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30 誤解と独占欲

「あの……!急に来てごめんなさい。でも、そんなに怒らなくても……」


 私が声をかけても、アリスさんは何も言わず、無言で奥へ奥へと進んでいく。掴まれた腕が妙に熱い。時折すれ違う研究員の方は、皆一様にぎょっとした表情で私達を見ていたから、私からは彼の顔は見えないのだけれど、これは相当怒っているのかもしれない。


 そうして彼が一番奥にある部屋の扉を勢いよく開ければ、中に居た女性は一瞬驚いた表情を見せた後、私を見て怪訝そうに眉を顰めた。


「ちょっと所長!そんな無理矢理女性を連れ込んで、一体何を……」

「マルゴ、お前は外に出ていろ。暫く誰もここに近づけるなよ」

「は!?いや、ちょっとそれはまずいでしょう!?所長……!」


 抗議の声をあげるマルゴさんを扉の外に出した所で、ガチャリと鍵をかける音が聞こえた。そうすると、不思議と廊下の物音が全く聞こえなくなる。扉に顔を向け、はーっと大きく息を吐き出した彼は、俯いたまま此方を向き、そのままぎゅうぎゅうと私を抱き締めた。


「……怒ってたんじゃないんですか?」

「お前には怒っていない。ヴィーには後で一言言うつもりだがな」

「私が来たのは、迷惑でした?」

「あれは驚いただけだ。迷惑だなどとそんな訳あるか。だがお前が来ると、俺の方に問題がある事がよく解った……」


 宥めるように背中を暫く撫でていれば、漸く彼と視線が重なる。やや憮然とした表情は、どこか困惑している様にも見えるものの、その頬は朱に染まっていた。


「何故あんな人前で笑いかける。抱き締めたいのをここまで我慢した俺の身にもなってみろ」

「そ……れは、なんというかごめんなさい?」

「くそっ……なんだそのにやけた表情(かお)は……少しも悪いと思っていないだろう」


 むすっとしたアリスさんとは裏腹に、私はどうにも表情が緩んでしまうのを止められない。人前じゃなければ、あの場で抱き締めてくれたんだなというのも嬉しいし、なんだか物凄く愛されてるんだなと実感する。そう思えば堪らず愛しさが募り、私の方から軽く口付けた。


「はい、私からのお詫びです」


 目を丸くする彼にくすりと微笑めば、その瞳に仄かに燻っていた熱が勢いを増した。


「……それだけでは全く足りんな」

「あ……っ」


 吐息さえも喰らい尽くさんばかりに、噛みつかれる様な口付けが落とされる。何度も角度を変えて与えられるその熱に、くらりと眩暈がした。力が抜けかけた所で、伸びてきた彼の腕が私を支え、あろう事かそのまま横抱きにされてしまうのだが、抵抗する力もない。大人しく運ばれた先は、応接セットのソファだった。


「はぁ……これ以上はまずいな。そろそろやめねば、マルゴが結界を解いて乗り込んで来かねん」

「そうですよ!アリスさんは仕事中なのに、なんて事を……」

「お前から始めたのだから、お前も同罪だぞ。しかしこれは……生殺しだな……」


 アリスさんは大きな溜息を漏らしながら、ぎゅっと抱き締めたかと思えば、ぼすんと私の肩に顔を埋める。仕方ない人だなと彼の柔らかな髪を撫でていた所で、ガチャリと音がしたかと思えば、扉が勢いよく開かれてしまった。


「やっと解けた!こんな厄介な結界をするだなんてまさか――」


 汗だくになっているマルゴさんと、ばっちり目が合ってしまうのだが、彼女は私達を見て目を見開いて固まってしまう。ややあってハッとした彼女の表情は、みるみるうちに赤くなっていき、その手は震えていた。


「な、ななな……!何やってんですか、所長!!あなた、婚約者がいるんですよね!?」

「煩い奴だな……こいつがその婚約者だから問題なかろう」

「え……?」

「あ、はは……なんかもうお騒がせして、本当にすみません……」


 固まるマルゴさんに、開き直って私を抱き締めたまま顔を埋めるアリスさん、そして乾いた笑いを浮かべるしかない私という、これは一体何の地獄なのだろうか。






「私ったら、とんだ早とちりですみません……その、エマさんが、私が想像してた所長の婚約者と全然違ったもので……」


 紅茶を淹れてくれたマルゴさんは、見るからにしょんぼりと項垂れているのがなんだかとても申し訳ない。


「あはは、まぁ私ごく普通な感じですもんね」

「えっ!?いや、そういう意味じゃないですよ!所長ってあんな感じだから、万が一結婚するなら政略しかないだろうなって思ってたんですよ。急に婚約したって言い出すから余計にです。だからエマさんみたいな可愛らしい感じじゃなくて、こうお貴族様〜って感じのお嬢様を想像していてですね……」


 ちらりと仕事をしているアリスさんの方を見たマルゴさんは、私の耳元に顔を寄せる。


「政略じゃなくて恋愛なんですよね?」

「うっ……はい……」

「は〜……道理で最近の所長、機嫌がいい訳だわ。なんというか、雰囲気が柔らかくなったんですよ。おかげで皆エマさんには感謝してますので、どうかくれぐれも!これからも所長を見捨てずに宜しくお願いします!」


 ぎゅっと手を握られ力説されてしまい、その勢いに押されつつも私はこくこくと頷く。さっきの女性達といい、本当に切実な感じが伝わってきてなんとも言えない。

 そんな私達に、アリスさんはじとりとした目を向けた。


「おい、あまりべたべたと触るな。エマが減るだろう」

「いやいや、私減りませんからね!?まったくもう、こっちはいいですから、ちゃんとお仕事してくださいよ」


 憮然としながらも書類を捌き始めたのを見て溜息を漏らせば、マルゴさんが目を丸くしながら此方を見ていた。


「もう、エマさんが所長の補佐官しません?その方が所長も仕事しそう……時々ふらっといなくなったりするんで困ってるんですよ」

「私は魔術には詳しくないですから……でも、アリスさん魔術大好きなのに、仕事放り出すのよくあるんですか?」

「まぁ所長にもなると、自分の好きな研究だけしてるって訳にはいかないですからねぇ」


 それで研究したい事が出来ると、時々いなくなってしまうらしい。私達をリアトリス帝国に迎えに来た時も恐らくそれだ。道理でヴィーさんの家まで魔術師さん達が迎えに来る訳である。


 溜息を一つ漏らした所で、所長室の扉がノックされ、ミミが顔を出した。


「あ!ミミ、さっきはごめんね。皆さんにもあんな形でいなくなって、変に思われてなかった?」

「いえ、皆様あんな表情のアングレカム魔術師長は初めて見たと驚かれていましたけど、エマ様にはとても好意的でしたよ。クッキーも問題なくお渡ししました」

「それは良かったよ。ミミも隣どうぞ」


 ソファの隣にミミを誘導した所で、マルゴさんが小首を傾げる。


「そういえば、エマさんは今日は何か用事があって来られたんですか?」

「あ、そうなんですよ。実はこれをですね――」

「っ!待て、それは……!」


 ガタンとアリスさんが立ち上がるのと、私が持参した焼き物をテーブルに出すのはほぼ同じだった。急に声をあげた彼に驚いて其方を見れば、眉間に皺を寄せて頭を押さえている姿が目に入る。


 文様の力に気付いたのはこれまでアリスさんだけで、普通に見ればただの美しい磁器なのだ。そんなに心配する事もないのにと思い視線を戻せば、焼き物を凝視して固まっているマルゴさんが居た。


「……マルゴも『鑑定』の術を使える。お前、此処が何処だと思っている?王立魔術研究所だぞ?そんな物を出せば一目で気付く奴等ばかりだ」

「えっ、えっ!?」


 冷や汗を流しつつアリスさんとマルゴさんを交互に見やる。もしかしてこれは、やらかしてしまったのだろうか。


「な、んですかこれ!?えっ……!?付与魔術ですか!?それにしたってこのとんでもない効果……!傷も病を癒すだなんて……」


 穴が開かんばかりに焼き物を凝視していた彼女の視線が、信じられないものを見る様にゆるゆると私へと移る。


「エマさんは……聖女様……?」






読んでくださってありがとうございます!

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