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24 二人の悪魔

 本邸の周りにある薔薇園まで来た所で、改めて本邸を見やると、やはり別邸と比べてその大きさ、豪華さに圧倒される。自然も多く、のんびりとした空気がある別邸にいると忘れがちだが、こうしてみると侯爵家ってやっぱり物凄い貴族なのだという事を思い出す。


「ヴィー、ここまで歩いてみてどうだ?問題ないか?」

「何度も確認しなくても大丈夫だよ。今は筋肉がないから不安定なだけで、杖でもかなり楽に歩けているから」


 ここまで来るだけでも、アリスさんは物凄く過保護にヴィーさんを心配しているのだが、そもそも彼は上半身と右足はしっかり鍛えているのだ。左足の感覚が回復した今、杖による少しの補助だけで格段に歩行が安定している事は後ろから見るとよく解る。


 アリスさんもそれは解っているのだろうけども、これまでに染み付いた習慣と、恐らくこれが持続的な回復であるかどうかが未だ未知数である事からつい心配してしまうのだろう。


 彼にとっては大事な親友だし、この対応はまぁ解る。解るのだが……


(なんか私、邪魔じゃない……?この二人が並んでた方が眼福だし……)


 前方を歩く二人を眺めながら、私は妙にもやもやとした思いを抱えていた。


 別に好きで婚約(仮)する訳でもなし、むしろこれまで見目麗しい男役二人が並んでいれば尊いと拝んで生きてきたのだから、この状況は理想的な眺めの筈なのだ。だというのに、このもやもやは一体何だというのか。


 釈然としないまま、とぼとぼと二人の後をついて歩いていた時だった。


「お姉さん、どいてどいてー!!」

「へっ?」


 きょろきょろと辺りを見渡せば、薔薇の間の通路を何かが物凄いスピードで近付いてくる。それに気付いたのは既に眼前まで迫っていた時で、これは確実にぶつかると覚悟して目を瞑った次の瞬間、ふわりとした浮遊感を感じ、目を開けた時にはいつの間にかアリスさんの腕の中に収まっていた。


「現れたな、悪魔共め……」

「あ、悪魔……?」


 前方を見据え苦々しく呟かれたアリスさんの言葉に、先程まで居た場所を見れば、ヴィーさんがぶつかってきた何かを掴み上げている所だった。


「シャルル、こんな所で魔道具を使っていたら危ないだろう」

「だって、新しいのを買ってもらった所だったから、試してみたかったんだよ……ごめんなさい、叔父上」

「謝るのは私にじゃなくて、彼女にだよ。危うくぶつかる所だったんだからね」

「お姉さんもごめんなさい」


 しゅんとした様子で項垂れている彼は、ヴィーさんと同じ艶やかな黒髪に淡いオパールグリーンの瞳が煌めく美少年だ。ヴィーさんを叔父上と呼ぶのだから、お兄様御夫妻のお子さんなのだろう。彼の近くにスケートボードにも似た物がひっくり返っているのだが、恐らくこれに乗って遊んでいた所、勢い余って此方に突っ込んできたに違いない。


 余りにも殊勝に項垂れている事から、余程反省しているのだろうと口を開きかけた所で、アリスさんがぎゅっと私を掴む手に力を込めた。


「騙されるな。こいつらはいかにも反省してますという顔をしているが、その実何も悪いと思っていない悪魔の如き奴等だぞ」

「いや、そんな子供相手に大袈裟な……それに奴等って……」


 その時、スカートの裾を遠慮がちに引っ張られる感触に見下ろせば、ふわふわの銀髪に琥珀色の瞳のこれまた可愛らしい印象の美少年が潤んだ瞳で此方を見上げていた。


「兄上がごめんなさい……お姉さんは怪我しなかった?怖がらせた事、怒ってる?」

「っ〜〜!」

「あっ!おい、この馬鹿!」


 非難の声をあげるアリスさんの手を引き剥がすと、少年と視線が合うようにその場にしゃがみ込む。近くで見ても、透き通る様に綺麗な琥珀色の瞳だ。こんなに可愛らしいのに、一体どこが悪魔だというのだろうか。


「怒ってないよ。でも、ここは薔薇もいっぱいあって、ぶつかったら棘で怪我をするかもしれないし、もっと広い場所で遊んだ方が良かったかな」

「うん、次からはそうする。……お姉さんは、アリスおじさんと仲良しなの?」


 少年はちらりとアリスさんに視線を向けた後、私の耳元でそう囁く。まだ年端もいかない彼等にしたら、アリスさんもおじさん扱いになってしまうのかとつい噴き出してしまった。


「おじ……ふふっ、そうね。まぁ嫌いではないかな」

「ふーん……そっか。成程ね。あ、お姉さん……ちょっとだけ、こっち向いてくれる?」

「んー?どうかしたのかな――」


 やはり小さい子供と動物はこの世の正義だなと、つい口元を緩めながら顔を傾けた所で、ちゅっと唇に軽く触れる柔らかな感触を感じた。


「怒らないでくれてありがとう。これは僕からのお詫びだよ」


 何が起きたのかとぽかんと目を丸くしていれば、もじもじと恥ずかしそうに頬を染める美少年の微笑みに、完全に両目が焼き尽くされる。破壊力があまりに凄まじい。


 言葉を失い固まっていた私を、アリスさんが慌てて引っ張りあげたかと思えば、何故か眼前にその綺麗な顔が迫ってきた為、どうにか重なる直前で手を滑り込ませる。すると物凄く不満気に睨まれてしまうのだが、小さな子もいる前で一体何するつもりなのか。


「何故拒む」

「はぁ!?こんな人前でいきなりキスしようとする方がおかしいでしょ!?」

「今この悪魔にされただろう。何故お前はそうぬるま湯みたいにふにゃふにゃと気を抜く!?いいか、こいつは俺への嫌がらせでこんなふざけた事してるんだぞ」

「そんな訳ないでしょ……ねぇ?」


 ちらりと少年へと視線を向ければ、彼はにっこりと微笑んでいた。何故かその笑顔に既視感を感じて一瞬寒気を感じるのだが、彼はとてとてと私に近寄り、ぎゅうっとスカートにしがみついてきた。


「アリスおじさん、こわーい……僕、いけない事した?」

「ほら!アリスさんがそういう事言うから怖がってるじゃないですか!……大丈夫、この人そこまで悪い人じゃないからね」

「本当?でも、ちょっと怖いから、お姉さん、お家まで僕と手繋いでくれる?」

「いいよ。私達も本邸に伺う所だったから一緒に行こう」


 そう言ってぎゅっと繋いだ手は小さくて、遠慮がちに見上げる視線はつい守ってあげたくなる様な庇護欲を感じさせる。やっぱりアリスさんが言う様な子だとは思えないのだが、私の隣を歩く彼は物凄い表情で少年を睨みつけていた。なんだか凄く大人気ない。


「あ、そういえば君の名前は?私はエマって言うの」

「僕はディディエだよ。兄上とは似てないけど双子なんだ。エマお姉さんなら、僕の事、ディディって呼んでもいいよ」

「じゃあディディくんって呼ぶね」


 名前を呼べば、それは嬉しそうに微笑むディディくんは天使の様だ。私もつられて満面の笑みになってしまうのだが、その時もう片方の手が忘れるなとでも言わんばかりに絡め取られた。ちらりと見れば、少し拗ねた様子のアリスさんに苦笑が漏れる。


 昨日の夜から、彼はこうしていろんな表情を見せてくれる様になったが、今の状況、思っていた程嫌ではないかなと私は思い始めていた。






読んでくださってありがとうございます!

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