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43 聖なる川

「だ、大聖女様……!まさかまた大聖女様がお越しくださるだなんて光栄です!」


 エズ村に転移で着くや否や、村人達は涙ながらに私達を出迎えてくれた。あの時は皆、病で臥せっていたせいで異常な程静かな村だったが、今はそこかしこから生活音が聞こえ、とても賑やかな印象を受ける。


「先日は病み上がりでご挨拶も叶わず失礼致しました。わしがこの村の村長、フレデリクです。大聖女様には、我々を救って頂き感謝のしようもありません。本当にありがとうございました……!」


 そう言って頭を下げるのは、立派な白髭を蓄えたサンタクロースの如く恰幅のいいおじ様だ。それに倣って周りの村人も頭を下げるので、私は慌てて声を上げる。


「どうか顔を上げてください!私達は当然の事をしただけですので、そんなに気にしないでください。本当に皆さん回復されて良かったです」

「なんとお優しいお言葉……!実は我々、どうしたら大聖女様の御恩に報いる事が出来るかと相談致しまして、村の中心の広場に大聖女様の像を建ててはどうかと――」

「へっ!?ほ、本当にどうか、そういうのはお気持ちだけで大丈夫ですので……!」


 そんな物建てられては、恥ずかしくて仕方ない。必死に止めれば、フレデリクさんは物凄く残念そうな表情を浮かべていたのだが、こればかりは諦めてもらいたいものだ。


「それよりも、テオさんから川の事を聞いたんですけど、本当に川の水を使用したら作物の成長が早まったんですか?」


 こほんと一つ咳払いをし、話を切り替えれば、彼は顔を輝かせ何度も頷く。


「そうなのです!川の水をかければ、たちまちのうちに芽が出て育つ様になりまして……!こればかりは実際に見て頂いた方が早いかと……!」


 案内されたのは小道を挟んで隣あった二つの畑だった。片方はまだ苗のままのものや、ほんの少し芽が出ているものが見られるくらいなのだが、もう片方には今にも収穫できそうな野菜がたわわに実っている。よく見れば通常なら同時期に収穫時期を迎えない筈のものまで実っているようだ。


「へぇ……凄いね。このトマトなんてはちきれんばかりに瑞々しくて、火の魔石みたいに綺麗な赤だよ」


 ヴィー兄様が物珍しそうにトマトを眺めている横で、アリスさんが怪訝な表情で眉を顰めていた。視線の先には明らかに巨大化したオレンジ色のかぼちゃの群れがある。


「あれはまさかかぼちゃ(ポティロン)か?畑になっている物を初めてみるが、あんな化け物みたいにでかくなるものなのか……?」

「本当だ!あんなに大きいの、初めて見ましたよ!テオさん、あれってそういう種類なんですか?」

「とんでもねぇ!うちの村で、あんなでっかく育っちまう事なんて、これまでなかったんですよ!これ、オレが王都に行く前よりでっかくなってんです……」


 ぶんぶんと首を勢いよく横に振るテオさんも、これはどうやら想定外のでかさらしい。色艶、大きさなど、どれも規格外に良さそうに見える野菜達を前に、私達は驚くばかりなのだが、それを満面の笑みで見ているフレデリクさんは、物凄く誇らしげだった。


「どうですか、見事なものでございましょう!わしもこんなに野菜が嬉しそうな顔しとるのは、長い事畑をしてきましたが初めての事です!大聖女様に見てもらえて、今も大喜びしとりますよ!」


 まるで我が子の様に野菜達を愛おしそうに見つめるフレデリクさんは、嬉しそうに何度も頷いていた。


「それでこれが例の川の水で育てた野菜なのか?」

「はい。実はこの二つの畑は、川の水が原因なのではと言われ始めた頃に、検証しようと植えたものでして。同じ種や苗を両方に植えて、片方には普通の水を、もう片方には大聖女様の川の水を与えたのです」


 そうして、同時期に植えたにも関わらず、片方はまだ芽吹いたばかりの状態であるのに、もう片方は既に収穫できる状態なのだからその差は歴然だ。


「成程、これは確かに普通なら考えられない事態だね」

「見た目だけではないのです。そのトマトは生で食べられますから、是非召し上がってみてください!」

「あ!それならオレが取りますんで、お待ちください!」


 自ら志願したテオさんが、トマトを丁寧に切り離してくれ、私達三人の手にはごろっとした大ぶりのトマトが乗せられた。見るからに美味しそうなそれを、アリスさんはやや戸惑っていたものの、私とヴィー兄様は嬉々としてそれに齧り付く。


「んんん〜!?エッ!?待ってください、これ本当にトマトですか!?糖度が物凄く高い!フルーツトマトよりももっと甘いんじゃないですか!?めちゃくちゃ美味しい!」

「噛んだ瞬間に口いっぱいに瑞々しさが広がったかと思えば、濃厚な甘みが押し寄せてくるのだから、これだけでデザートになりそうだね」


 あまりの美味しさに、私達は夢中で頬張っていたのだが、アリスさんはそんな私達と手元のトマトを交互に見ては眉間の皺が深くなっていった。


「……?アリスさん、食べないんですか?凄く美味しいですよ!」

「いや、俺はトマトは……お前達のを聞いているだけで胸焼けがしてきた……」

「噛んだ瞬間の食感が苦手なんだっけ。いらないなら私が食べておくよ」


 ヴィー兄様がそう言って手を差し出せば、彼はあからさまにホッとした表情でトマトを乗せる。彼も苦手な食べ物あったんだなぁと思いつつ、その辺りも後でヴィー兄様に詳しく聞いておこうと私は一人頷いていた。


「とにかく、だ。あえて食べずとも、そのトマトが通常よりも明らかに栄養価が高いのは解った。他の野菜も同様だな。やはり川の水の影響が顕著か……」

「一度、あの時浄化した場所に行ってみましょうか?」

「そうだね。どんな風になっているのか、見てみない事には判断できないかな」


 私達は顔を見合わせ、互いに頷く。フレデリクさんには一旦お礼を言って別れ、テオさんも一緒に、あの時霊石を浄化した場所へと向かった。あの時は川の周辺の草木が枯れたりしていたが、今はそれが嘘の様に青々としている。


 そうして辿り着いた川を見て、私はぎょっとして目を丸くしてしまう。あの時はただ綺麗になっただけだと思っていたが、今は明らかに水面が美しく煌めいていた。これはどう見ても聖属性の力が働いている様だ。


「あぁ……やっぱり煌めいちゃってますね……」

「やはりか。原因はあの時の浄化の光か、浄化そのものか……そういえば、あの時お前は何故ああすれば浄化できると思ったんだ?」


 難しい顔で川を見ていたアリスさんは、ふと思い出した様に私を見やる。そう聞かれても、自分でも解らない所もあり、私は僅かに苦笑を漏らした。


「それがその……自分でも不思議なんですけど、()()()()()()()っていう謎の確信があったんですよね。ただ触れるだけでいいんだっていう」

「……前世の記憶、か……?」

「へ?」


 ぽつりと漏らされた声音に、私は小首を傾げる。そんな私を見据える彼の瞳は、複雑な感情に揺れている様に見えた。


「お前に前世の記憶はなくとも、潜在的に覚えている事があるのだろう。おそらく、前世のお前は同じ様なものを浄化した事があったに違いない」

「そうなんですかね……?」

「確かめようもない事だがな。可能性としては高いのではないか?」


 ラファエル皇子は前世の記憶を継承し続けていると言うが、私にはそんなものはない。覚えていないのだから知りようもない筈だが、心のどこかには残っているものがあるのだろうか。


「でも不思議だね。私にはごく普通の綺麗な川に見えるけれど、これが作物の成長促進に影響あるだなんて。いっそこのまま飲んだら癒しの力でもありそうだね」

「大聖女様の聖なる御力の宿った癒しの川……オレ、なんだかこの村が前よりどんどん好きになりましたよ!」

「癒しの川……?」


 難しい顔をしていた私とアリスさんとは裏腹に、至極嬉しそうに川の水面を眺めているヴィー兄様とテオさんをぼんやりと眺める。癒しの川――なんだか似たようなものを何処かで聞いた気がするのだ。あれは何処で――


「アッ!?あぁぁぁぁ思い出した!!」

「!?いきなり大声を出してどうした!?驚くだろうが!」


 私の声にびくりとしたアリスさんが、眉を顰めてじろりと見てくるのだが、今はそれ所ではない。


「癒しの泉ですよ!!」

「はぁ?なんだそれは?」

「リアトリス帝国のアンヴァンシーブルです!アリスさんも見たでしょう?400年前の大聖女様の像があった泉ですよ!」

「あぁ、あれか。あれがどうし……いや、待て、そうか……!あの泉は確か、400年前当時は病も怪我も癒す泉という伝承があったな!?」


 なんというかこの点と点が繋がった、わくわくとした高揚感というものが湧き上がってきて止められない。アリスさんの表情も、私と同じく高揚しているのが見てとれた。


「もしかして、あの泉も今回のと同じなんじゃないですか?何かしらを浄化した影響が泉に残っていたのだとしたら……!」

「あぁ、有りうる話だ。水を変質させる様な浄化の力など、大聖女様でなければ出来ようもないだろうしな」

「あの時は古の隣国の王様と関係あるかもって思いましたけど、こっちの方が可能性ありそうだし調べてみるべきじゃないですか?そういえばあの街でアリスさん、いっぱい魔術書買ってたじゃないですか」

「あれは一通り目を通したが、調べ直してみるか。失われた魔術もかなり載っていた筈だ」


 もしかしたら、あの霊石に施された妙な魔術の手掛かりにもなるかもしれないのだ。これはとんでもない収穫だったのかもしれない。


「大聖女様とアングレカム魔術師長……なんというか波長が合うってやつですかね?息ぴったりなんですね」

「そうだねぇ。喧嘩もよくしてるけど、案外息が合ってるんだよ。不思議なものだよね」


 盛り上がる私達を、ヴィー兄様とテオさんがどこか温かく見守ってくれていた事に気付くのは、もう暫く後の事だった。






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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