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閑話 魔術師長は癒されたい

アングレカム魔術師長視点です。

「――以上が今回の報告です。引き続き、彼女の身の安全を第一に計画を進めて参ります」


 ルドベキア王国、王都の北に位置する王宮。謁見の間には俺を含め三人しかいない。(こうべ)を垂れる俺に、玉座からは真に気遣わし気な声が掛けられた。


「アリスティド、いろいろと苦労をかける。私がもっと彼等を抑えられていれば良かったのだが……」

「いえ、陛下は立派に役目を果たしておられます。それに陛下のお力添えがなくば、俺はまだあの男を破滅させられていなかったでしょうから、感謝しております」

「いや、私はお前を推挙しただけにすぎぬ。全てはお前自身が成し遂げた事に相違あるまい」


 そう言って柔らかく微笑む彼はこの国の王、レオポルド・ウル・ルドベキアその人だ。


 黄金の髪に翡翠の瞳をしているのだが、この色は特に王家によく見られるもので、あの悲劇の王女アンジェリクも彼の祖先となる。俺よりも少し年上のまだ若い王は、物腰も柔らかく、国民を案じ寄り添える優しさを持っている。


 ただ、それを軟弱だと捉える老害がいるのもまた事実であり、奴等はこの優しい王を侮っているのだ。気が弱く、何も出来ぬと高を括り、表では笑顔を装いつつも、裏では聖教会と通じ、癒着しているのを気付かれていないと思っている浅はかさ。


 俺や、彼の隣で食えない笑みを浮かべている宰相に虎視眈々と追い詰められている事さえ気付いていないのだから、いっそ愉快であるとも言える。


「……それに、今は身重の妃殿下に付き添われるのが一番かと」

「へぇ!まさか君からそんな言葉が出るようになるだなんて驚いたなぁ。君、カトゥリン王妃の事なんて欠片も気に掛けた事なんてなかったでしょ。本当、人って変わるものだねぇ……エマちゃんの影響かな?」


 玉座の横でくすくすと可笑しそうに笑う宰相を睨みつけるのだが、彼はさして気にした様子もなく此方を見ていた。


「おい、何故お前が馴れ馴れしく名前を呼ぶ?俺は許可していないぞ」

「なんで君の許可がいるの。本当、君って思ってたより独占欲が強いよねぇ……婚約披露パーティーには俺だけ呼んでもらえなかったしさ。俺もエマちゃんに会いたかったなぁ」

「あれはそもそもリリアーヌの誕生祝賀パーティーだ。あのアレクサンドルが、お前の様な軽薄な男を招待する訳がないだろう」


 そう言えば彼は肩を竦めてはいるものの、全く応えた様子は見られない。


 ワインレッドの長い赤髪に白銅色の瞳はやや垂れていて気怠げに見える。このマリユス・サンビタリアという男は、頭はとんでもなく切れるのだが、この何処か退廃的な色気であらゆる女を惑わすともっぱらの噂だ。


 来るもの拒まず、去るもの追わずで誰にも本気になった事がないという酷い男なのだが、それでもいいからと言い寄る女が後を絶たないらしい。


 その生き方は全く理解できないのだが、宰相としての仕事ぶりはあまりに有能であるので、今まではそれを特に気にしてはいなかった。


 だが、エマと婚約した今となっては、彼女に近付けてはならない類の男であるというのがよく解る。エマの事は信じているが、この男に惑わされるなど万が一にもあっては耐えられない。確かリリアーヌの一つ年上だったと記憶しているが、道理であの嫉妬深いアレクサンドルが毛嫌いしている訳だ。


「君をそんな風に変えた子、興味があるんだけどねぇ。レオ、君からもなんとか言ってよ。エマちゃんに会わせてあげなさいってさ」

「マリユス……お前が誰か一人に絞ってくれれば、私もアリスティドに堂々とそう言えるのだが」

「そうだねぇ。まぁ、今は我慢しておくけど、どの道、彼女が異世界の聖女様である以上、遅かれ早かれここに招かれる事態になるだろうから、その時まで楽しみにしておくよ」


 ふっと目を細めるその表情は喜色に彩られており、この顔に女達は騙されるのだなと思わずにはいられなかった。


「では、俺は研究所に戻らせて頂きます」

「あ、そうだ。エマちゃんに会えなくても、渡してほしい物があったんだよね」


 にっこりと微笑み、此方へと降りてくるマリユスを怪訝な表情で見ていたのだが、彼は俺の傍までくると、俺の手の中に何かを握らせたと思えば、そのままぐっと耳を寄せた。


「……『人形姫』が聖教会から消えたそうだよ」

「は!?」

「しぃ……こんな話、レオには聞かせられないでしょ」

「それは確かなのか?」

「俺の影からの報告だから間違いないよ。監禁に近い状態から逃げたのか消されたのかは解らないけれど、今聖教会の本部に彼女はいないそうだ」


 この男の影は極めて有能な者ばかりだから、情報に間違いはないのだろうが、あの『人形姫』が自ら籠を飛び出すなんて事が有りうるのだろうか。であれば彼女は――


「影にも探させてはいるけれど、君も気にかけておいてほしい。この事はくれぐれも内密に」

「あぁ、解った」


 俺が一つ頷いた所で、彼は表情を悲し気に切り替えたと思えば、わざとらしく泣き真似を始めた。


「レオ……アリスティドってば酷いんだよ。俺の心からの祝いの品を、俺が触った物じゃエマちゃんが穢れるなんて言うんだよ。流石の俺も傷付くなぁ……」

「なっ!?」

「アリスティド……流石にそれはマリユスが可哀想だ。これでも本心ではお前の事を案じているのだ。受け取ってやってくれ」

「は、はぁ……」


 本気でこの男の言い分を信じ、眉を下げる陛下に俺は引き攣った表情で頭を下げるしかないのだが、ちらりとマリユスを見やれば、何故か得意げに片目を瞑ってくるものだから、その表情が妙にいらつかせる。


 何故俺が全部悪いみたいな空気になっているのか納得できず、釈然としないままその場を後にするしかなかった。






「あ、所長!お帰りなさい。宰相様は何と仰られていました?研究費は増やしてくれそうでしたか?」

「そんな事より、エマ様は次はいつ来られますか?私達もまたお目にかかりたいんですよ!所長だけ独り占めしてるなんてずるいです!」

「本当本当!コーディアルのおかげで、肌はもちもちすべすべになったし、髪もツヤサラ……エマ様は私達の女神様なのに!」


 釈然としない謁見の後、研究所に戻ってみれば、丁度休憩時間だった様で、今日も今日とて美容コーディアルを飲んでいる女性魔術師達が口々に囃し立ててきた。


 エマが好かれるのはいい事だと思うのだが、彼女は必要以上に女性に優しい所があり、彼女達の事もかなり気にかけている。おかげで今ではこの有様だ。いつの間にか信者を増やしているのだから、なんとも言えないもやもやとした思いが湧き上がってくるのだ。


 本当に、自分がこんなにも狭量で独占欲が強かったとは思ってもみなかった。同性であろうが、彼女の一番の関心事は俺であってほしいと思っているのだから、その事に自分でも驚く。知らなかった感情が、どんどん増えている様だ。


 我知らず溜息を漏らし、拳を握り締めた所で、掌の中に何かを握っている事に気付く。そういえばマリユスが何かを寄越してきたんだったと思い出し、掌を開いたものの、出てきた物に眉を顰めた。


「……なんだこれは」


 それは薄ピンク色の貝の様だった。綺麗に磨かれ、貝とは思えない程の光沢を放っている。何故こんな物を渡してきたのか、その真意が全く解らない。まぁ『人形姫』の話をする為だったのだろうから、たいした意味はないのかもしれないが。


「それ、クイーンコンクシェルじゃないんですか?」

「知っているのか?」

「よくアクセサリーに加工される貝ですよ。とりわけ安産のお守り、に…………」


 説明していた女性魔術師も、周りの者達も、まさかという目で俺を凝視してくるのだが、とんだ思い違いだ。


「待て、違うぞ!そうじゃない!」

「えー?だって所長ってば、エマ様にはめちゃくちゃ甘えてたってマルゴが言ってましたよ」

「は?」

「ねー?この所長を甘えさせられるだなんて、エマ様ホント凄いわ……」

「赤ちゃんが産まれたら、是非連れてきてくださいね!楽しみ!」


 盛り上がる彼女達の声を遠くに聞きながら、俺は声をあげながら所長室へと急いだ。


「マルゴ……!お前は何を勝手にべらべらと喋った!?」


 勢いよく扉を開けるのだが、何かを察したのか、そこに彼女の姿はなく、俺は舌打ちを漏らすしかなかった。誤解を招く物を寄越したマリユスも、個人情報を漏らすお喋りなマルゴも、後で覚えてろよと思いながら転移の術を発動させる。


 今日は本当に疲れる事ばかりだ。もう別邸に戻ってエマを補給するしか俺を癒せるものなどない。


 そう思い、転移した先は別邸の彼女の部屋だった。目の前でオベールは惰眠を貪っているが、彼女の姿はない。まだ昼間だから工房にでもいるのかもしれない。工房へ向かおうと一階に降りれば、サロンの方がやけに賑やかな事に気付いた。


「えっ!本当に!?偉いなぁ……尊敬しちゃうよ」


 エマの弾んだ声が聞こえ、嬉しくなるのと同時に、誰と話しているのかと酷く落ち着かない。誰と話していて、そんなに楽しそうな声をしているのかと、もやもやとした思いが支配する。


 そっと覗いた所で、思わず目を見開き、勢いよく扉を開けてしまった。


「何故お前達が此処にいる!この悪魔共め!」


 サロンに居たのは、エマと二人の悪魔共だ。図々しくも、ディディエは彼女の膝の上に座っているし、シャルルも彼女の横にべったりだ。俺だってそんな事した事ないというのに、悪魔共は入ってきたのが俺だと解ると、一瞬にやりと笑ったかと思えば、余計に彼女にすり寄ったのだ。


 彼女はそんな事には全く気付かず、急にくっついてきた二人にちょっと嬉しそうなのが癪だ。本当に腹黒い悪魔共だというのに何故気付かない。特に注意すべきは、弟のディディエだ。こいつは子供だと油断していると、痛い目を見ることは既に体験済なのだから。


「どうしたの!?アリスさんだから大丈夫だよ」

「だってアリスおじさん、怖い顔してるよ」

「アリスおじさん、僕達の事が嫌いなんだよ……」

「そんな事ないよ。アリスさん、口は悪いけど凄く優しいんだから!ね!」


 期待を込めて此方を見てくる彼女には悪いが、こればかりは子供だからと許容できない。


「嫌いではないが、そこに座るのは許さん。俺だってした事ないんだぞ!」

「エマお姉さん助けて!アリスおじさんが引っ張るよー!」


 首根っこを掴んでディディエを彼女の膝から引き離そうとするのだが、肝心の彼女がディディエを守ろうと抱き締めてしまうのだから埒があかない。


「ちょっと!大人気ないですよ!可哀想じゃないですか!」

「お前は俺よりこの悪魔共をとるのか!?」

「もう!そんな事言ってないでしょ!」


 彼女はふぅと一つ溜息を漏らすと、ディディエとシャルルを横に座らせ、頭を優しく撫でた。


「ディディくんもルルくんもせっかく遊びに来てくれたのにごめんね。ちょっとだけお菓子食べて待っててくれる?」

「うん、いいよ!ジャンのお菓子、美味しいからいい子で待ってるよ!」

「ちょっとだけだよね?僕、エマお姉さんともっと遊びたいから」

「うんうん!二人は本当にいい子だね!」


 にっこりと嬉しそうに悪魔共に微笑んだ彼女は、やや呆れた様子で此方を見るとソファからすっと立ち上がる。そのまま俺の手を掴むと、反対側のソファへと歩を進めた。


 そうして彼女はソファの端に座り、困惑する俺の方を見上げながら膝をぽんぽんと叩く。その意味が解らず立ち尽くしていれば、彼女は優しく微笑んだのだ。


「膝抱っこは小さい子限定ですから。膝枕で我慢してください。だからそんな泣きそうな顔しないで」

「っ……!俺はそんな顔はしていない」

「はいはい、そうですね。多分疲れてるからですよ」


 そう言いながら彼女の膝に頭を埋めれば、優しくあやす様に頭を撫でられた。それが酷く心地良くて、温かくて、俺は気付けば意識を手放していた。






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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