16 魔石を求めて
「凄い!王都って物凄く賑わってるんですね!」
馬車の窓から外を眺めれば、道交う人々の多さにまず驚く。ビルの様な高層の建物はなく、高くて3階建て位だろうか、基本的には石積の建物が多く、屋根や窓は南欧風の明るい色彩でどこか暖かみのある街並が続いている。
「そうか、エマはいきなり本邸の前に来たから王都の街並を見るのは初めてだったね。うちは王都の外れに邸を構えてるから自然も多いし、全然雰囲気が違うだろう?」
「はい。リアトリス帝国でもいろんな街に寄りましたけど、ここまで人が多くなかったですよ。あ、遠くに見えるあの建物は何ですか?ここから見ても物凄く立派な造りですねぇ」
「あぁ……あれが聖教会の本部だよ。王都のほぼ中心に位置してるんだ」
「あれが噂の……」
ここからではだいぶ距離があるものの、他の建物と比べると一際大きく荘厳な建物は、遠目にもよく目立っていた。成程、あれなら王都のどこからでも見えるだろう。それだけの権威を持っているのだ。
「……そうだ、目的の店に寄ったら、後でカフェにでも行こうか。エマが好きそうな甘い菓子も沢山あるよ」
「本当ですか!?あ、でもお菓子ならジャンさんの作る物、どれも美味しいからそれ以上のがありますかね?」
ジャンさんというのは、別邸で働いているパティシエさんの事だ。ジャンさん得意のタルトは勿論絶品なのだが、他のお菓子もどれも美味しくてつい食べ過ぎてしまう。おかげでちょっと体重が増えた気がするのだが、ジャンさんのお菓子を前にすると誘惑に勝てないのが最近の悩みだ。
「それ、ジャンが聞いたら泣いて喜ぶだろうけど、なんだか面白くないから黙っておくよ。それよりも、どうしてエマは私の隣に座ってくれないんだい?なんなら膝の上でも良かったのに」
ちょっと拗ねた様に言うヴィーさんに、私は思わず苦笑を漏らした。馬車に乗る時にも散々したやり取りだが、向かいに座った事にまだ納得していないらしい。
どうも工房に行ってからというもの、スキンシップをとりたがる事が増えた気がするのだが、イケメンの圧は心臓に悪いから程々にしてほしい所だ。
「いやいや、膝の上とか何を言ってるんですか。そういうのは恋人同士でやるものです」
「まぁ、向かい合わせだと顔を見て話せるから悪くはないんだけど……兄様は寂しいよ」
「そう言うならミミも連れてきたらよかったんですよ。そうしたら二人と一人で座れたのに。ヴィー兄様がどうしても二人きりがいいって言うから」
「いや、それだと確実にエマはミリアム嬢と座って、私が一人になるのが目に見えているからね」
そう言われると確かにその通りなので、私は押し黙るしかなかった。ヴィーさんの私に対する理解度が、数日のうちに物凄く上がっている。
「それはそうと、出る時にエドモンさんが心配してましたけど、足の具合は大丈夫なんですか?」
「ん?あぁ……あれは足の事というより、私の外出が物凄く久しぶりだからだよ。この状態になってから、街に出るのは辟易してしまってね」
ヴィーさんは苦笑しながらそう言っているけれど、きっと街の人達に変に気遣われたりとかそういうのが煩わしかったりしたのだろう。それでも、エドモンさんは心配そうにしながらもどこか嬉しそうだったから、ヴィーさんがこうして出掛ける気持ちになった事を喜んでもいたんだと思う。そうなると私にも出来る事がある。
「それなら私がヴィー兄様の杖にも盾になりますから、何かあったらすぐ言ってくださいね!全力で支えますから!」
ぎゅっと拳を握り締め、自分の胸を叩く。と、ヴィーさんは驚いた様子で目を丸くしていたのだが、ややあって嬉しそうに破顔した。
「エマが私を守ってくれるのかい?」
「勿論です!嫌な事、不安な事があれば防ぎますから、任せてください!」
「本当に凄いな、君は……前向きで、直向きで……他の誰かの為に寄り添える。そういう所が、聖女様の資質なのかもしれないね。そういう意味では、エマはとても聖女様らしいよ」
伸ばされた手が、私の頭を優しく撫でる。少し骨張った手は暖かくて、妙にくすぐったかった。
「きっと、君が来なければ私はあの別邸に引き篭もっているままだったよ。それに、エドモンやジャン、別邸で働いている皆、君が来てから笑顔が増えた。彼らの主人として、エマには本当に感謝しているんだ」
「そう、なんですかね……?私は本当に毎日美味しい物を食べさせてもらったり、綺麗なお庭を堪能したり、私の方が感謝する事ばっかりですよ?」
本当に別邸の皆さんには、毎日よくしてもらっているのだが、感謝はすれど、される様な覚えが全くない。首を傾げていれば、ヴィーさんは可笑しそうに噴き出した。
「ふはっ……そういう所。自然体だからいいんだよ。甘い物に目がない所も、ちょっと抜けてる所も愛嬌があって面白いからね」
「え、なんかそれ褒められてます……?貶されてません……?」
ムッとして目の前の彼をじとりと見やれば、何がそんなに面白かったのか、肩を震わせて笑い出してしまった。全く納得がいかない。
でも、そうやって笑う姿はいつもよりも少し幼く見えて、気を抜けている様子なのは良かったとホッとする。久しぶりの外出に、最初は少し緊張している様に見えたから。馬車に乗る時に、隣に座ってほしかったのも、多分不安があったからなのだろう。
切っ掛けは私だったのかもしれないが、今までずっと多くの人を率いていた強い人が、限られた人にしか会わず、あの箱庭の様な過ごしやすい空間に居続ける筈がないと思う。だからきっと私が居なくても、時間を掛けて彼は自分で今の状況から抜け出せた筈なのだ。それでも、今こうしているのもタイミングだろうから、こんな風に笑えているのは本当に良かった。
その後は思っていたよりも和やかに馬車は進み、とある一軒の店の前でゆるゆると止まった。御者のポールさんが扉を開けてくれた所で、さっと降りると、ヴィーさんの方へと手を差し出す。
「ヴィー兄様、手を」
「それ、普通は男の私の役目なんだけれどね」
「いいじゃないですか。杖になるって言いましたからね!」
ヴィーさんは苦笑を漏らしつつも、私の手を取って危なげなく馬車を降りる。平坦な道なら杖で問題なく歩けるものの、何かあれば支えられる様に左側に付き添った。
「ところで、ここって何のお店なんですか?」
「中に入ってみたら解るよ。きっと見慣れない物ばかりじゃないかな」
扉を開ければ、カランとベルが小気味良い音を立てる。中にはやや乱雑に大小様々な道具と思われる物が置かれているのだが、一体何に使われる物なのかは検討がつかなかった。
「これってもしかして、魔道具ってやつですか?」
「そう、正解だよ。例えばあそこにある物なんかは――」
その時、後ろでごとりと何かが落ちる大きな音がして、驚いて振り向く。そこに居たのはこの店の人だろうか、がっしりとした体躯の背の高い男の人が呆然とした様子で佇んでいた。どうしたのだろうかと見つめていれば、その瞳からは滂沱の涙が溢れ出した。
大丈夫かと声を掛けようとした所で、ヴィーさんがすっと前に出る。
「久しぶりだな、アルマン」
やや苦笑気味なその声に、アルマンさんは弾かれる様にヴィーさんの元へと駆けてきた。信じられないものを見る様に見開かれた目からは、涙が溢れ続けている。
「なっ……んで……!団長っ……本当に……!?俺、俺はっ……!」
「ちょっと落ち着け。君は相変わらず涙脆いんだな」
宥める様にヴィーさんはアルマンさんの背を暫く撫でていたのだが、ようやく落ち着いてきたのか、申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「申し訳ありません、団長……まさか団長がここに来てくださるなんて、思ってもみなくて……俺がこの店で働いている事、ご存知だったんですか?」
「君の事は気に掛けていたんだ。騎士団を辞めた原因は……私、だったのだろう?」
「それは……その……」
アルマンさんは困った様子で視線を彷徨わせた後、大きな溜息を漏らした。
「……あの時、団長の一番近くに居たのは俺でした。俺がもっと動けていれば、と考えなかったといえば嘘になります。でも辞めたのは、肝心な時に動けない自分に限界を感じたからです」
「アルマン……」
「でも俺、手先は昔から器用だったから、この仕事向いてるみたいなんです!今は毎日、魔道具作るのが楽しくて楽しくて」
そう言って笑うアルマンさんの表情は晴れやかで、真実楽しんでいるのだという事が伝わってくる。そんな彼の様子に、ヴィーさんも胸を撫で下ろしたのだろう、先程よりも穏やかに微笑んでいた。
「今日、団長に会えて良かったです。ずっと気掛かりだったので……」
「私もあの時、自分の怪我のせいで、君が思い詰めてる事まで気が回らなかったのを後悔していたんだ。話せてよかったよ」
「あっ……!今更なんですけど、お連れの方もいるのに話し込んでしまって申し訳ありません!」
ハッとした様子の彼は、私の方を見てぺこぺこと頭を下げてきたので、気にしていないという思いを込めて微笑んだ。
「失礼ですけど、此方は団長の……?」
「可愛いだろう?義妹なんだよ」
「エマです。宜しくお願いします」
「あっ、はい!自分は第一騎士隊に所属しておりました、アルマン・ジニアと申します。団長には大変お世話になりました」
居住まいを正し、深々と礼をするその姿は、とても実直な人だという事がありありと伝わってくる。彼は顔を上げると、視線をヴィーさんの方へと戻した。
「それで、団長は何か魔道具をお探しなんでしょうか?」
「いや、魔道具そのものというよりも、欲しいのは魔石を研磨した時に出る粉塵だ。ここなら沢山あるだろう?」
近くにある魔道具を見てみると、綺麗に磨かれた宝石の様な石が付いているのだが、恐らくこれが魔石なのだろう。どれも綺麗に磨かれ、カッティングされている様だから、加工の段階で出た物は確かに細かい粒子になっている筈だ。確かにそれなら、既に砕かれていて試し易いだろう。
しかしながら、思ってもみなかった事の様で、アルマンさんは驚いた表情を浮かべている。
「えっ!?あんなのどうされるんですか!?そりゃ沢山ありますけど、あんなのゴミみたいなものですよ!?」
「ちょっと試してみたい事があるんだ。まとめて引き取りたいんだがいくら位になる?」
「いえ、そんな!捨てるだけの物ですから、お金は頂けませんよ!でもそれなら今丁度袋に纏めた所だったので、俺持ってきます!」
そう言うや否や、アルマンさんは店の奥の方へと引っ込んでしまった。暫くすると、両手いっぱいに袋をいくつか抱えて戻ってくる。
「いろんな魔石の屑が混ざってるのもありますけど、幾つかは同じ属性のやつを磨いてた時のなんで、一応属性毎に分けてます」
「うわぁ!細かくなっても、ラメみたいに綺麗ですね!」
袋の中を覗けば、細かい粒子が綺羅綺羅と光の加減で反射して見える。元々の魔石が宝石の様に綺麗だから、砕かれても輝きは残ったままだ。少し手に取って感触を確かめてみるのだが、なかなか良さそうな感じではある。
「うん……これならいけるかもしれません」
「そうか……!アルマン、もしこれが使えそうなら、また追加で頼みたいんだが、大丈夫だろうか?」
「それならまた溜まったら侯爵家の方にお届けしますから、いつでも仰ってください!これが何になるのか、俺も興味があるので、上手くいったら教えてくださると嬉しいです」
「あぁ、解った。完成したら君にも見せるよ」
そう言って微笑むヴィーさんの表情は、本当に柔らかくて優しい。アルマンさんが、大切な部下だったのだろうという事がよく解る。上官としてのヴィーさんの姿勢や接し方は、とても尊敬できるもので、私の上司もこんな人だったらもっと仕事もやりがいがあったのではないかと思わずにはいられなかった。
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