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22 想定外の朝

 バタンと扉が勢いよく閉まる大きな音が聞こえ、誰か来たのだろうかとまだ眠い目を擦りつつ体を起こそうとするのだが、何故か体は動かない。どうも腰の辺りに重みを感じ、ぼんやりと目を開けた所で目に飛び込んできた恐ろしく整った寝顔に、思考は一気に覚醒する。


「ひぇっ!?な、なんで!?」


 朝一で見るには刺激が強すぎる美しさに、慌てて離れようと腰に回された手を引き剥がそうとするのだが、逆に引き寄せられてしまい、余計に動けなくなってしまった。


「ちょ、ちょっと!誰かと間違えてませんか!?離してぇぇぇ」

「ん……煩い……」

「起きて!起きてください、アングレカム魔術師長!!」


 ゆさゆさとおもいっきり揺さぶれば、彼の瞳がゆるゆると開かれたのだが、未だ微睡の中にいるのか、ぼんやりと私の顔を見たと思えば、ふっと優しく微笑んだのだ。初めて見る柔らかな表情に、否応無しに心臓が一つ音を立てる。思わず固まっていれば、彼の手が私の頬にそっと触れた。


「なんだ……今朝はしないのか……?」

「は?何を――」


 言葉は唇に触れる温かなそれに遮られた。突然の事に驚き、目を見開く。最初は軽く触れるだけだったものが、息苦しさに口を開きかけた所で、侵入しようとしてきた舌の感触に流石にまずいと感じ、傍にあった枕を必死に掴むとおもいきり彼にぶつける。僅かに怯んだ隙にどうにか距離を取るのだが、彼の手がまた私を捉えた。この妙に熱っぽい視線は、一体どうしたというのか。


「何故逃げる?いつもはお前の方から、何度も口付ける癖に」

「待って!?まだ寝呆けてるんですか!?私はあなたとこれまで一度もキスなんてした事ありませんよ!?」

「……今もした」

「いや、今のは不可抗力で――」

「へぇぇ……したんだ、キス」


 地を這う様な声音にびくりと肩を震わせ、恐る恐る声のした方を向けば、にっこり笑顔のヴィーさんが入口に佇んでいた。笑顔だというのに、どう見てもめちゃくちゃ怒っている空気に、完全に固まってしまう。


 その後ろには顔を真っ赤にしたミミとエドモンさんまでいるのだが、この様子だと先程の扉が閉まる音はミミだったのかもしれない。可愛い天使にベッドでのあのような状態を見られて完全に誤解されているのだとしたら、羞恥で穴があったら埋まってしまいたくなる。本当、なんてものを見せてしまったんだ。


 そんな私をよそに、アングレカム魔術師長はといえば、未だ少しぼんやりとした様子で声のした方をゆるゆると向いた。


「……ヴィー?…………っ!?待て、なんだこの状況は!?」

「それは私の台詞だよ」


 漸く目が覚めた様子の彼は、ヴィーさんと私とを交互に見やる。そうして私を掴んだままの手に視線を落としたと思えば、口元を反対の手で覆うのだが、その顔はみるみる内に赤く染まっていった。


「嘘だろう……俺は今、何をした!?」

「だから、君が言ったんじゃないか。したんでしょう、キス?」

「いや!俺はてっきり、毎朝のやつだと……」

()()()()()()()()()()()()()()んだよね?寝呆けて」


 その言葉に、まさかという思いを込めてアングレカム魔術師長の方を見るのだが、視線が一向に重ならない。ポメちゃんの視界だと勘違いするだなんて、それではまるでいつもそれを知っているようではないか。


 未だに掴まれたままだった彼の手を、今度は逆に私の方から逃がさないとばかりに掴んだ。


「……今の、どういう事なんですか!?すっかり忘れてましたけど、ここに来た日、ヴィー兄様がポメちゃんの事、何か言いかけてましたよね?あれは――」

「っ……そ……れは……」

「アリス……だから私は、最初に言ったんだよ。ちゃんと説明しないと駄目だって」


 じとりとした目で見る私と、呆れた様子のヴィーさん。私達の視線を受け、彼は居心地悪そうに逡巡していたが、ややあって溜息を漏らした。


「……俺とオベールは感覚を共有している。オベールが見たもの、触れたものを自分の事の様に感じる事が出来るのだ」

「待って……それってつまり……」

「エマが毎朝、オベールにしていたキスの感触、間接的にアリスに伝わっていたんだよ。それがまさかこんな事になるとはね」

「はぁぁぁぁ!?」


 そんな重大な事を、何故今頃になって言うのかと睨みつけるのだが、気まずそうなアングレカム魔術師長とは視線が相変わらず交わらない。


 そもそもだ。思い返してみれば、初めてポメちゃんに出会った時にもキスをした。あの時の彼の反応は、明らかに挙動不審だったではないか。おかしいとは思いつつも、特に気にしていなかったが、あの時もっと気にするべきだったのだ。


(だって、今日まで私……ポメちゃんにキスしまくってるし、散々もふもふを撫で回した上に吸ってたじゃない!?あれ全部、この人に伝わってたって事!?)


 怒りと共に、羞恥で顔がみるみる赤くなっていくのが自分でも解る。震える手で枕を握り締めた。


「信っじられない……!それならそうと、なんで最初に言わなかったんですか!?知ってたら私だって、ポメちゃんにキスしたり撫で回したり吸ったりしませんでしたよ!?」

「痛っ……お前っ……枕で殴るな!そもそも俺は、オベールに口付けたり撫で回すなと言ったぞ!」

「それがまさか感覚を共有してるからだなんて解る訳ないじゃないですか!可愛いもふもふを前にしたら、抗える人間なんていませんよっ!」


 渾身の一撃を食らわせようと振りかぶった所で、体勢を崩し勢いあまって後ろに倒れ込みそうになる。しまったと思い、衝撃に備えてぎゅっと目を閉じれば、ぐっと腕を掴まれる感覚がした。そのまま勢いよく引き戻され、次の瞬間には彼の腕の中にすっぽり収まっていた。


「っの馬鹿!お前はどうしてそう落ち着きがないんだ!?止まったら死ぬのか!?」

「うっ……すみません……」


 どうにか床に頭から落ちる事態にはならず、ホッと息を吐くのだが、今度は彼の腕にがっちりと押さえられ、どうにも動けない。心なしか彼の手が震えていた様に感じるのだが、気のせいだろうか。


「あ、あの……もう大丈夫なので、離して――」

「アリス、エマが困っているよ。危険はないから、離してあげて」


 ヴィーさんの諭す様な声に、漸く彼の力が緩み解放される。見上げれば、どこか困惑した表情を浮かべるアングレカム魔術師長と視線が重なった。


「全く、君達はいつまで子供みたいに戯れあってるんだい?そもそも、アリス……なんで君はエマの部屋に居るの?未婚の男女が一夜を共にするだなんて、醜聞だって事は流石の君も解っているね?」

「あぁ……責任は取る」


 普段よりもかなり温度が低いヴィーさんの態度に、アングレカム魔術師長は神妙な様子でベッドの上に正座していた。ヴィーさんは大きな溜息を漏らすのだが、責任とは一体どういう事なのか。


「は?待ってください……!一夜を共にって、そんな大袈裟な……別に私達、何もありませんよ!?そりゃ、キスはしましたけど、そんな責任とか必要ないです!」

「実際何があったかは問題ではないんだよ。朝、同じベッドで寝ていたんだからね。人の口に戸は立てられないし、真実がどうであれ他人が知る事になったのだから、責任は取るべきだと私は思うよ」


 完全に逃れられない流れに、冷や汗が止まらない。アングレカム魔術師長だって、好きでも何でもない私と責任を取らされるだなんて嫌だろうに。


 助けを求める様に彼に視線を向けるのだが、何故か真顔で頷かれてしまった。待って、今のは何の頷きなの!?


「……本当に、まさか君にこんな形で出し抜かれるなんて思いもしなかったよ。まぁ、最初から予感はあったんだけど……都合良く今日は父上と母上が来られるから、君も同席するように」

「あぁ、解った。一度研究所に事情を説明してから戻ってくるが、それで構わないか?」

「成程、また勝手に抜け出して来たんだな……」


 やれやれといった様子で軽く頭を押さえたヴィーさんは、私の方に視線を向けると少し困った様に微笑んだ。


「エマ、本当は私が義兄としてだけでなく君を支えられたらと思っていたんだけど、これからは義兄に徹する事にするよ。義兄として、君の事は必ず守るから安心して」

「えっ……あの……」

「そうなると、アリスは私の義弟になってしまうんだな……いろいろと複雑だよ」

「待ってください!!」


 私の声に、皆の視線が集まる。勝手に話が進んでしまっているが、私は責任を取ってもらおうだなんてこれっぽっちも思っていないというのに。


「私は……!責任だけで結婚とかそういうのはお断りです!結婚は、好きな人同士がするものですよ!?アングレカム魔術師長だって、好きでもない私とだなんて嫌でしょう!?」

「否、俺はお前の事、嫌いではないぞ」

「へっ?」


 さらりと言われた言葉の意味が一瞬解らず、酷く間の抜けた声が漏れる。嫌いではないというが、それは好きでもないという事ではないのか。


「他の女からの口付けは、考えただけで虫唾が走るが、お前とは嫌ではなかった。むしろ俺は――」


 注がれる視線の妙な熱に耐えられず、私は視線を逸らす。煩い位に心臓が音を立てていた。


「わ、私は急にそんなの無理です……!どうしてもそうしなくちゃいけないなら、せめて婚約者(仮)からお願いします」

「確かに、早急だったかな。エマにも心構えがあるだろうから、仮婚約という事で外聞は保てるし、アリスもそれでいいね?」

「あぁ」


 どうにか仮婚約に留めてもらえたが、どうしてこんな事になってしまったのだろうかと、私はがっくりと肩を落とすのだった。






読んでくださってありがとうございます!

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