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37 美味しいお酒とグラニテ

「エマ……明日、謁見する事が決まった」


 流行り病の騒動から数日後、あの後レモン農園主のジョルジュさんが侯爵家にもお礼のレモンを持ってきてくれたので、最近はレモンを使ったスウィーツ祭の真っ最中なのだ。


 今日はレモンとジンジャーコーディアルを使ったグラニテなのだが、グラニテとは果汁とシロップを凍らせたソルベの様な物だ。氷が細かく、舌触りが滑らかなソルベに比べて、グラニテは氷の粒が大きめでざらざらとした食感が楽しい氷菓なのである。


 しゃりしゃりとしたグラニテを口に運びながら、隣で表情を暗くしているアリスさんに、小首を傾げた。王様との謁見だなんて、滅多にない事だから緊張しているのだろうか。


「それはおめでとうございます?謁見って王様に会うんですよね!凄いなー!また、どんな方なのか教えてくださいよ」

「何を他人事の様に言っている。俺だけじゃない、お前もだ。お前も明日、陛下に謁見するように呼ばれてるんだぞ」

「へっ?」


 グラニテと刻んだレモンピールの爽やかな味わいが口いっぱいに広がる中、アリスさんが言う意味が理解出来ずにぽかんとしてしまう。一体誰が誰に会うと今言ったのか。


「は?いや、待ってくださいよ……?なんで私まで謁見しないといけないんですか!?」

「お前……レモン農園はともかく、エズ村であれだけやらかしておいて無関係ですというのは、どう考えても難しいだろう」

「うっ……それは確かに……」


 まだコーディアルの作成だけなら言い逃れも出来たのだろうが、エズ村では呪物になった霊石の浄化をしてしまっている。あれは確かに、無関係ですとは言えないだろう。


「お前の存在を隠しては、報告できない事が多すぎたんだ。覚悟はしておけ」

「うぅ……はい……私、そんな偉い人と会うマナーとか何にも解りませんよ……」

「俺も隣にいるのだから、とりあえずは俺の真似をしておけば大丈夫だ。……ただ、一つだけお前に注意しておく事がある」


 至極真面目な顔で私を見据える彼に、私もグラニテをテーブルに置き、姿勢を正す。


「いいか、陛下はともかくだ。陛下の傍に居る宰相とは絶対に目を合わせるな。極力奴とは話もしなくて構わん。いいな?」

「へっ?注意ってそういう事ですか?宰相さんって、王様の国政を補佐する人の事ですよね?なんでそんな……」

「奴を一目見れば、俺が言った意味が解る筈だ。俺はお前の事を信じているが、それとは関係なく嫉妬はする。頼むから、俺の心の平穏の為にも――って何を締まりの無い顔をしている」


 てっきり聖女の立場とかそういう真面目な話かと思えば、まさかの嫉妬するから他の男を見るなという話だ。きっとその宰相さんとやらは物凄く顔がいいのだろう。だから先に釘を刺しておこうだなんて、そんなの嬉しいに決まってる。


 憮然とした表情になる彼とは裏腹に、私はどうにも顔が緩んでしまうのを止められない。へらへらと笑みを浮かべていれば、伸びてきた手におもいっきり頬をむにっと摘まれてしまった。


「い、いひゃい……!」

「ふっ……間抜け面だな。いっそ奴の前でもこの顔なら心配いらんのだがな」


 むにむにと私の頬を暫く堪能していた彼は、忌々しそうに溜息を漏らした。彫刻フェイスのアリスさんがここまで心配する宰相さんとは、一体どんな美形なのかと逆に気になってしまう。だがしかし――


「心配しなくても、私はアリスさんが一番格好いいと思ってますよ。確かに顔がいい人には弱いですけど、それは信仰心であって、傍に居たいとかそういうのとは全然違いますから!」

「なんだその信仰心というのは。本当にお前の言う事はよく解らん。解らんが……お前の一番が俺であるならそれでいい」


 あ、これはキスの流れだなと、最近はアリスさんの表情と雰囲気で解る様になってきたのは進歩したと我ながら思う。後少しで唇が触れ合うというその時だった。勢いよく開かれる扉の音に、びくりとして其方を向けば、そこにはワインとグラスを持ったヴィーさんがにっこりと佇んでいた。


「エマ、聞いたよ!明日陛下に謁見するんだってね。陛下のご尊顔を拝謁する名誉……これは前祝いをしないとと思って来たんだが、お邪魔だったかい?」

「あぁ、邪魔だ。今いい所だったんだぞ」


 明らかな舌打ちをしながら、アリスさんはじとりとした目をヴィーさんに向けた。ヴィーさんはそんな彼の視線など気にした様子もなく、向かいのソファへと腰を下ろすと、手慣れた様子でグラスにワインを注いでいく。


「いつも防音魔術まで使っていちゃいちゃしてるんだから、たまには邪魔もするよ。そもそも、まだ婚約なんだからね?婚姻するまでは、もっと適切な距離を保つべきだと兄様は思うよ」

「口煩い奴だな。もう小姑の様だぞ」

「エマ、アリスが酷い事を言うんだよ。エマは兄様の味方だよね?」

「あ……ははは……それよりも、美味しそうなワインですね!いい香りもします!」


 不毛な争いになりそうだったので、つい乾いた笑いを漏らしつつ、必死に話題を変える。私もワインを飲もうとするのだが、伸ばそうとした手はアリスさんに掴まれてしまった。


「お前は酒に弱いだろう。明日は謁見もあるんだ。飲むなら一口だけにしておけ」

「えぇ?そんな事ないですよ。こんなに美味しそうなのに……」

「リリアーヌの誕生日パーティーで、一杯で酔ってた奴がよく言うな」


 ムッとして見やれば、アリスさんは怪訝そうに眉を顰めていた。


「いや、あれは酔ってませんよ!記憶もちゃんとあるし!」

「あれは確実に酔っていた。お前は酔うと素直になるからな。ヴィーもいるから今日は駄目だ」

「何それ。アリス……君本当に独占欲が強くなってるね。うちの兄上みたいだよ」

「おい、あれと一緒にするな。あれ程酷くはないだろう」


 呆れた様子で見てくるヴィーさんを、憮然とした顔でアリスさんが見た隙をついてワインのグラスをとると、ぐいっと飲み干す。やはりとても上等なワインだ。凄く美味しくて、ふわふわとした良い心地だ。


「あっ!馬鹿、お前……!一気に飲む奴があるか!?」

「これ、めちゃくちゃ美味しいですよ!ほら、アリスさんもヴィー兄様も飲んで飲んで!」

「あぁ……何でお前はそう無防備に笑うんだ。俺の言う事なんて聞きもしないし……くそっ!おい、今日はもう徹底的に飲むぞ!」


 アリスさんもぐっと飲み干すのを、私は手を叩いて喜んでいたのだが、それから先の記憶は酷く曖昧だった。


 気付いた時には朝になっていて、私は何故かちゃんとベッドに寝かされていたものの、部屋にある応接セットのソファには、完全に酔い潰れたアリスさんとヴィーさんが何故か半裸でまだ寝息をたてていた。ワインの空瓶が、何本もテーブルと床に転がり、脱いだ服が散らかる大惨事だ。なんでこんな事になっているのか全く見当もつかず、完全に二日酔いで頭も痛い。


「うぅ……昨日の記憶が全然無い……今日は確か……」


 昨日の記憶を必死に手繰り、ハッとする。今日は王様との謁見があると言っていたではないか。頭が痛いのを我慢しながら慌ててベッドから抜け出すと、テーブルに突っ伏している二人を思いきり揺さぶる。


「二人共!起きてください!!今日は王様に謁見するんですよね!?何時からなんですか!?」

「う……!?っの馬鹿……!大声を出すな、揺らすな!頭に響くだろ!?」

「エマ……もう少し優しく……」


 頭を抱えて呻く二人に、今度はゆっくりと静かに語りかける。


「落ち着いて聞いてください。もう、朝なんですよ……王様との謁見ってまさか午前中じゃないですよね……?」

「謁見……?」

「そうだ!昨日は、それでエマのドレスの事とか話そうと思っていたのに、うっかり飲みすぎて……!」


 すぐにハッとしたヴィーさんに対して、アリスさんはまだどこかぼんやりとした様子だったのだが、少しずつ頭が働いてきたのか、段々と焦った顔つきに変わっていく。


「まずい、謁見は昼過ぎだ。俺はともかく、エマは支度に時間がかかるから急がねばまずいぞ……!陛下にお会いするのに、下手な格好はできん」

「ひぇぇ!?み、ミミとメイドさん達、急いで呼ばないと……!その前に二人共、ちゃんと服着てください!なんで上脱いじゃったんですか!?」


 床に落ちている服をさっと掴むと、二人の方にぎゅうぎゅうと押し付ける。


 その後もあたふたと慌てて準備に取り掛かり、メイドさん達の尽力あってどうにかギリギリで体裁は整ったものの、朝食を食べる時間はなく、当然昼食も食べている暇もない。着替えながら少しだけ軽食を摘んだものの、空腹だし、二日酔いで頭は痛いし、こんな調子で謁見は大丈夫だろうかと、不安しかなかった。






読んでくださってありがとうございます!

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