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34 心の拠り所

「本当に……!この度はありがとうございました!!言葉では足りないくらい、感謝しております!!」


 全ての人の治癒が完了し、劣悪だった主屋の清掃を皆で協力して行った所で、陽は完全に落ちてしまっていた。


 用意してきた簡易食を完治した人々に配り、ようやく一息ついたので、私達も遅い夕食をとっていたのだが、そこに地に頭がつくのではないかという勢いでやってきたのが自身も病に罹っていたこの農園主さんだ。恰幅も良く、髭を蓄えたとても人の良さそうな顔をしている。


「そんな、顔をあげてください!皆さん元気になって、本当に良かったです」

「うぅ……なんとお優しい……まさか聖女様がこの様な所まで来てくださるだなんて思ってもおらず……」

「へっ!?いや、私は……その……」


 他にも女の人はいるし、皆で手分けしてコーディアルを飲ませていたというのに、何故か農園主さんは私だけを見てそう言うのだから、思わず言葉に詰まってしまう。


「な……んで、そう思ったんですか?私は聖属性の力も使っていませんし、特別な事は何もしていませんよ」

「聖女様が直接診てくださった者達は皆、貴女様が聖女様であると申しておりました。貴女様だけが、あの飲み物で我々を治してくださった時に、奇跡の様な効果に驚きもせず、ただただ我々を気遣い、微笑んでくださったと……」


 涙ながらに話す農園主さんの言葉に、私は思わず皆の方をじとりと見る。皆何故か視線を逸らしてしまい、全く視線が重ならない。


「皆さん、まさかとは思うんですけど、今の話は……」

「え、エマ様……!だって私達、鑑定の術で治癒効果があるのは解ってましたけど、初めて使ったんですから、そりゃ驚いちゃいますよ〜!」

「しかも服用した時に鑑定すると、物凄く綺麗な聖属性の術式の展開が見えたんです!あれは最早芸術でしたよぉ!」

「俺はつい探究心に勝てず、服用してからの反応や効果の現れるまでの時間なんかをレポートに細かく纏めてしまってました!本当にすみません……!」


 口々に言い出す魔術師さん達に、アリスさんは呆れた様子で溜息を漏らした。


「お前たち……後で所長室に来い。ヒューゴはそのレポートも必ず持参するように」

「ちょっとアリスさんまで何言ってるんですか!」

「……そもそも、土台無理な話だったのだ。我々魔術師とお前では、対応に差が出るのは当然だろう。クレイルの妹は騎士だけあって対応が堅いしな」


 要するに、アリスさん達がうっかりコーディアルの実証実験の様な感覚になってしまっていたせいで、私の病人を前にしたら誰でもするような対応が際立ってしまったのだろう。


 聖女だとバレない様にするんじゃなかったのかと、つい大きな溜息が漏れてしまった。そうして一連のやりとりを見ていた農園主さんが、私の溜息に目に見えておろおろとしだしてしまうのが目に入る。


「あの……私、何かまずい事をしてしまったでしょうか?」

「あ、いえ、今の溜息はあなたのせいでは……えーと、まだ名前を伺ってなかったですね」

「聖女様に名前も申し上げず、大変失礼致しました!私はこの農園の管理をしておりますジョルジュと申します」


 恐縮しながら慌てて頭を何度も下げるジョルジュさんに苦笑を漏らしつつ、安心させる様に微笑む。極端に畏まられるのは苦手なのだが、なかなかままならないものだ。


「私はエマです。あの、できれば私が聖女だというのは内緒にしておいてほしいんです。皆さんもどうか、お願いします」


 此方を遠巻きに見ている人々を見回し、頭を下げれば皆さん慌てた様子でこくこくと頷いていた。


「聖女様が我々の様な者に、そんな風に頭を下げられるだなんて、勿体無い事です……!」

「……ところで、今回の病の発生源に心当たりってありますか?何かしら原因はある筈なんです」


 伝染病の場合、原因は様々考えられるのだが、古くからよく見られるのは、鼠や蚊などの生物を介して広まるものだったり、汚染された水を摂取したりというものだろう。現代ほど衛生状態が良くなかった中世においては、こういった伝染病は物凄く恐れられていたのだ。


「それなのですが、その……」

「この農園に広めちまったのはオレなんです……!」


 言い難そうに口籠るジョルジュさんの声を遮る様に、遠巻きにしていた人々の中から顔を真っ青にした青年が一歩進み出てくる。見るからに栄養が足りていない痩せた身体は、心配になるほどに震えていた。


「少し前に王都の近くのエズという村に帰省したんです。そうしたら村では変な病が流行ってて……両親はまだ罹ってなかったけど、暫く村には帰ってくるなって追い返されちまったんです。でもどっかでオレ、その病を拾ってきちまったみたいで……オレ……オレは……!」


 ぽろぽろと涙を流しながら喋る青年の姿は、あまりにも悲壮感に溢れていた。所々詰まらせながらも、必死に言葉を紡ぎ続けるその表情には、懇願が浮かんでいる。


「村ではもっと前から流行ってたから、たぶんもう死人も出ちまってるんです……!こんな事になっちまった原因のオレが頼める事じゃねぇってのも解ってます……!でも聖女様……オレは……!」

「大丈夫……!あなたのご両親も、村の人も出来るだけ助けるから!」


 労る様に彼の手を握り、真っ直ぐにその瞳を見据える。精一杯の笑顔で微笑めば、彼の瞳からは更に涙が溢れだし、何度も何度も頷いていた。私も合わせて頷いていれば、後ろからは諦めた様な溜息が聞こえる。


「……やはり感染者は此処だけではなかったな。だが、コーディアルの準備もせねばならんし、今日はもう遅い。村に向かうのは明日の朝だぞ」

「アリスさん……!」

「そんなに嬉しそうな顔をするな。とにかく、一旦研究所に戻るぞ」


 視線を逸らす彼の頬は僅かに赤くなっていたから、照れているのだろう。ふっと笑みを零したところで、先程の青年が決意を込めた表情で私を見据えた。


「あの……!オレも同行させてください……!この中で、村の事に一番詳しいのはオレです」

「でも、あなたは病み上がりだし……」

「オレ、何にもない村がずっと嫌いだったんです。嫌で嫌でたまんなくて、王都に働きに出て――でも変わらずに村があるのは当たり前だとどっかで思ってた。だからこんな事になっちまって初めて、村がある事がどんだけ支えだったのかってのが嫌でも解っちまって……」


 帰る家があるという事は、それだけで心の支えになる。


 この世界に来て、最初は元の世界に帰れず、私の家と呼べる場所がなかったから、助けてくれる人達がいてもどこか寄る辺がなかった。でも、侯爵家別邸でお世話になる様になって、アリスさんが傍にいてくれて、今では私の帰る家はあそこ以外に考えられない。


 彼の気持ちが痛い程に解り、私は縋るような思いでアリスさんを見やる。彼は私の視線を受け、一つ溜息を漏らした後、ゆっくりと頷いてくれた。


「コーディアルの効果は数日は継続する。明日なら村に行っても感染はしないだろう」

「!良かった……!あなたが一緒なら、村の人も安心すると思います。一緒に行きましょう!えーと……」

「テオです。本当に、本当に……!オレなんかの願いを聞いてくださってありがとうございます……!」


 そう言ってテオさんはまた涙を流しながら、何度も何度も私達に頭を下げていた。






「ところでエルダーフラワーのコーディアル、まだあるんですよね?」

「あぁ。水割りにしているから、小さな村一つくらいならどうにかなるだろうが、念の為研究所に戻ったら追加で作ろうと思う」

「あの……一つ伺いたい事があるのですが……」


 魔術師の皆さんが帰り支度をしているのを見ながら、明日に向けてアリスさんと相談していた所で、おずおずとした様子でジョルジュさんが声を掛けてきた。


「なんだ?」

「ひっ!い、いえ……あのコーディアルという物、レモン汁が使われていた様に思いまして……」


 アリスさんはいたっていつも通りの様子で聞き返しただけなのだが、ジョルジュさんは物凄く怯えていたのがとても気の毒だったものの、流石レモン農園主だけあって僅かに使われたレモンの風味に気付いていたらしい。


「凄い!ハーブの香りと味の方が強いのに、よく気付きましたね」

「それは勿論、毎日食べておりますから。それであの、今回のお礼にレモンを定期的に魔術研究所の方にお届けさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「えっ!?でも、今回の事でレモンの生育に影響とか、風評被害とかで大変なのでは……」


 此処から離れた別邸にも、商人さんを介して噂が聞こえてきたのだから、この周辺や商人さんの間でも流行り病の噂は広まっているのは間違いない。命は助かったけれど、きっとこれから大変だというのに、本当に大丈夫なのだろうか。


 目を丸くしてジョルジュさんを見れば、彼はやや苦笑を漏らした。


「聖女様、ご心配くださりありがとうございます。ですがこれは、少し打算もあるのです」

「打算、ですか……?」

「こんな奇跡のような飲み物に、うちのレモンが使われているとなれば、評判にもなるでしょう?流行り病を癒す飲み物の存在は、今回の事で王都に知れ渡るのも時間の問題でしょうから」


 ちらりと隣にいるアリスさんを見れば、彼は面白そうに目の前のジョルジュさんを見据えていた。


「それはまぁ違いない。落ち着いた所で、国王陛下から国民に今回の顛末は知らされる事になるだろうからな。だが、それを馬鹿正直に言ってくる所は悪くない」

「私は、正直さを何より大切にしてやってきていますから」

「解った。此方としても、無償で提供してくれるのは有り難い。都合が良い時に届けてくれれば構わん」


 彼を見るアリスさんの瞳は、とても優しくて、穏やかで。それは私が大好きな表情だった。






読んでくださってありがとうございます!

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