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10 無自覚の聖女

「研究に協力……って、痛いのとか命の危険があるのは無理ですよ!?」


 思わず身を守るように自分の体を抱き締める。恐らく魔術の研究だろうが、人体実験とかそういう危なそうなのは流石に御免だ。

 魔術の実験だなんて一体どんな事をするのか、想像もつかず身震いする私とは裏腹に、アングレカム魔術師長はとても良い笑顔のままだった。


「安心しろ、お前は普段通り過ごすだけで構わん。此方は此方でお前を観察させてもらうから、そのつもりでいてくれるだけでいい。簡単な事だろう?」

「いや、それってストーカーじゃないですか!?」

「すと……?なんだか解らんが不快な響きだな。何が問題だというんだ」

「問題だらけですよ……!」


 堂々とストーカーさせてくれと(のたま)う彼は、心底意味が解らない様子なのが、余計に頭が痛くなってくる。


 四六時中この芸術品の様な美貌の男に、じっと観られるのが地味な私とはこれ如何に。美しい人を眺めるのは大好きだが、その逆は想定していないのだ。心情的に居た堪れないし、そもそも私を観察して面白い事があるとも思えない。第一、着替えや入浴なんかのプライベートな部分はどうするつもりなのか。その辺りのことをこの人は考えて発言しているのだろうか。


 ラファエル皇子といい、アングレカム魔術師長といい、顔のいい男はストーカーしないと生きていけない世界だとでもいうのか、此処は。


(まぁ……そもそも私を観察対象としか思ってないんだろうな……)


 きっと私の事は異世界から来た物珍しいモルモットくらいにでも思っているに違いない。つまり異性でもなければ人間ですらない、実験動物なのだ。そうでなければ、こんな発言は普通しないだろう。


(最初から猪扱いだったんだから、別に今更だけど!)


 そうは思うが、妙にもやもやとして落ち着かない。自分でもどうしてこんなに納得し難いのかもよく解らず、溜息を漏らした。


「……そもそも、どうして私を観察したいんですか?聖女だからなら、私にはそんな力はありませんから他を当たってください」

「それはお前が無自覚の聖女だからだ。故に聖属性の魔術を、どの様にものにしていくのか実に興味がある」

「無自覚ってそんなまさか……」

「俺の言葉が信じられないのなら、そこにいる二人に聞くがいい。お前が聖女だと、報告してきたのは彼等だからな」


 俄には信じられない思いでミミとクレイルさんの方を見れば、驚く程真剣な眼差しのミミと視線が重なる。ぎゅっと握り締めている彼女の手が、力を込めすぎて更に白くなってしまっていた。


「エマ様……スプリヌの森での事を覚えていらっしゃいますか?あの森で、魔物に一度も遭遇しないなど、本来なら有り得ません。何故そうなったのかは、エマ様が居たからに他なりません」

「私が居たから……?でも、なんで……」

「お前は無意識に聖属性の魔術を使ってるんだよ。魔物はその力を嫌っているから、それで俺たちの近くには寄ってこなかったんだ。だからここまで、一度も魔物に遭遇しなかっただろ?そういう事だよ」

「私が……聖女……?」


 ぽつりと呟き、自分の掌に視線を落とす。握ったり開いたりを繰り返すが、何か特別な力が自分の中にあるとも思えないし、二人が言う様な魔術を使った覚えもない。


「でも私、呪文とかも知らないし、本当に私が魔術を使ったんですか?」

「基本的に魔術は己の内にある魔力を使い、頭の中で正確な術式を展開する。呪文は必要ないが、知識と明確なイメージが必要とされるものだ。だが、聖属性だけはその限りではない」


 アングレカム魔術師長によると、魔術を発動する元となる魔力は全ての人が持っているが、その量には個人差があるという。そして使える属性についてもそれぞれ適性な属性はあるが、相反する属性でなければ努力次第で習得は可能なのだそうだ。ただ、その努力というのが並大抵の事ではないため、ほとんどの人は自分が適性のある魔術を使っているのだという。


 しかしながら、聖属性だけは努力ではどうにもならず、生まれつきの適性がなければ術は発動しないのだとか。故に基本の7つの属性とは一線を画しており、適性のある者も稀な為重宝されるのだが、国や貴族、聖教会に保護され囲われる事により聖属性についての研究はあまり進んでおらず、未知な部分が多いのだという。解っている事は、聖属性の魔術は他の魔術とは発動条件が異なるという事らしい。


「400年前の大聖女様もお前と同じく異世界から召喚されている。文献ではこの世界に来て初めて魔術の存在を知ったという事だが、現れた当初から問題なく力を発動していたのだそうだ。ならば聖属性の力に最も必要なのは知識ではなく、強い願いや祈りだと俺は考えている。お前は二人を護りたいと、そう願ったのではないか?」

「願い……」


 確かに、ミミとクレイルさんには助けられた恩もあるし、優しい二人を護りたいとは思っていた。でもそれだけで、そんな奇跡みたいな力を使えるものなのだろうか。


「で、でもそれなら盗賊に襲われたのはどうなんですか?二人を護りたいって願いが何らかの力を発動していたのなら、そういうのも防げるんじゃないですか?」

「それはお前が全く力を制御できていない事と、魔物の方が聡いからだ。人間は目に見えぬ力に対して愚鈍な生き物だからな。その点は魔物の方が優れているとも言える。口喧しく喋る事もないしな」


 そう言ってアングレカム魔術師長は皮肉気に嗤う。言葉の端々から、どうも人間に対して悪意を感じるというか、何というか。あれだけ口が悪いのも、捻くれた性格も、そこに至る何かがあったのだろうか。


 そんな事を考えながら、じっと彼の顔を眺めていれば、不意に彼のインディゴブルーの瞳が私を捉える。

 近くで改めて見ても、やはり顔だけはいい。睫毛は長いし、白磁のような肌はきめ細かくて、どう見ても女の私より綺麗だ。まぁ、その表情は不機嫌そうに眉を顰められてはいるのだが。


「……おい、お前はまた何を呆けている。人の話を聞いているのか?」


 何も言わない私を訝しんだのか、覗き込む様にその美しい顔が間近に迫った所でハッとする。慌てて離れようとした為、椅子が不自然にガタリと音を立てた。


「っ……私が聖女かどうかはまだ確信できないですけど、観察したい理由は理解はしました!でもやっぱり無理ですよ……!私は観るのは慣れてますけど、観られる側には向いてません!何が楽しくて自分より綺麗な人に観察されないといけないんですか!?」

「……成程、つまりこの顔でなければ構わんのだな?」

「へっ?いや、そういう事じゃ……」


 私の言葉に、彼は暫し考え込む様に右手で顎を撫でる。と、私の目の前にその手を差し出し、掌を上へと向けた。瞬間、ふわりと掌を中心に風が巻き起こり――


「ポメ〜〜〜!」


 そこには彼の髪色と同じ、プラチナブロンドの毛色をしたふわふわの綿飴のようなポメラニアンの子犬が居た。つぶらな瞳がうるうると見上げてくる。


「此奴はだな……」

「かっ……可愛い……!え、待って……なんですかこの可愛い生き物は!妖精ですか!?ふわぁぁ……もふもふしてる……」


 触れれば壊れてしまいそうな、愛らしい存在をそっと優しく抱き上げる。想像通りの素晴らしい毛並みは実に触り心地がよく、存分にもふもふとしてしまう。銀にも近い毛色も、光で綺羅綺羅としてあまりに美しい。耳の後ろや首筋、尻尾の付け根辺りをマッサージするように撫でていくと、とろんと気持ち良さそうにつぶらな瞳が細くなった。


 私がうっとりともふもふを堪能している間、ふとアングレカム魔術師長の方を見れば、彼の眉間の皺は物凄く深くなっており、怒っているのか頬が僅かに赤くなっていた。


「っ……やめろ!そんなに無遠慮に撫で回すな!」

「???なんでアングレカム魔術師長が怒ってるんですか?ねー、ポメちゃん?」

「ポメ?」


 私に合わせるように、こてんと首を傾げるポメちゃんは言葉にできないくらいに愛らしく、堪らずキスをする。と、ガタガタと物凄い音をたてながらアングレカム魔術師長が勢いよく立ち上がった。口元を手で押さえているが、その肩は僅かに震えている。

 ポメちゃんの可愛さに抗えず構い倒してしまったが、過度なスキンシップは飼い主の彼を怒らせてしまったのだろうか。謝ろうかと口を開きかけた所で、ポメちゃんはひょいと摘まれて、彼の方に連れていかれてしまう。怒りを鎮めるためなのか、大きく溜息をついた後、彼は椅子に座り直した。


「……此奴は犬の様に見えるが犬ではない。妖精だ」

「へっ?本当に妖精なんですか?」

「へぇ、俺も初めて見ました。こんな可愛い姿なんですね」

「クレイルさんも見た事ないんですか?」

「あぁ、妖精は清浄な森の中にしか居ないからな。滅多に人の前には姿を表さないんだよ」


 魔術が普通にある世界だし、魔物も居たりするのだから妖精もよくいる存在なのかと思ったがそうではないらしい。イメージ的には小人に羽が生えた姿を想像していたのだが、まさかこんな愛らしい子犬の姿だとは思わなかった。


「妖精は動物の姿をしている者が多いですね。子兎の姿の妖精などは特に可愛らしいですよ」

「ミミは見たことあるんだ!いいなぁ……というか子兎と戯れるミミとか想像しただけで第七天国すぎる……」

「なんだその、第七天国ってのは?」

「天使が住まう天の国には七つの階層があって、その最上が第七天国と言われてるんです。つまり最高に尊いという比喩ですね」

「成程、理解した……俺も今度から使わせてもらおう」

「お二人共……!話を戻しましょう!」


 頷き合う私たちにミミが真っ赤になって止めるいつものやり取りをして満足していたのだが、アングレカム魔術師長はポメちゃんを抱えたまま、無表情で此方を眺めていた。美形の無言の圧、再びである。

 一つ咳払いをすると、彼に向かってにっこりと微笑む。


「それで、そのポメちゃんが妖精なのは解りました。話の流れからすると、もしかしてポメちゃんが私を観察してくれるって事ですか?」

「まぁそういう事だが、まず此奴はポメちゃんなどというふざけた名前ではない。オベールという立派な名前があるのだ」


 成程、どうやらちゃんとした名前があるのに私が勝手にポメちゃんと呼んでいたのが気に食わなかったようだ。それであんなにも怒っていたのか。

 しかしポメちゃん……安易だけど可愛いと思うんだけどな。ポメポメ鳴いてるし。


「オベール…………ポメちゃん」

「ポメッ!」

「ほらー、ポメちゃんも喜んでますよ」

「くっ……この裏切り者め!後で覚えておけよ!」


 ぽてぽてと可愛らしい足取りでテーブルの上を私の方に向かってくるポメちゃんをそっと抱き上げる。彼は私の腕の中で愛らしく鳴くポメちゃんを、物凄い顔で睨んでいた。


「……仕事が無い日には俺も様子を見に行くが、基本的には此奴を常に付ける。ただし、必要以上に撫で回す事、口付ける事は禁止だ。いいな?」

「ありがとうございます!」


 物凄く不機嫌そうに注意事項を告げるアングレカム魔術師長ではあるが、私は満面の笑みだ。嫌な人だと思ったが、こんなに愛らしい妖精を貸してくれるだなんてだいぶ好感度が上がってしまう。慣れてしまえば、彼の嫌味もあれはあれで味があるではないか。


「ところで、エマの様子を見にくるという事は、エマの受け入れ先はもう決まってるんですか?魔術師長の所は御一人だから、若い娘を住まわせるのは世間的にまずいでしょうし……」

「当たり前だ。そもそも俺は、他人を自分の懐に入れるのは好かん。故に俺が行きやすく、且つ最も安全で安心できる所は一つしかないだろう」

「あー……いや、確かにあの方の所なら間違いなく安全でしょうけど……それ、あの方に相談されました?」

「いや、勿論これからだが?あいつが断るはずがないだろう」

「だと思いましたよ……」


 大きな溜息を漏らすクレイルさんと、アングレカム魔術師長とを交互に見やる。


「わ、私……何処かに預けられるんですか?ミミとクレイルさんのとこじゃダメなんでしょうか?」

「うちで預かれたらいいんだけどな……俺は任務で留守にしがちだし、四六時中警護できるような使用人を雇える家でもないんだよ」

「クレイルは帰国後、暫くしたら他国での任務が決まっているが妹の方は特別任務としてお前の警護に就けるよう騎士団には要請済だ」

「!良かった……それは安心しました」


 ちらりとミミの方を見れば、嬉しそうに微笑んでくれた。ミミがこれからも側に居てくれるのは、本当に嬉しい。彼女が居るのなら、どこに預けられる事になっても寂しくはないだろう。


「それで、私は何処に預けられるんですか?」


 そう改めて尋ねれば、アングレカム魔術師長は僅かに微笑みを浮かべた。


「俺の友――元王国騎士団長の家だ」






読んでくださってありがとうございます!

作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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