35 病に侵された村
「ここがエズ村なんですが……」
翌日、同行する魔術師さんの人数も増やし、農園から連れてきたテオさんも一緒に、感染が広がっているというエズ村の入口に転移する。
平地ではあったが、エズ村は山の麓に位置しており、周囲は森に囲まれ、近くには川も流れていた。家々は石積みの平家で、見渡せる数は100軒には満たない位だろうか。奥の方までは見えないのでまだ家がありそうではある。
一見すると自然豊かな農村に見えるが、早朝とはいえ不気味な程に静まり返っており、外に人の姿は見られない。なんとなく嫌な感じのする空気が、この村周辺に纏わりついている様な気もする。
「ちょっと静かすぎません……?早朝だからまだ寝てるのかもしれないですけど、でも……」
「普段なら、早朝でも年寄り連中が畑に出てる筈なんです……!くそっ……父さん、母さん……!」
「あっ!テオさん、待って……!」
走り出してしまったテオさんは、私の声掛けにも止まる様子はなく、一目散に村の奥の方へと駆けていってしまった。
「所長、我々も手分けして一軒一軒回りましょう」
「あぁ……これはまずい事になっているやもしれん。此処が病の発生源であるなら、何が原因かはまだ解らん。妙な魔術の気配も感じる――皆、周囲に気を付けて対応にあたれ」
「「「はい!」」」
魔術師の皆さんがそれぞれ分かれて家に向かうのを見て、私はアリスさんに視線を向けた。
「私はテオさんが心配なので、彼を追いかけますね」
「待て、流石に昨日の様に目の届く範囲でもない所でお前を一人にする訳にはいかん。俺がついてやりたいが、他にすべき事がある。必ずクレイルの妹と共に行動して離れるな。頼んだぞ、サントリナ」
「はっ!私の命にかえても、エマ様はお護りいたします」
姿勢を正し、礼をとるミミにアリスさんは無言で頷くと、私の方へと心配そうな目を一瞬向けたあと、何処かを厳しい表情で見つめていた。眉間の皺が、どんどん深くなっていく。
「アリスさんはどうするんですか?さっき妙な魔術って言ってましたけど……」
「どうもこの村を取り巻く様に、妙な術式の魔術が働いている様だ。そうなるとこの流行り病は、魔術が原因の可能性が高まった――何者かが、作為的に病を広めたという事だ」
「っ……!?そんな酷い……!」
生き物を介してや、水の汚染が原因ならば、知らず知らずに病が広まってしまうのは仕方がないと思うのだが、こんな人を苦しめる病をわざと誰かが広めただなんて事は想像もしていなかった。それは、不特定多数の人々を狙った殺人であると言える。
「俺はこの魔術の源を探す。こんな非道な行いをする者が、潜んでいる可能性もあるのだ。絶対に一人になるんじゃないぞ」
「解りました。アリスさんも気をつけてくださいね……!」
そう言えば彼は一つ頷き、先程見ていた方向へと駆けていく。どうか彼に何事もないようにと、私は祈る事しか出来なかった。
「……私達も行こう。テオさんを探さないと」
「はい。私が先導しますので、エマ様も離れずについてきてください。何があるか解りませんから」
「うん……!気を付けて行こう……!」
私とミミは互いに頷き合い、彼が向かった村の奥の方へと慎重に歩を進める。奥へ奥へと進んでも、やはり人影は見られない。ただ、微かに物音や息遣いは聞こえるので、家の中に誰かがいる気配はあった。
「テオさーん!どこですかー!居たら返事してくださーい!」
周囲を気に掛けつつ、声をあげながら進んでいた所で、少し離れた所にある家の扉が勢いよく開かれた。
「聖女様っ……!父さんと母さんを助けてください……!熱がっ……物凄く高くて……!」
「っ!」
彼の顔は涙で濡れ、自分の事の様に表情が苦悶に満ちていた。私達は弾かれた様に彼の家へと駆け出す。
こじんまりとした家の寝室には同じベッドに彼のご両親が寝ていたのだが、症状はレモン農園の人達と全く同じだ。苦しそうな息遣いを繰り返している二人に、私とミミでそれぞれコーディアルをゆっくりと含ませていく。ややあって息遣いは落ち着いていき、その瞳がゆるゆると開かれた。
「っ……テ、オ……?お前、どうして……!?」
「お前、暫く帰るなとあれ程言ったというのに……」
「父さん、母さん……!良かった、良かったよ……!」
驚き、目を見開く二人に、テオさんはぽろぽろと涙を流しながら二人を抱き締める。状況が解らないご両親は戸惑っている様子だったが、子供の様に泣き声をあげるテオさんの背を愛おしげに撫でていた。
「しかし、もう駄目だと思ったんだがどうして――」
「聖女様が助けてくださったんだよ」
「あっ!ちょ、ちょっとテオさん!」
「あっ!?も、申し訳ねぇ、聖女様……オレ……」
聖女だという事は内緒にという事だったのだが、感極まっていたテオさんはうっかりと口を滑らしてしまう。私の声に、彼はハッとしてしゅんと項垂れるのだが、時既に遅く、彼のご両親は目を丸くして私を見ていた。
「せ、聖女様!?まさか、本当に!?」
「聖女様がこんな村にまで来てくださるだなんて、そんな……神よ、感謝します」
ご両親共、ぽろぽろと涙を流しながら私に何度も頭を下げてしまい、私はつい苦笑を漏らす。どうやらテオさんが涙脆いのはご両親譲りらしい。
「そ、そうだ聖女様……!村中で病が広がっちまってるんです……!」
「それなら今、魔術研究所の魔術師さん達が手分けして回っていますから大丈夫ですよ」
「聖女様は魔術研究所の方なんですか?聖教会ではなく?」
きょとんとした様子のお母様に、やはり聖女といえば聖教会が真っ先に浮かぶのだなと思ってしまう。それだけ聖女と聖教会は人々に根付いているのだろう。
「私の婚約者が魔術研究所の所長をしてるので、それでです」
「まぁまぁ!そうでしたか!」
腕にしている婚約の証の腕輪を見せながらそう言えば、彼女は喜色に満ちた笑顔を綻ばせていた。
「それで父さん、村の状況は……?」
「お前がこの間帰ってきた時、既に病は広がり始めてた。最初に罹ったのは川沿いに住んでる奴らだったんだが、始めの方に罹った奴らはあっという間に死んじまったよ……それでも病は収まらねぇ。気付けば村中がこの有様だ」
「お前が帰ってから、私達もやられちまってねぇ……後少し遅かったら、こうして会えんかっただろうさ」
話を聞くと、最初の感染者は悪化するのが明らかに早かったようだ。川沿いという事は、その辺りに原因となる魔術が仕掛けられていたのだろうか。
「あの……実は、私の婚約者が今回の病は魔術が原因の可能性が高いと言っているんです。村全体を、妙な魔術が覆っているらしく……」
「へっ!?そうなんですかい!?」
「そんな病を起こすような大層な魔術、使える奴はこの村にはおりません。皆、料理をする火を起こしたり、作物の成長を促進させるような簡単なやつしか使えませんで……ただ……」
お父様はそう言って、記憶を手繰っている様子で考え込む。暫くすると、ハッとした表情を浮かべた。
「そうだ!人伝に聞いたんで、直接見た訳じゃねぇんですけど、亡くなった川沿いに住んでたもんが、妙な奴を見たって話してたみてぇなんです」
「妙な奴、というと……?」
「小さな村なんで、余所もんはすぐ解ります。どうもそいつは、こんな村じゃ見かけねぇ上等なローブを着た綺麗な女を川の近くで見たって話してたらしいんです。訳ありの貴族の娘さんじゃねぇかって。声を掛けたらしいんですが、どうも怯えて逃げられちまったと……金の髪に翡翠の瞳の、そりゃあ綺麗な娘さんだったって話です」
金の髪に翡翠の瞳の綺麗な娘。その特徴に該当する人物を私は一人しか知らないのだが、彼女は聖教会の本部で厳重に守られている筈だ。こんな所に居る筈もない。
「その娘さんが関係あるかは解りませんが、川の辺りになんらかの原因はありそうですね……」
「エマ様、恐らくアングレカム魔術師長もそちらにいらっしゃるのではないかと……先程向かわれたのは川の方角でしたから。気になるのでしたら、向かわれますか?」
「そうだね……でもまだ村の人達も助けたいし……」
手元に視線を落とせば、コーディアルはまだ沢山ある。小さな村とはいえ、まだまだ魔術師さん達では全部を回れる数でもない。逡巡していた所で、テオさんとご両親が顔を見合わせ、手を挙げた。
「それでしたら聖女様、オレと両親がそれを飲ませて回ります!」
「私達もすっかり回復しましたし、自分達の村の事なんですから、任せてください!」
決意を込めた瞳で此方を見てくる彼等と、手元のコーディアルを見やり、ミミにも視線を向ければ、彼女もこくりと頷いてくれた。
「でしたら、お願いしてもいいですか?急ぐと咽せてしまうので、ゆっくりと飲ませてあげてください」
「解りました!聖女様の為にも頑張ります!」
そうして彼等に私とミミの持っていたコーディアルを託し、私達は問題の川へと向かうのだった。
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