プロポーズの練習相手になってほしいと公爵令息からお願いされたんですけど、練習の割には随分真に迫ってますね?
「あ、モニカ、ちょっと今いいかな」
「はい?」
貴族学校のとある放課後、私が帰ろうとしていると、突然公爵令息のジェイク様から声を掛けられた。
はて?
私なんかに何の用かしら?
「はい、私は大丈夫ですけど、どうかされましたか?」
「うん、実は君に折り入ってお願いがあってね……」
「?」
お願い?
「……実は僕は今、とある女性に恋をしているんだ」
「――!」
わーお。
あれから二人で人気のない裏庭のベンチに移動したのだけど、まさかの恋愛相談だったとは。
――しかもあのジェイク様が。
ジェイク様は我が校でもトップクラスの権力を持つ公爵家の令息で、その蕩けるような甘いルックスも相まって令嬢達から絶大な人気を得ている方だ。
その割には未だに婚約者がいらっしゃらないらしいし、誰がその座を射止めるのか、令嬢達の間では専らの話の種なのだけれど。
遂にジェイク様にも意中の人が現れたのですね……!
でも、だとしたら何故私みたいなしがない男爵令嬢に相談を?
「なるほど、ご事情はわかりました。ですが、そういうことでしたら、私よりももっと相談相手として相応しい方がいらっしゃると思われるのですが……」
「いや! これは、君にしか相談出来ないことなんだ」
「……?」
というと?
「――君には、僕のプロポーズの練習相手になってほしいんだ」
「――!!」
わーお(デジャブ)。
「ではいくよ」
「は、はい、いつでもどうぞ」
私とジェイク様は、互いに向き合って立っている。
シチュエーションとしては、ジェイク様が意中の人を大事な話があると言って呼び出したとか、そんな感じだ。
それにしても、プロポーズの練習相手になってほしいとは。
確かに自分で言うのも何だけど、それなら私程うってつけな人材はいないわね。
私は超地味な見た目をしてるし、私が相手ならジェイク様も緊張せず練習出来るはずだもの。
……でも、ジェイク様ならわざわざ練習なんてしなくても大抵の相手なら即オーケーしそうなものだけれど、こうしてしっかりと事前準備を怠らないあたりに、ジェイク様の誠実な人柄が窺える。
これはお相手の方は万人が嫉妬するくらいの幸せ者だわ。
「……モニカ」
「――!」
その時、ジェイク様の纏う空気が、ピンと張り詰まったのを感じた。
く、くるか……?
「――僕は、君が好きだ」
「っ!」
ジェイク様は、透き通るような翡翠色の瞳で真っ直ぐ私を見つめながら、そう言った。
……お、おぉ。
とても練習とは思えないくらいの迫力だわ。
「ずっと、ずっと前から好きだったんだ、君のことが」
「あ……、はい」
う、うわあああああ、恥ずうううううううう。
これ思ってたより結構クるわね!?
ジェイク様みたいなパーフェクト令息からこんな風に告白されるなんて、練習とはいえ動悸が止まらないわ……。
「この学校に入学して、下手に身分が高いばかりにみんなから遠巻きにされてる僕に、最初に話し掛けてくれたのが君だったね」
「ん?」
あれ?
まだ練習は続いてるんですか?
ま、まあ、それは別にいいんですけど、そのエピソードは私とのやつですよね?
練習なら私のじゃなくて、意中の人とのエピソードを言った方がいいんじゃ……。
「僕は男のくせに甘いものに目がなくて、一人でケーキバイキングのお店に入るのを戸惑っていた僕と、一緒にお店に入ってくれたり」
あ、ああ、ありましたねそんなことも。
まあ、あれはむしろ私がケーキを食べたかったからご一緒しただけなんですけどね。
「体育祭の借り物競争で僕を選んでくれた時は……嬉しかったなぁ」
「あ、はぁ……」
あの時は確か、『仲の良い異性』ってお題だったのよね。
そんなの私にはジェイク様しかいなかったし、実質一択だったんだけど。
「僕は、君とだったら幸せな家庭を築けると思っているんだ。――そして、出来れば子供は野球チームが作れるくらいはほしいと思っている」
「野球チームが作れるくらい!?!?」
それはなかなかですね!?!?
これはお相手の方、相当頑張らないといけませんねッ!
「だからどうか僕の――将来の妻になってほしい。お願いします!」
「――!」
ジェイク様は耳まで真っ赤にして、プルプルしながら私に頭を下げた。
――いや正直滅茶苦茶可愛いんですけど!?!?
さっきまでは何とか自分の気持ちから目を背けてたけど、今になってジェイク様の意中の人に対しての嫉妬の炎が抑えられなくなってきたんですけど……!
「ど、どうだったかな? 今のプロポーズ?」
「――え」
ジェイク様が不安げな表情で、私を見上げてきた。
……くっ!
「は、はい、とてもよかったと思います。……今の感じなら、きっと本番でも成功しますよ」
「ホントかいッ!」
途端、曇天からパアッと光が射したかの如く、ジェイク様の顔が晴れた。
……あぁ、そんな顔されちゃ、私にはもう何も言えないわ。
「ありがとうモニカ! お陰で勇気が持てたよ!」
「そうですか、それは何よりです」
……さようなら、私の初恋。
「……で、では、今から本番、いくね」
「…………ん?」
本番?
「……モニカ、ぼ、僕は、ずっと前から君のことを――」
「――!!」
ジェイク様は震え声で、それでも私の目を真っ直ぐ見つめながら『本番』を始めたのだった――。