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23 文様が秘めた力

「はぁぁぁぁぁ……」

「なんだそのこれ見よがしの溜息は」

「本当、誰のせいでこんな事になったと思ってるんですか……!」


 隣で優雅に紅茶を飲んでいる顔の良い男を、じとりと睨みつけるのだが、彼は全く意に介さずしれっとしているのが癪に障る。


「そもそもアングレカム魔術師長が寝落ちしたのが原因なんですからね……!ちゃんと睡眠とってくださいよ!」

「誰のせいで寝不足だったと思ってるんだ。お前が毎日オベールを抱えて寝るから悪い」

「ちょっと!人のせいにしないでくださいよ!このムッツリ……!」

「全くお前は驚く程口喧しいな……糖分が足りていないのではないか?」


 テーブルの上に用意されたお菓子の器が、すっと私の前に移される。器には瑞々しい桃のタルトと焼き菓子が並んでいた。どうもこの人、私にはお菓子さえ与えておけばいいとでも思っているのじゃないだろうか。


 そうは思うのだが、美味しそうなお菓子の誘惑には抗える筈もない。口に運べば、サクッとした香ばしい生地にバターの味わいが広がり、桃の甘やかな調べが口の中で見事に調和していた。


「ん〜〜!本当、ジャンさんのタルト最高!天才すぎるわ……」

「…………名前」

「へ?」

「お前は俺以外は名前で呼ぶだろう。俺の事は何故呼ばない?」


 至極真顔でそう聞いてくるものだから、危うくタルトを喉に詰めかけてしまった。そう言われると確かにそうなのだが、何故かと聞かれても特に理由もないので困ってしまう。


「えーと……なんとなく、ですかね」

「ならこれからはアリスで構わん。仮でも婚約するんだ。肩書きで呼ばれるのもおかしな話だろう」

「まぁそれは確かに……」


 じっと妙に期待を込めた瞳で見詰められるのだが、そんな改まって名前を言わされるのは結構気恥ずかしい事だというのを、この人は理解しているのだろうか。暫し躊躇うのだが、この空気に耐えられず、溜息を一つ漏らした。


「あ……アリスさん……」

「あぁ」

「そういうアリスさんこそ、私の名前って覚えてます?いつもお前とかこいつとかしか言われた事ないんですけど」

「エマ」


 名前を呼ぶ声音が、今までになく優しくて、びくりと肩が震える。ちらりと隣を見れば、寝呆けていた時に見せたような優しい表情をしていて、思わず視線を逸らしてしまう。心臓がやけに早く鼓動を打っているのを誤魔化すように、テーブルの上の焼き菓子に手を伸ばした。


 あの表情はずるい。ただでさえ綺麗な顔をしているのに、あんな表情で微笑まれたら誰だって好きに――


 その時、思考を遮る様にドアがノックされ、ヴィーさんが顔を出した。


「待たせたね、二人共。本邸の方から準備が整ったと連絡が来たから行こうか」

「その前にヴィー、少しだけいいか?試したい事があるんだが」

「?どうしたんだい、そんな真剣な顔をして」


 怪訝そうな表情を浮かべながらも、ヴィーさんは此方に来ると私達の向かいのソファに座った。そうしてアリスさんはあのポーラータイをテーブルの上に差し出す。


「これは、君の為に作ったポーラータイじゃないか。綺麗に出来ているだろう?これがどうかしたのかい?」

「これには……というか恐らく、エマが描いた文様全てに聖女の力が込められている。これは、繁栄と長寿を導く――病と()()も癒す代物だ」

「は?まさか、そんな……」


 ヴィーさんは彼の言葉に最初はぽかんとしていたのだが、それは次第にハッとした表情に変わる。その様子を見て、私も漸く気が付いた。彼は試したい事があると言ってこれを出したのだ。それは勿論、ヴィーさんの足で、だろう。


「いや、だが……私の足の怪我はもう4年も前だ。時が経ち過ぎている……」

「普通の聖女では治せなかった。だが、これは異世界の聖女と、他ならぬお前が作った物だろう?俺はそれに賭けてみたい」


 困惑した表情を浮かべていたヴィーさんだったが、ややあって覚悟を決めた様子で頷く。その瞳は、燃える様に輝いていた。


「解った。それで、私はどうすればいい?」

「タイになっているから、首からかければいいのかもしれんが……まずは直接足に充ててみてくれ」

「あぁ、やってみよう」


 ポーラータイを握るその手は、少し震えていた。ゆっくりと足に充てれば、僅かに文様がより美しく煌めいた様に見える。


「これは……なんだろう、ぬるま湯に浸かっている様な、優しい温かさを感じるな。凄く心地良いよ」

「文様を描いたのが、ぬるま湯の様な奴だからな。術者の性格が出るのではないか?」

「ちょっと!私なんか貶されてません!?」


 ムッとして横を見るのだが、じっとヴィーさんを見詰めるその手は明らかに力を入れ過ぎな位に固く握られていた。それを見て、この人も不安なのだと察する。恐らく、不安な気持ちを軽口で誤魔化しているのだ。つくづく不器用な人だと苦笑を漏らしつつ、視線をヴィーさんの方へと戻せば、文様の煌めきは先程よりも収まっていく所だった。


「あ、そろそろ良さそうですね」

「何故そんな事が解る?」

「へ?だって今、余計に輝いてた文様の煌めきが収まったじゃないですか。だからもう大丈夫かなって思ったんですけど……」


 そう言えば、怪訝な表情を向けられてしまうのだが、何かおかしかっただろうか。ヴィーさんはといえば、目を丸くして私を見ていた。


「私には特に文様に変化は見えなかったよ」

「俺もだ。どうやらその煌めきとやらは、聖女にしか見えなそうだな」

「そうだったんですね……」


 あんなに美しく煌めく様を見られないだなんて、勿体ないとは思いつつ、それよりも気になるのは本当にこれでヴィーさんの足は動くようになったのかという事だ。


「それで、ヴィー兄様……足の具合はどうですか?」

「……とりあえず立ってみようか」


 何かあっても支えられるよう、私とアリスさんはヴィーさんの傍に待機し、固唾を呑んで見守る。彼自身も緊張した面持ちの中、ゆっくりと身体を起こしかけた所で左足はがくりと膝折れし、左側に大きく傾いてしまった。


「ヴィー!大丈夫か!?」


 慌ててアリスさんが支えるのだが、彼は俯き、その表情は見えない。その肩は、僅かに震えていた。


 いくら怪我を癒す効果があるとはいえ、流石に4年も前の怪我は無理だったのだろうかと、肩を落としかけたその時だった。声をあげてヴィーさんが笑いだしたのだ。


「ふはっ……ははは……!」

「ヴィー……?」

「ふふ……ははは……やっぱり、4年でかなり筋肉が落ちているから、いきなりは無理だったね」


 目の端に涙を浮かべるその表情は、驚く程明るい。彼は私達を見やり、これまでに無い満面の笑みを浮かべた。


「だが、左足の感覚は完全に戻っているよ。暫く鍛え直せば、元通りに歩けそうだ」

「っ……!本当か?嘘じゃないだろうな!?」

「馬鹿だなぁ……私が君に、足の事で嘘なんてつかないよ」


 次の瞬間には、アリスさんはおもいっきりヴィーさんをハグしていた。傍目に見てもぎゅうぎゅうと締め付けんばかりで、ヴィーさんは苦笑を漏らしながらもぽんぽんとその背を軽く叩く。その表情は、やや困った顔をしていたものの、どこか嬉しそうな様子が滲み出ていた。


 きっとこの4年、私が知らない二人の葛藤がたくさんあったのだと思う。それがこうして、報われる日がきて本当に良かったと、私も胸が熱くなるのを感じていた。






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


誤字報告もありがとうございます。大変助かります。

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