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41 世界が変わった日

「はぁぁ……き、緊張したぁ……」


 バルコニーから引き上げ、支度の為に用意された王宮の一室に戻り、私はソファにぼふんと音を立てて沈み込んだ。せっかく用意された上等なドレスに皺がよるなと一瞬考えるものの、今はとにかく疲労感が勝っていた。


「エマ様、とても立派でしたよ。疲れがとれるお茶を淹れますね!エドモンさんに特訓を受けましたから、美味しくなっている筈です!」

「うぅ……ありがとう、ミミ……大好き……」


 ここまで付き添いで来てくれた彼女には本当に感謝しかない。そう言えば彼女はとびきりの笑顔を返してくれるので、先程までの緊張感が漸く癒されていくのを感じていた。やはり疲れた時には可愛い天使の笑顔が一番効く。


 程なくして出てきたのはローズヒップのハーブティーだった。甘やかな香りが鼻腔を擽る。


「ハーブティー!あぁ……凄く生き返るよ!」

「ふふ、それは良かったです。ジャンさんが持たせてくれた焼き菓子もありますよ」

「!!ウッ……凄い……欲しいものがなんでも出てくる……!もうミミは、本当は女神様なのでは……?」

「はいはい。随分と元気になられた様で安心しました」


 ホッとした表情で微笑むミミに、私も釣られて笑顔になる。それだけ今日のお披露目のスピーチで緊張していたのが伝わっていたのだろう。彼女の心遣いが本当に嬉しくて、堪らなく幸福な気持ちになっていた所で扉がノックされる。返事をすれば、此方も安堵した表情のアリスさんとヴィーさんが顔を覗かせた。


「集まった民にはとても見せられないくつろぎ様だな」

「いいじゃないですか……!ここでは別に、聖女じゃなくてもいいんですから」

「そうそう、ずっと聖女様をしていたら疲れてしまうからね。私も騎士の礼服なんて久しぶりに着たから肩が凝ってしまったよ」


 呆れた様子のアリスさんにムッとすれば、ヴィーさんがすかさず甘やかしてくれるのが心地良い。それにしても、肩が凝ると言いつつもヴィーさんはとても嬉しそうだし、そんな彼を見てアリスさんもいつもよりかなり表情が柔らかくなっているのを見ると、私までつい顔が緩んでしまう。


 最初は大変な事になってしまったと思っていたが、これはこれで良かったのかもしれない。まぁ、マリユスさんにしてやられた感は否めないのだが。


「それにしても、あそこでテオさんが拍手してくれなかったらどうなってたか……あの静寂、めちゃくちゃ怖かったんですよね。あ、これもしかして失敗しちゃったかなって」


 つい体が動いて頭を下げてしまったものの、何の反応もないあの静寂。正直心が折れそうだったから、テオさんには本当に救われてしまった。エズ村のその後の様子も聞きたかったし、演説前に姿を見つけた時に『後で』と口を動かしたけれど、果たして伝わっていただろうか。


「お前は意図してないだろうが、明らかに立場が上の者は不用意に目下の者に頭を下げたりしないからな。お前は別邸に来た時からそうだったし、想定内ではあった。だがあの場に居た者達はさぞ戸惑っただろうな……俺はお前らしくて良い演説だったと思うぞ」

「うんうん、私もエマらしくて良かったと思うよ。後ろで聞いていて誇らしかったなぁ。これが私の義妹なんだと、皆に言って回りたかったよ」

「いや、お前は表情に出ていたから、それは多分に伝わっている筈だ」


 満面の笑顔のヴィーさんは、まるで自分の事の様に嬉しそうなのだが、確かにバルコニーでもずっと笑顔だったなと思い出す。それに比べて、だ。ちらりと隣を見やれば、彼はどうしたと言わんばかりに片眉を器用にあげていた。


「そうだ……どうしてアリスさん、あんなに不機嫌だったんですか?殆ど真顔でしたよ。アリスさんは顔が整いすぎてて、真顔だと物凄く圧があるんですから。また皆に怖い人だって思われちゃうじゃないですか」

「不機嫌にもなるだろう。あの場に居た殆どの者が、お前に見惚れていたんだぞ。その衣装を用意したマリユスにも腹が立ったしな」

「は?エッ……まさかそんな事で……!?」


 私とヴィーさんが見せ物みたいになる事を嫌がっていたし、てっきりそれで機嫌が悪いんだとばかり思っていたのだ。ぽかんとして目を丸くすれば、彼はむすっとした表情をして顔を背けてしまった。


「そんな事で悪かったな」

「あぁ、もう……!機嫌直してくださいよ。この服が気に入らなかったのなら、今度一緒に買いに行きましょう!ね?」

「別にその服が嫌だった訳ではない。むしろ似合っていたからこそ、それを見立てたマリユスに苛立つというかだな……」

「あぁ……他の男がエマに似合う物を見立てたのが気に食わなかったんだね。百戦錬磨のマリユス宰相なんだから当然だとは思うけど……本当は、君が見立てたかったんでしょ」


 図星だったのか、無言で眉を顰めるアリスさんに苦笑を漏らしつつ、私は絶対に近いうちに買い物デートをしようと心に決めていた。


 そんな中、またしても扉をノックする音が響く。そろそろ帰ってもいいというお達しかと思えば、よりによってやって来たのはマリユスさんだ。露骨に顔を顰めるアリスさんに、彼は可笑しそうに肩を揺らした。


「アリスティド、君そんなあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいのに。俺がエマちゃんに衣装を用意したのがそんなに嫌だった?何せ物凄く似合っていたからねぇ」

「くそっ!煩い、黙れ!」

「やれやれ、男の嫉妬は見苦しいねぇ」


 まるで直前の会話を聞いていたかの様な煽りに、つい苦笑を漏らしてしまうのだが、楽し気に揺れる彼の白銅色の瞳がすうっと細められて此方に向けられると、つい身構えてびくりとしてしまう。どうも最初に抱いた何を考えているか解らないという印象が尾を引いている様だ。


 そんな私の反応に、彼は苦笑を漏らしつつも柔らかく微笑む。それは今までで一番優しい表情をしていた。


「エマちゃんはお疲れ様。とても良い演説だったねぇ。あれだけ聖教会を真っ向から全否定して煽れるだなんて、たいしたものだよ」

「うぇっ!?そ、そんなに私煽ってましたか!?」

「えっ?自覚なかったの?」


 私としては、自分が思う素直な気持ちを言ったまでだったのだが、どうやら正面から喧嘩を売る様な発言をしていたらしい。どの辺がそんなに煽っていただろうかとぐるぐると考えていた所で、一瞬虚をつかれた様な表情をしていた彼は、おもいっきり声をあげて笑いだしてしまった。


「あははは……!そっか、あれ計算じゃないんだ?凄いなぁ……でもだからこそ、民の心にもエマちゃんの思いは届いたんじゃない?」

「そ、そうですかね?」

「あぁ、人々にも今の聖教会がおかしいという猜疑心は植え付けられた筈だよ。さて、これで彼等がどんな行動に出るのか楽しみだねぇ」


 妖艶に微笑むその表情は、獲物を前にした野生動物の様でぞくりと寒気がする。この人に狙われたら最後。じっくりと追い詰められて、いつの間にか逃げ場がなくなった所で確実に捕食されてしまうのだろう。絶対に敵に回してはいけないタイプだ。


「今日の所はこれで帰ってもらって大丈夫だよ。本当にお疲れ様。今日はきっと、世界が変わる起点になったんじゃないかな」


 ひらひらと手を振り、マリユスさんが去っていった所で、私は大きく息を吐き出した。本当にこれで世界が良い方向に変わっていけばいいのにと、願わずにはいられなかった。






読んでくださってありがとうございます!

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