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31 癒しのコーディアル

「エマさんは……聖女様……?」


 呆然として此方を見る彼女に、私はどう答えたらいいのか解らず、おろおろとするしかない。そんな私の両肩に、安心させる様にアリスさんの手が触れた。


「この事は、聖教会に知られる訳にはいかん。黙っていられるか?」

「そりゃ勿論黙ってますよ。喋ったら私の命が危なそうですし。でも一つだけ聞かせてください」


 マルゴさんの瞳は、とてもまっすぐにアリスさんを見据えていた。


「まさか聖女様だからエマさんと婚約した訳じゃないですよね?所長が長年、聖属性の研究をしている事は有名ですから。もしそんな理由なら、私は補佐官を辞めさせて頂きます」

「マルゴさん……!」


 今日会ったばかりの私を、仕事を賭けてまで真剣に思いやってくれるマルゴさんがあまりに格好良すぎて私は感動に打ち震えていたのだが、頭上からは明らかな舌打ちが聞こえてくる。見上げれば、憮然とした瞳が私を見下ろしていた。


「エマ、お前はちょろすぎる。そもそもお前、俺とクレイルの妹が同時に危ない目にあっていたらどちらを助ける?」

「へっ!?それはその……」

「ほれみろ、即答できんだろう。俺はお前とヴィーならお前を助けるぞ。だというのに、お前は男の中では俺が一番好きかもしれんが、基本的に女に甘すぎる」

「はぁ!?なんでそういう話になるんですか!?」


 そもそもそんな究極の二択をいきなり言われて答えられる筈もないし、女性に優しくして何が悪いのかとムッとしていれば、向かいに座るマルゴさんは噴き出し、肩を震わせて笑っていた。


「ふっ……あははは!成程、よく解りました。本当、お二人よくお似合いですよ」


 今のやり取りで何か解ったのか、マルゴさんはホッとした様子で微笑んでくれる。私はいまいち納得出来なかったものの、マルゴさんはとてもいい人だという事はよく解った。






「それで、このとんでもない焼き物、所長はどういうつもりでエマさんに頼んだんですか?」


 テーブルの上に持ってきた焼き物全てを並べてみるのだが、これで何を試すのかが想像つかない。


「今まで、お前はこういった身につける物しか絵付けしていなかっただろう?それが例えば――」

「待ってください……アリスさん、そのポーラータイ、もしかしていつもつけてくれてたんですか……?」


 首元から引っ張り出してくれたそれを、私はまさかという思いで見詰めてしまう。私の反応に、彼は怪訝そうに眉を顰めた。


「?これは身につけねば意味がない代物だからな。これをつけるようになってから、毎日調子がいいぞ」

「っ……!凄く嬉しいです!別邸の皆さんは、畏れ多いって全然つけてくれなくて……」


 満面の笑みを向ければ、彼は一つ咳払いをして視線を逸らしてしまう。耳が少し赤くなっているから、照れているのかもしれない。


「とにかくだ。文様が施された器は、そこに入れた物にも効果は現れるのかという事を試してみようと思ってな」

「あぁ、成程。この水差しなら、これに水を入れれば、その水にも効果は移るのかという実験ですね」

「まずは水差しからだな」


 水差しには紗綾形にも似ている工字繋ぎという文様を絵付けしている。これは文字通り工の字を繋げた文様なのだが、紗綾形と同じ繁栄と長寿に加えて延命の意味があるのだ。


 アリスさんが水差しに手を翳すと、そこを中心にひんやりとした空気に変わったかと思えば、いつの間にか水差しには水が満たされていた。


「わぁ!凄い!水も魔術で出せるんですね」

「これは簡単な生活魔術だ。俺にしてみれば、お前の方が比べ様もなく凄いんだがな」


 そう言って彼は苦笑を漏らすけれど、無意識で文様に力を使っている私には実感がないし、何より効果が目に見えない事が多くて解りにくいのだ。こういう一目で解る魔術は、やはり凄いなと感心してしまう。


「しかし、水差しそのものに付与されている効果は、水にも現れてはいるが……効果は少し弱まっているな。それでも普通では考えられない回復力はありそうだが」

「これ、水差しの中に長く置けば効果は上がりませんかね?付与された効果がすぐには浸透しない可能性も有りうるのでは?」

「確かに、それは試してみる価値はあるな。この水も、同じく文様が絵付けされたカップに注げば、効果は上がるようだが――」


 アリスさんとマルゴさんが難しい顔で議論しているのを眺めながら、私は用意してもらった紅茶を有り難く頂いていた。ミミが持ってきたクッキーも出してくれたので、すっかりくつろぎモードになってしまっている。しかし別邸でもお茶と言えば紅茶なのだが、時折他のお茶が堪らなく飲みたくもなる。


「……あ、そういえばミミ、此処に来る途中にハーブがあったじゃない?普段別邸では普通の紅茶だけど、たまにはハーブティーとかどうかなぁ」

「でしたら、紅茶関係はエドモンさんが主に取り寄せされているそうですから、帰ったら相談しておきますね」

「ありがとう!紅茶も好きなんだけど、たまに他の味が恋しくなるんだよね……」


 ハーブティーもリラックスするし、すっきりしていいのだが、先程ハーブを見かけてから、私にはどうにも思い出されて仕方ないものがあった。


「ハーブといえばコーディアルだと思うんだけどなぁ……あれ作れないかな……」


 コーディアルとは、元々は滋養強壮効果のある薬用酒の事を指していたのだが、イギリスではハーブやフルーツを砂糖とレモン汁で煮詰めて作るシロップの事を指す。これを水や炭酸水で割って飲むととても美味しいのだ。もちろん、リキュールにも使えるし、紅茶にも合う。


 天然由来の素材だから、身体にも優しくて、甘くて美味しい上に、使用するハーブによっては美容や、風邪にも効く。私の中ではお洒落で美しい人に似合う飲み物というイメージがあって、御贔屓の妄想が捗る飲み物なのである。


 そんな事をあれこれと考えていれば、議論をしていた筈のアリスさんとマルゴさんが此方をじっと見ている事に気付いて目を丸くする。


「どうかしました?あっ……!?もしかしてクッキーが顔に付いて――」

「今の、『コーディアル』とはどういう物だ?」

「へっ?さっきの聞いてたんですか?」

「それってハーブからできる物なんでしょうか?私も物凄く興味があります!」


 やや勢いに押されつつも、私が知っているコーディアルの事、作り方などを説明する。


「さっぱりするのがレモングラス、美容にはハイビスカス、香りが良くて癒されるのはローズですかね。あ、エルダーフラワーも凄くいい香りで風邪予防にもなるんですよ!」


 笑顔でそう言うのだが、何故か二人はどんどん真顔になっていった。


「……ハーブは魔力の媒介には最適だが、これはもしや……」

「ハーブの研究をしている子がいますから、私ちょっと分けてもらってきます!」

「えっ!?マルゴさん!?」


 言うや否や、飛び出していってしまったマルゴさんを呆然と見送る。どうしたものかとアリスさんの方を見るのだが、彼は彼で眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいた。


 暫くすると、両手いっぱいに多種多様なハーブを抱えたマルゴさんが、息を切らせて戻ってくる。見れば、私が言っていた物の他にもミントやカモミールなど本当にいろいろ貰ってきたようだ。


「これで作ってみましょう、コーディアル!」

「え、でも普通に煮詰めると結構時間かかっちゃいますよ?」

「それなら心配ありません。煮詰める行程を短縮してくれる魔道具がありますから」


 実験でも使うらしく、簡易コンロの様な物と圧力鍋に似た魔道具が用意され、応接セットのテーブルに置かれる。


「いっぱい貰っちゃいましたけど、まずはエマさんが言ってたハーブから試しましょうか」


 まずは水とハーブを鍋に入れた所できっちりと蓋をする。取手部分に取り付けられている魔石にマルゴさんが手を触れれば、それは光り輝き、規則的に点滅を繰り返した。ある程度時間が経った所でハーブを綺麗に取り除き、今度は砂糖を入れて煮詰める。仕上げにレモン汁を垂らして混ぜて出来上がりだ。


 本来なら数時間かかる所を、僅か10分に短縮できるというのだから、物凄く便利な魔道具だ。そうしてどんどん作業は進み、1時間で6種類のコーディアルが完成した。


「どれも香りがいいな。これを水で割ればいいのか?量はどの位だ?」

「それは好みにもよりますけど、5〜7倍くらいですかね?そんなにたくさん入れなくても美味しいですよ」


 神妙そうな顔つきでコーディアルを入れた瓶を持っているアリスさんは、私の話に頷き、慎重に水差しの中に入っている水へと瓶を傾ける。コーディアルが水に触れた瞬間、ヴィーさんの足を治した時と同じ様に水差しに描かれた文様が美しく煌めいた。


「あっ……これ、正解かもしれません。今、入れたら文様が煌めきましたよ」

「っ!本当か!」

「えっ!?えっ!?どういう事ですか!?」

「文様が働く時、エマには文様がより煌めいて見えるらしい。という事は、だ……」


 その場の誰もが固唾を呑んで見守る中、アリスさんが水差しからグラスへと水割りのコーディアルを注ぐ。これはエルダーフラワーという小さな白い花を咲かせる花木のコーディアルなのだが、とても綺麗で透明感のある黄色をしていた。私とミミは、その甘く爽やかな香りと美しい色に感嘆の声をあげるのだが、アリスさんとマルゴさんはグラスを食い入る様に見詰めたまま微動だにしていない。


「な……んですかこれ……凄い……こんな……こんな物が作れるだなんて……これがあれば、今まで救えなかった命がどれだけ救われるか……」


 マルゴさんの声は酷く震えていて、瞳の端には涙が浮かんでいる。おろおろとしてアリスさんの方を見ようとするのだが、突然視界が真っ黒になったかと思えば、彼に思いきり抱き締められていた。


 それはあまりに力強く、息苦しい程で、私は抗議の声をあげようとするのだが、その身体が小刻みに震えている事に気付く。顔は肩に埋もれ、表情は見えないのだが、恐らく彼はあの夜の様に泣いているのだ。優しく彼の髪を撫でていれば、次第に震えは収まっている様だった。


「エマ……お前は本当に、この歪んだ世界を壊す、希望の光だ。神など信じていないが、お前に出会えた事はあらゆる意味で僥倖だったと感謝している」


 耳元で小さく漏らされた言葉は、私にだけ聞こえるもので、それは酷く優しい声音だった。






読んでくださってありがとうございます!

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