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20 真心込めた贈り物

 明日には領地の方から前侯爵夫妻が来られる事もあり、侯爵家別邸もいつも以上に念入りに手入れがされていたそんな日の午後。メイドや執事だけでなく、シェフや庭師に至る全ての使用人がサロンに集められていた。

 どうしてここに集められたのか理由が説明されていない為、皆一様に戸惑っている様子が見られる。


 その中の一人であるパティシエのジャンは、この中で唯一人、事情を知っていそうなエドモンを見つけると声を掛けた。


「あ、エドモンさん!これって今から何かあるんスか?オレ、まだ仕込みの途中だったんで、戻りたいんスけど……」

「ほほ……まぁまぁ、もう直に来られますから。もう少しだけ待てませんかな?」

「いや、でも、今日のタルトの仕上げのキャラメリゼがまだで……この時間、いつもミリアムちゃんがエマ嬢の分を厨房まで取りに来るんスよ。そろそろ戻ってやらないと……」

「成程、それなら今日はこの後になるでしょうから、問題ありませんよ」

「それってどういう――」


 問いかけようとした所で、サロンの扉が開かれる。其方を見やれば、そこには現在この別邸の主であるヴィクトルと、最近ここにやって来たエマの二人の姿があった。


 その場にいる皆の視線を受け、彼女は少し緊張した面持ちで頭を下げる。


「皆さん、今日はお忙しいのに集まって頂いてありがとうございます!今日は私とヴィー兄様から、皆さんにお渡ししたい物があって集まって頂きました」

「皆には、特にこの4年、私の事でいろいろと苦労をかけた事と思う。日頃、誠心誠意働いてくれる皆の為、私とエマで協力して感謝の品を作ったから、各自一つずつ受け取ってくれると嬉しい」


 そうして皆の前に披露されたのは、繊細な装飾と見た事もない程美しい輝きが煌めく文様が施されたネックレスとカフリンクスだった。文様はそれ自体も、色もそれぞれ異なるが、そのどれもが大変流麗で幾何学的な美しさを秘めている。


 その場にいる誰もが、初めて見る美しさに言葉を失い、食い入るようにそれらを見つめていた。


 そんな中で、一人の若いメイドがおずおずと手を挙げる。


「あ、あの……!本当にこんなに綺麗な物、あたし達が頂いても宜しいんでしょうか?」


 皆が声をあげなかった事に、不安そうな表情をしていたエマは、彼女の言葉に途端に嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「っ!勿論です!皆さんの為に作った物なので……!文様はどれも違うので、女性はネックレスを、男性はカフリンクスの中から気に入った物をお一つ受け取って下さい!」


 そう言えば、特に若いメイド達はわぁっと嬉しそうな声をあげてネックレスの前に集まっていた。あれこれと手にとっては、どれにするか本気で悩んでいる様だ。

 男性陣は比較的落ち着きながらも、じっくりと吟味している様に見える。


「エマ様、この文様ってそれぞれ意味があるんでしょうか?」

「ありますよ!ちなみにそれは『花菱』というのですけど、菱は子孫繁栄、無病息災の意味が込められています」

「でしたらこちらは!こちらは何なのでしょうか?」

「それは『七宝』といって、円満、調和の意味が込められています。他のどれもおめでたい意味合いのものばかりなので、お守り代わりに身につけてもらえたら嬉しいです!」


 わいわいとエマを囲んで盛り上がる女性陣を横目に、ジャンもカフリンクスを選んでいたのだが、不意に肩を叩かれる。振り向けばこの邸の主がにこやかに微笑んでいて、思わず居住まいを正した。


「ヴィクトル様!?どうされたんスか!?」

「ジャンはもう、どれにするか決めたのかい?」

「いえ、その……オレ、こういうのつけた事ないんで、迷っちまって……」

「ならこれにするといいよ」


 彼が掴んだのはまるでせせらぎの様な文様のカフリンクスだった。傾ければ、光の加減で文様が青く煌めく。


「エマに聞いたら、これは『流水』といって、魔除けや火難避けの意味があるそうだよ。火を扱う厨房の人達に持っていてほしいと言っていたから是非これにしてほしいな」

「マジっスか……」


 それを聞くと、厨房で働いている他の者達も途端に色めき立つ。我先にと流水のカフリンクスを奪い合っていた。その様子を少し下がって見ていたエドモンが、大きな溜息を漏らす。


「坊っちゃま……あまり煽られるのは如何なものかと……」

「そう目くじらを立てるな、エドモン。君にはこれを……長寿の意味があるそうだよ。エドモンには、まだまだ長生きして、私を助けて貰わねばならないからね」

「坊っちゃま……」


 そうして、手ずから袖口にカフリンクスをつけるヴィクトルの姿に、エドモンの目の端には光るものが見えていた。


 この場にいる誰もが、とても嬉しそうに表情を綻ばせ、贈り物をその場で身につけてくれた。皆が笑顔を見せるのに比例して、エマもそれは嬉しそうな満面の笑顔になっていくのだった。






 ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎






「はぁぁぁ……皆喜んでくれて良かったよ」


 自室に戻った開放感で、思わず弾力が素晴らしいベッドに飛び込めば、後ろでくすりとミミが微笑んでいるのが解った。


「お疲れ様でした、エマ様。この数日、熱心に工房に籠られていました甲斐がありましたね」

「ひたすら文様を描いてたからね……まぁ、物凄く楽しかったんだけど」


 少しだけベッドの心地良さに身を委ねた後、がばりと身を起こすとミミへと向き直る。


「実はちゃんとミミの分もあります!本当にいつもありがとう、ミミ!これはミミの為の特別なやつだからね!」


 そう、昼間皆さんに渡した物とは別に、ミミには特別な物を用意していたのだ。ネックレスの形自体は同じなのだが、装飾と文様はミミだけの為の専用だ。


「これは……サントリナ……?」

「そう!ミミの家名って菊の花の一種と同じだったんだね!だからヴィー兄様に頼んで装飾も菊にしてもらって、文様も菊にしたんだよ。延命長寿、無病息災の意味があるから是非使って!」


 目にした時は驚いた表情を浮かべていたが、次第に嬉しそうに綻んでいく。その笑顔が本当に可愛くて、私は脳内カメラのシャッターを切りまくり、心のメモリーに永久保存を決めた。


「ありがとうございます。大切に致しますね……!」

「実はクレイルさんにもミミとお揃いのデザインのポーラータイを作ったんだけど、今どこにいるか解らないんだよねぇ……」

「それでしたら帰ってきたら、直接お渡しください。確実に泣いて喜びますよ」

「泣いて……?まぁ、確かにミミとお揃いだから、めちゃくちゃ喜びそうだよね」


 その光景は想像できるなとうんうんと頷いていれば、ミミは何故か苦笑を漏らしていた。


「……今日はお疲れでしょうし、明日は前侯爵御夫妻がご到着されますから、お早めにお休みになられた方が宜しいかと」

「あ、そうだね……!そうするよ。おやすみ、ミミ」

「おやすみなさいませ」


 静かに扉が閉じ、部屋に一人になった所で、ホッと一息をつく。確かにこの数日、作成で忙しかったし、明日もいろんな意味で気を遣うだろう事は明白だろう。


 そんな今の私に必要なのは、もふもふの癒しだ。出来れば少しでいいから、吸わせてほしい。魔石を使う工房には連れて行けず、最近ポメちゃんとの触れ合いに飢えていたのだが、今夜は存分にもふろうと視線を彷徨わせる。


「あ、こんな所にいたのね」


 カーテンに映る影を見つけ、そっと引けば、なんだか元気がなさそうにしているポメちゃんの姿があった。つぶらな瞳が、少し潤んでいる様にも見える。


「ポメ……」

「どうしたの?最近一緒にいられなかったから拗ねてる?」


 そっと優しく抱き上げれば、すりすりと身を寄せてくる姿があまりに可愛らしい。


「うぅ……ごめんね、ポメちゃん……!寂しかったよね!私もだよ!」


 ちゅっちゅっと沢山キスをして、必死に許しを乞う。最初はしょんぼりした様子だったポメちゃんだが、そのうちに自分からキスをして舐めてくれたので、きっと許してくれたのだろう。

 何度も感謝しながら、久しぶりのもふもふを堪能する。ついでに少し吸わせてもらったのだが、それだけで堪らない幸福感に包まれた。


 存分にもふもふ充をした後、そういえばまだお詫びの品を献上していない事に気付いた。ごそごそと懐を探れば、何かを察した様にポメちゃんの瞳が綺羅綺羅と輝く。


「ポメ?ポメッ?」

「ふふ、もうなんだか解ってる?じゃじゃーん!これ、ポメちゃんの大好きな魔石の絵具で絵付けして、リボンの留め具を作りました!つけてあげるね」


 ぴょんぴょん嬉しそうに跳ねるポメちゃんに、いそいそとリボンをつけようとした所で、リボンはあっという間に私の手から消えていたのだ。


「嘘だろう……なんだこのでたらめな代物は……」


 聞き覚えのある声に振り向けば、何故かそこにはポメちゃんのリボンを呆然とした様子で見ているアングレカム魔術師長の姿があった。






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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