42 想いの連鎖
「よし、綺麗に出来た!」
最近忙しくてなかなか作業が出来ていなかったが、今日は久しぶりに時間を気にせず工房に入り浸れていた。焼き上がったペンダントトップにチェーンを繋ぎ終えた所で、私は漸く息を吐き出した。
「あれ?これは今まで見た事がない文様だね。どういう意味があるんだい?」
騎士に復帰したものの、騎士団に属す訳ではなく、私の専属護衛騎士という扱いのヴィーさんは、こうして今まで通り……いや、今まで以上に傍で見守っていてくれる事が増えたように思う。
今日は一緒に工房に籠っているのだが、完成したばかりのネックレスを手に取り、彼は繁々とそれを眺めていた。
「これは衣類の素材にもなっている麻の葉なんです。幼児の健康と成長を願う文様なんですよ」
「あぁ、成程。陛下に頼まれたんだね?」
レオポルド陛下にはもうすぐ産月を迎えるカトゥリン王妃がいる。幼児の健康と成長だなんて限定的な願いを必要としている人は、知り合いの中では陛下しかいないので見当がついたのだろう。
「特に頼まれた訳じゃないんですけど、マリユスさんから陛下と王妃様の身の安全の為にって病や傷を癒す文様のネックレスの作成依頼もあったんで、一緒に作ったんですよ。まだ産まれてないのに、気が早いかなとも思ったんですけどね」
「いいや、絶対に喜ぶよ。なんたって無事に産まれてくる事を、大聖女様が願ってる訳だからね」
「あはは、ちょっとでもご利益があればいいです。出産って一大事だっていいますからね」
そっと麻の葉の文様に触れる。魔石の煌めきが何度見ても美しく輝いている。
「実は私の名前、私の世界での文字で表すとエマのマは麻の事なんですよ。ちなみにエは絵付けの絵と同じ意味ですね」
「へぇ……名は体を表すというけれど、エマにぴったりだね。そうか……エマのご両親は、君の健康と成長を願っていたのだろうね」
「そう……なんでしょうかね」
就職してからは一人暮らしをしていたし、休みは観劇に行く事が多くてなかなか帰省もしていなかった。最後に会ったのはもう随分と前だった様に思う。でも、まさかこんな風に異世界に来てしまって、会えなくなるだなんて思いもしなかったのだ。
今まで敢えて考えない様にしていた家族の顔が急に思い出されて、鼻の奥がツンとする。ぐっと堪えようとした所で、ぼすんと鼻の頭は勢いよく彼の胸元にぶつかった。
「名前は、ご両親から君への最初の贈り物だ。たとえ遠く離れてしまっても、想いは変わらないと思うよ。ご両親の代わりにはなれないだろうけど、私もアリスも、この邸の皆、エマの事を大切な家族だと思っているから。それを忘れないで」
「っ……!」
優しく、慈しむ様に髪を撫でるその手の温かさに、堪らず瞳からはぽろぽろと雫が溢れてしまう。子供みたいに泣く私を、ヴィーさんはただただ優しくあやし続けてくれた。
どれくらいそうしていただろうか。漸く落ち着いてきた所で、彼の胸元は私の涙でびしょびしょになってしまっていた事にハッとする。
「あぁぁぁ!ごめんなさい!どうしよう……」
「慌てないで。大丈夫、どれだけ濡れても、洗って乾かしたら元通りになるから。人も同じなんだよ。悲しい時やつらい時に我慢せず、泣いてスッキリするのが一番いい。エマはそういうのが苦手みたいだからね。もっと兄様を頼ってくれていいんだよ」
「あ……はは……こういう性格なんですよ。でも、ありがとうございます!なんだか凄くスッキリしました!」
そう言って笑えば、彼は蕩ける様に嬉しそうな表情を浮かべていた。本当にヴィーさん……いや、ヴィー兄様は、いつだって優しくて温かい。こういう所が、あのアリスさんも絆されちゃうんだろうなと思わずにはいられなかった。
「……そういえば、さっきの名は体を表すで気になったんですけど、ヴィー兄様の名前はどういう意味があるんですか?」
私の世界でも言われていた事ではあったが、この世界でも同じ考えがあるのならきっと意味があるのだろう。そう思って尋ねれば、彼は優しく目元を緩めた。
「興味をもってもらえて嬉しいなぁ。私の名前は『勝利』とか『勝者』って意味だね。そこで問題なんだけど、アリスティドは一体どういう意味があるでしょう」
「へっ?えぇ……?」
にこにことした、実に楽しそうな顔での突然の問いかけに私は思わず首を捻ってしまう。アリスさんの名前の意味。正直、全く考えた事もなかった。
「やっぱりあれじゃないですか?『この上なく美しい』とか『隠された優しさ』とか!」
「ふはっ……!成程、君はアリスの事をそう思ってるんだね?」
私の渾身の回答に、何故かヴィー兄様は肩を震わせて笑い出してしまう。アリスさんらしい言葉を選んだというのに、そんなに可笑しかっただろうか。少しだけムッとしていれば、ぽんぽんと宥める様に軽く頭を撫でられた。
「いや、君がアリスの良い所をよく解ってくれていて安心したんだよ。正解は『素晴らしい』『見事な』という意味だね。アリスは素晴らしい男だろう?何せ私の自慢の友なのだからね」
「ふふ、そうですね。私にとっても自慢の婚約者ですよ」
「そういう事だから、そこで聞き耳たてていないで、堂々と入ってきたらいいんじゃないかな」
「へ?」
何の事なのかと工房の扉の方を見れば、ゆっくりと音を立てて扉は開く。そこにはばつの悪そうな表情のアリスさんが佇んでいた。
「エッ!?な、なんで!?いつからそこに……?」
「お前に用事があって来たんだ。声を掛けようと思っていたら、お前が泣き始めたから、入るに入れずだな……」
「ヴィー兄様は気付いて……?」
「うん?それは勿論、気配ですぐ解ったよ」
にっこりといい笑顔の彼に、私は何とも言えず天を仰いだ。なんかいろいろと言ってしまった気がするが、あれを本人に聞かれていたかと思うとめちゃくちゃ恥ずかしい。羞恥に顔を赤くしながらちらりとアリスさんの方を見れば、何故か彼は難しい顔をしたままだった。
「アリスさん……?どうかしました?」
「……俺はお前と共に居る事が心地良くて、浮ついていたのだな。お前が親と離れて寂しい思いをしている事になど、全く思い至らなかった」
「それはまぁ、私も表に出してませんでしたし……」
「それでも、だ。ヴィーよりも先に俺が気付きたかったのだ」
あの表情は落ち込んでいたのかと苦笑を漏らしつつ、そんな風に考えてくれるだけでもとても嬉しいものだ。思えば最初の頃、ヴィー兄様だけにしか心を許していなかったこの人が、ここまで考えてくれる様になっただなんて、あの頃の私に言ってもきっと信じないに違いない。
同じく苦笑を漏らしていたヴィー兄様は、やれやれといった様子で肩を竦めていた。
「まぁ、私にも義兄らしい事をさせてほしいのだから、たまにはいいじゃないか。全部アリスがやってしまってはずるいと思うね。私だってもっとエマを構いたいのに」
「……たまにならいい。許してやる」
「なんだい、それ。まぁすごく君らしいけど」
そう言って顔を見合わせ互いに笑い合う二人を、私は胸が温かくなる思いで見守っていた。自然と顔が緩むのだが、そういえば仕事をしている筈の彼が一体何の用事で此処に来たのだろうか。
「あの、ところでアリスさんは私に何の用事があったんですか?」
「そうだった。今から研究所に行くぞ。ヴィーも護衛なのだから準備してくれ」
「へっ?今からですか?」
いきなり研究所だなんて、コーディアルの事で何かあったのだろうか。顔を引き締めていれば、アリスさんの表情は困惑の色が強い様に見える。
「実際見てみなければ何とも言い難いのだが……今日、研究所にテオがやって来たのだ」
「あっ!そうだ、テオさん!結局あのお披露目の時から会えてなかったんですよね。元気にしてました?」
「お前は相変わらず呑気だな。テオの話を聞いたらそんな呑気にしていられんぞ」
彼は呆れた様子で溜息を漏らすと、私の方をじとりと見据えた。
「お前が浄化したエズ村の川。とんでもない事になっている様だぞ」
「えっ!?もしかして、まだ何か悪影響が残ってたんですか……?」
あの時浄化して、川は綺麗な状態に戻っていた筈だ。まさかそれが一時的だったとでもいうのだろうか。青褪める私に、彼はゆるゆると首を横に振った。
「その逆だ。あの川はお前の力の影響を受けすぎて、聖なる川の如く周辺の土地が豊かになり、川の水を使えば作物の成長は促進されて味も良くなっているそうだぞ」
「ひぇっ……ま、またやらかしてしまったんですね!?」
「とりあえず一旦研究所でテオと合流して、エズ村に向かうぞ。現場を見なくてはどうにも解らん」
まさかそんな事になっているとは思いもせず、私は内心頭を抱えながらも、慌てて準備を整えるのだった。
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