「じゃあその人を問い詰めればいいのでは?」
「それがそうしたくても出来ないんだよ。何せあの人が今何処にいるのか、行方知れずなのだからねぇ。だから、あの人が今はリアトリス帝国に居る可能性もなくはないかな」
「そうなんですね……」
やはりすんなり解決とはいかないようで、私はがっくりと肩を落としてしまうのだが、そんな私を励ます様にアリスさんの手が肩に触れる。ちらりと彼を見れば、その瞳は優しく揺れていた。
「いずれにしろ、その者が問題の霊石に魔術を施し、聖教会に渡した可能性は高い。エマのおかげで今回は病の影響は最小限で食い止められたが、次に何を仕掛けてくるか解らぬ。二人も十分に気を付けよ」
「あっ!そうだ、その事なんですが……」
私達を気遣う陛下の優しさに胸が温かくなった所で、私はハッとしてごそごそと持参した包みを取り出す。私が持って行こうとしたのだが、包みはアリスさんに音もなく取られてしまった。
「マリユスの傍には極力近づかせたくないからな。これは俺が渡してくる」
「え、酷いなぁ。まるで俺に近付いたら汚れるみたいじゃないか」
「普段の行いを振り返る事だな。これはエマとヴィーからだ」
アリスさんから包みを受け取ると、マリユスさんは早速それを開く。その表情は一瞬ではあったが驚いていた事に、私はしてやったりと満面の笑みを浮かべる。一瞬でもあのマリユスさんの意表をつく事ができただなんて、凄い事なのではないだろうか。
マリユスさんはそれを陛下にも見せるのだが、こちらは傍目にも目を丸くして驚いた後、嬉しそうに顔を綻ばせてくれるものだから、私もつられて嬉しくなってしまった。
「これがヴィクトルが形作って、エマが絵付けした護りのネックレスなのか。アリスティドはこれの存在は報告してきたけれど、これ程美しい物だとは言わなかったから驚いたよ」
「ありがとうございます!そう言って頂けると、私もヴィー兄様も嬉しいです!」
「これは魔石を利用してるんだったねぇ。こんなに綺麗に煌めく物は初めて見たよ。宝石よりも綺麗なんじゃない?ヴィクトルもまぁ、あんな無骨な手でこんな細かい細工が出来るとはねぇ」
二人はネックレスを手に取り、口々に褒めてくれるので、私は顔が緩むのを止められない。後で今の言葉をヴィー兄様にも教えなくてはと、何度も頭の中で反芻させる。そうしていれば、戻ってきたアリスさんに軽く小突かれてしまった。何をするのかと不満気に見上げれば、むすっと眉間に皺を寄せた彼と視線が重なる。
「おい、にやけすぎだ。顔を引き締めろ」
「だって!あぁいう反応を私は待ってたんですよ!文様の効果が解ってからは、皆素直にあの美しさに感動してくれないんですもん!」
「俺はいつも褒めてるだろうが!」
「アリスさんはどっちかっていうと文様の効果じゃないですか!そうじゃなくて造形の素晴らしさを褒めてほしいんです!」
つい言い返してしまえば、また両頬をむにむにと摘まれてしまった。これ、地味に痛いからやめてほしいのに。
「いひゃいひゃにゃいでふか……!」
「ふっ……何を言ってるか全く解らんな」
その後もむにむにと摘むアリスさんは、だんだんと表情が穏やかになっていくのだが、玉座の方からマリユスさんの呆れた声が聞こえてきてハッとする。
「君達さぁ……此処が謁見の間だっていう自覚ある?そういうのは家でやってくれない?一応、この国の宰相と国王の前だっていうのに、よくそうやって堂々といちゃつけるねぇ」
「ウッ……全くその通りです!ほら、アリスさんも謝ってくださいよ!」
「特に悪い事をしたとも思えんが?マリユスだって、女達とよくしてるだろうに」
真顔で言う事じゃないだろうと、私は横で冷や汗をかくのだが、マリユスさんの視線は呆れたままだ。
「俺は君達みたいな可愛いじゃれあいはしないんだけどねぇ。俺ならまずは指を絡めて――」
「マリユス、お前の話はエマには刺激が強い。やめよ」
いつもより低い声で告げる陛下に、マリユスさんはぴたりと口を噤む。一つ咳払いをすると表情を引き締めて私に視線を向けた。
「……それで、俺はレオとカトゥリン王妃の分を依頼した筈だけど、四つもあるのはどうしてかな?」
「一つはマリユスさんの分で、もう一つは産まれてくる御子様の分です。一つだけ文様が違う物がありますよね?それは幼児の健康と成長を願うものなので、気が早いとは思ったんですけど、もうすぐ産まれると聞いたので一足先にお祝いの気持ちです!」
そう言えば、レオポルド陛下は目が零れ落ちるのではないかという程見開いた後、嬉しそうに破顔する。そっと麻の葉の文様が描かれたネックレスを手に取り、まるで我が子を愛おしむ様に優しく触れた。
「これは何という素晴らしい贈り物だろうか。カティの喜ぶ顔が目に浮かぶ様だ。我が愛しい妃は、貴女にずっと会いたがっているのだが、これ程の心遣いをされてはますます会いたがるだろうな」
「王妃様が……!それは光栄です。是非、元気にご出産されたらお会いしましょうとお伝えください!」
「あぁ、必ず伝えよう。素直じゃない所もあるのだが、私にとってはとても可愛い人なのだ。是非仲良くしてやってほしい」
そう言って微笑む陛下の瞳は、とても穏やかで優しさに満ち溢れていた。王妃様の事を愛しているというのが、これでもかという程伝わってきて、私も思わず笑みが溢れるのだった。
読んでくださってありがとうございます!
作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!