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39 囮

「ということで、エマちゃんにはこれから囮になってもらうから宜しくね」


 にっこりといい笑顔のマリユスさんの言葉に、私は一瞬ぽかんとしてしまう。


「お、囮……?」

「君が浄化したあの霊石。あれが王都に仕掛けられたらどう?人々は流行り病で大混乱。治せるのは聖女だけ。そうしてそこに古の王女に似た聖女が現れて人々を救うんだ。人々は熱狂するだろうねぇ」

「聖教会はその為にあれを作ったっていうんですか?エズ村はまさか……」

「十中八九、霊石の効果を試す実験だろうねぇ。王都から少し離れていて、他の村とも交流が少ない所だから」


 エズ村では少なくない人が亡くなり、村人は皆あの病に苦しみ、死に怯えていたのだ。それが故意に引き起こされていたのだとしたら。生きている人間を使って人体実験をしていただなんて、そんな酷い事とても許される事ではない。


 テオさんやテオさんのご両親、回復してお礼を言ってくれた村の人達の顔が脳裏に浮かび、思わず握っていた手に力が入ってしまう。


「そんな酷い事をしているのに、聖教会をどうにか出来ないんですか?」

「人を救う組織だった筈が、名声を高める為だけに敢えて病人を作り出すだなんて本末転倒もいい所だ。でもねぇ、君が浄化した霊石だけでは、管理していた聖教会を問い正しても盗まれたと言い逃れできるんだよ。だから罪に問うには、確実にそれを行なっている現場を押さえたい」


 そうして、底の知れない白銅色の瞳が私を真っ直ぐ見据える。視線が重なれば、彼はいっそう艶やかな笑みを浮かべた。


「そこで鍵となるのが君なんだよ、エマちゃん」

「私……?」

「あちらの計画では、エズ村で実験をした後、王都に霊石を持ち込む筈だったんだろう。だが、()()()村に帰省した青年が居た事で、一足早く王都に病が持ち込まれ、しかも君が先に村までまるごと救ってしまったんだ。これは聖教会は全く予想していなかった事だよねぇ」


 病を広めてしまったと、テオさんは物凄く後悔していたけれど、逆を考えればテオさんがいなければ病の存在は知られる事もなく、エズ村は全滅していただろう。だから、彼は本当に()()()()()()のだ。


「そして、ここでエマちゃんが異世界から召喚された400年ぶりの聖女様として大々的に国から発表されたらどう?しかも既に病を救っている実績もあるし、病に有効なコーディアルまで作ってる。聖教会がやりたかった事を、根こそぎ奪ってしまえるよねぇ」

「それで、囮というからには、私は出来るだけ目立って彼らに狙われろって事なんですよね?」


 溜息混じりにそう言えば、マリユスさんは喜色満面といった笑みを浮かべる。一見するとうっとりするような笑顔だが、私にはどうにも怖さの方が勝ってしまう。


「いい機会だから、聖教会の上層部と、国の老害達も一網打尽にしたいんだよねぇ。だから、エマちゃんには聖女様……いいや、大聖女様として派手に立ち回ってくれると嬉しいなぁ。美味しそうな餌だから、きっとたくさん食い付いてくるよ」

「おい、エマを餌扱いするな!だから嫌だったんだ……お前がいる謁見なんて無視すれば良かった」


 マリユスさんの視線から隠すように、私をぎゅうぎゅうと抱き締めてくれるアリスさんに、胸に灯りが灯った様な温かさを感じる。本気で私の事を心配してくれているのが、言いようも無く嬉しかった。


「アリスさん……大丈夫ですよ!エズ村に聖教会がした事は私も許せないですし、私が表に出る事で解決する事があるのなら協力します」

「……お前、変に畏まられるの苦手だろう?矢面に立てば、もうそういうものから逃れられんぞ」

「あはは……もう、こうなったら仕方ないです。それに私が大聖女になったとしても、アリスさんは私への態度、変わらないでしょう?だから大丈夫です」


 少し苦笑混じりにそう言えば、アリスさんは一瞬顔を歪めた後、また苦しいくらいに抱き締めてくる。ここが謁見の間で、陛下とマリユスさんの前じゃなければ、彼の想いと腕の温かさに泣いてしまいそうだった。


 暫くその状態でいれば、聞こえよがしに大きな溜息が漏らされる。


「本当に君達、人前で見せつけてくれるよねぇ。まぁエマちゃんが協力的なのは良かったよ。あ、囮っていっても安全には配慮するし、呑気に過ごしてるヴィクトルもそろそろ復帰させようと思ってるんだよねぇ。だからエマちゃんが危なくなる事なんてないから安心してよ」

「待て、ヴィーを復帰させる話は俺は聞いていないぞ!?あいつはまだ本調子じゃない。騎士団はまだ無理だ」


 相変わらずヴィーさんに対して過保護なアリスさんがすかさず声をあげるのだが、マリユスさんは少し肩を竦めただけで取り合うつもりはないようだ。恐らく既に決定事項なのだろう。


「新しい騎士団長が頑張ってるのに、そこに元騎士団長を放り込んだらいろいろと面倒でしょ。だからヴィクトルは大聖女様の専属護衛騎士に任じようかと思うんだ。何せ彼の足の事は国民の皆が知る所だからねぇ。それを治した大聖女様の護衛騎士になるだなんて、民が喜びそうな話じゃないか」

「っ……!お前は、エマだけじゃなくヴィーまで見せ物にするつもりなのか!?」


 咄嗟に止めようとするのだが、私が手を伸ばすよりも早く、彼の腕はマリユスさんの服の首元を掴み上げていた。怒気を隠そうともしないアリスさんに対して、マリユスさんの瞳は揺れる事もなく凪いだままだ。冷静な瞳は、まるで観察する様に、じっと彼に注がれている。


「君の万能な結界という真綿に包んで守るだけじゃ、エマちゃんにもヴィクトルにも為にならないよ。最初はそれで良かったのかもしれないけど、ヴィクトルはもう立ち直ってる。安全な箱庭からそろそろ出してやるべきだと思うけどねぇ」

「そんな事は解っている……!くそっ……」


 アリスさんは露骨に眉を顰めた後、掴んだ手をゆるゆると下ろした。私から表情は見えないのだが、複雑な思いが渦巻いているだろう事は解る。


 マリユスさんは何もなかったかのように、乱れた衣服を整えると、私の方へと向き直り、にっこりと微笑んだ。


「そういう事だから、ヴィクトルには後程正式に通達するけど、帰ったら教えてあげてくれる?また陛下の――王国の為に君の力が必要だって」

「!解りました、ヴィー兄様には伝えておきますね」

「うん、エマちゃんは素直で可愛いねぇ。アリスティドに飽きたら是非声を掛けて。一夜の夢を見せてあげよう」


 すうっと蠱惑的に細められた瞳と僅かにあがる口元が、色気三割り増しなのだが、一晩だけの関係前提なのがなんとも言えない。苦笑を漏らしながら、私はアリスさんの腕に自分のそれを絡ませ、引き寄せた。驚いた様子で目を丸くする彼に、ふっと笑みが溢れた。


「お誘いは有難いですけど、そんな事には絶対になりませんので!謹んでお断りさせて頂きます」

「ふはっ……マリユス、お前の完敗だな」


 きっぱりとそう言えば、これまで玉座で成り行きを見守っていた陛下が堪らずに笑い声をあげる。ぽかんとして見上げれば、可笑しそうに肩を震わせていた陛下は、私の方へと優しく微笑んだ。


「アリスティドとエマも、マリユスがいろいろと不快な思いをさせただろうが許してやってくれ。全ては私と、国を思っての事なのだ」

「レオ……不快って酷いなぁ」

「真実だろう。お前は本気なのか演技なのか解り難い。だが、お前程頼りになる者はいないから、私はお前の事を誰よりも信頼しているのだ」


 心底そう思っているだろう微笑みを向けられ、マリユスさんは少し居心地が悪そうではあったものの、僅かに苦笑を漏らしていた。だが、その表情は今までで一番穏やかな顔をしていた様に思う。それだけ信頼しあっているのだという事が傍目にもとてもよく解り、私も釣られて笑みを零すのだった。






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