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9:ポーチには50kgしか入らないから残りは置いてきた


ソファに座った美少女は青空のように深く涼やかな青い長髪を揺らし微笑んだ。

「その子どもひとり、養子に迎えていただくだけで金貨500枚お支払いします」

胡散臭い詐欺だ。対面する男とその妻は思った。

身なりの良い少女であり、その容姿はどこぞの姫君だと言われても納得するものだったが如何せん、僅かに不穏な空気を纏っている。

ハーフエルフに会ったことは無いが皆こういう者なのかもしれない。

「・・・・・・突然のお話なので」

そう言って言葉を濁せば彼女、アリシニレユは優しく微笑む。

そうだ、名乗った彼女の名前もおかしい。100年前の大戦で活躍した竜人と同じ名前。

もしかしたら、“アリシニレユ”の直系の子孫かもしれないと思うと無下には出来ないが、そう考えると、不自然な点が多い。

第一に“アリシレニユ”は戦死しているはずだ。子孫の話は聞いたことが無い。

第二にそんな人物が落ち目の子爵家に養子を入れようというのも分からない。それも自身の子ではなく、人間の子どもだという。

本当に“アリシニレユ”の血縁であればその勇猛さでどこの貴族家も喜んで迎え入れるだろう。

「不安に思う気持ちは分かります。しかし、こちらは一切そちらに関与いたしません。ただ、戸籍が欲しいだけなのです。これくらいの事であれば商人もやっている方法だと思いますが」

全くその通りだ。少しでも金のできた商人は平民であることを厭い、最悪でも商売の幅の広がる自由市民か、貴族に懇願してでも地位を欲しがる。それもダメなら後ろ盾だ。

一応地位はあるが金の無い男の家門のようなところは喜んで金を貰い、相手方には推薦状を渡す。そうすることでより高い地位、爵位を持つ者に懇願しに行くというパターンだ。

それ自体はありふれた手段である。

だが、今回は違う。わざわざ、大金を支払って子爵家に養子を出したいと言い出したのだ。

「誓って乗っ取りなど愚行は致しません。屋敷もこちらで用意したものに住みますし、家中の引き抜きなども行いません」

家中の引き抜きをせずにどうやって暮らしていくのかと怪訝な顔を見せても彼女は微笑み返すだけでその感情の機微を悟れない。

男は悩んだ。正直、飛びつきたい話ではある。

領地は極小で、税の収入もパッとしない。上の方々の覚えも悪く、いい役職に着けそうな展望はない。

せめて食うに困らないだけの仕事が欲しいが、貴族の見栄を考えると切り詰めて生活していてもあまりに苦しい生活。農民たちの生活だってよくはないから、苦税を強いることはできない。

最悪、無能の烙印を押されて男の代でこの家門はお取り潰しかもしれない。それ程ひっ迫した状態での申し出は、嬉しかった。それでも、乗り切れないのは不安があるからだ。

もしくは彼女の持つ独特の不安にさせる雰囲気のせいか。

「・・・・・・あー・・・・・・」

言葉に出来ない不安をどう言い表したらいいのか。情けない声を出し、助けを求める男に妻は咎めるような目を向けて息を吐く。

「横からで申し訳ないのですが、よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

妻は覚悟を決めたように強い眼で彼女を射抜く。

「なにか、担保になるようなものはいただけないのでしょうか」

「金貨500枚では不足、と?」

優しく細められた赤い目は冷酷に計算をしている目に違いなかった。

まずい。と思ったのは男もその妻も同じだ。金貨500枚は何としても欲しい。だが、あまりにも不安要素が多すぎる。

踏み切れない理由を言語化するよりも早く彼女は諦めたように口を開いた。

「そう、そうですね・・・・・・なにぶん、無粋者でして洒落たものはございませんが、腕に自信があります。飛竜の鱗はいかがですか」

そういって腰のポーチから取り出されたのは、彼女の顔よりも一回り大きいエメラルドで出来たとしか思えないほどに煌き、輝き、無垢な光を反射する正真正銘の飛竜の鱗だった。

男は口をあんぐりと開けてその鱗に見入る。本の絵で、文字でしか知らなかったものの、実物を一生のうちに見ることになるとは思いもしなかった。

彼女はそれを気にした風もなく、続ける。

「これは迷宮“風鳴る渓谷”の60階で現れる飛竜“風刃”を私が討伐したものから剥ぎ取った物です。あと29枚ございます」

意外と鱗って重いんですよ、なんて世間話をするかのように言うので、妻と男は目を見合わせた。

飛竜“風刃”。その鱗が前回出回ったのは10年以上前だ。オークションに行ったのでよく覚えている。倒せる冒険者はなかなか現れず、倒せたとしても鱗を剥ぎ取るのは至難の業。剥ぎ取れたとして、基本的には疵だらけ。美品であればある程に芸術品としての価値もあり、疵があっても標本として根強い人気を持つ。値段は疵付きで一枚で金貨40枚。それがあれ程眩しく美しい状態の物が30枚あるという。

値段に慄き、身を引く妻と見たことない物への好奇心と興奮から男はソファから身を乗り出し、恥もかなぐり捨てて真剣にその鱗を真正面から見ていると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「・・・・・・まあ、価値を知っていただけているようでなによりです。これを10枚差し上げます・・・・・・勿論、金貨500枚と一緒に。いかがですか」

「はい!喜ん――ぐあぁ!?」

いちもにもなく男が興奮気味に満面の笑みで手を差し出したのを叩き落したのはこの状態でも冷静な妻だ。

「やはり、ご本人を見てからではないと」

「・・・・・・」

彼女は一瞬考えたようだった。妻がいうのは間違いではない。

実際、貴族家に養子になるというのだから、本人を見たいというのは正当な権利だ。

だが、男は目の前の宝に目が眩み、不満気に口を尖らせた。

「いいじゃないか、こんなに素晴らしいものをいただけるんだし」

「あくまでも、担保でございます。あなた」

それにと、続ける。

「うちには娘がひとりおります。折り合いが悪ければ、この話はなかったことに」

「まあ、ご息女を大切になさっているのね。分かりました・・・・・・」

彼女は微笑んだ。

「次は連れて参ります。いつ頃ならよろしいですか?」

「明日で」

素早く答えたのは妻だ。

彼女は一切の不満を見せずに頭を下げた。

「分かりました。明日同じ時間にお伺いいたします」

「ええ、お待ちいたしております」


去って行った彼女の背中をぼんやりと眺めながら男は玄関に立って、うーんと唸る。

「・・・・・・そんだけ強けりゃ、それこそ上の爵位の方々の覚えも良かろうに・・・・・・何故わざわざ落ち目の家に来たんだ?」

「その方が安上がりだとお考えなのかもしれませんよ」

素っ気なく妻はそう言って踵を返した。

男は思案する。彼女のメリットは何か。

子どもが養子に来れる以上の価値が家にあるとは思えない。しかし、彼女はそう思っていない。それこそ、金貨100枚でも男は釣れた。なのに最初から破格の金額を出して、交渉に応じてくれたのだ。

誠実に当たらなければならない程の何かが家にはあるんだろうか?

うーんとまた唸り男は肩を落とした。

「爺さんが生きてりゃなあ。本人か聞けたのに」

あの大戦で祖父は戦い、その功績で子爵の地位を得た。それ程に優れた軍功を上げた人物だったが如何せん、口の堅い人物で偏屈。遊んでもらった記憶は無いが訓練名義でぼこぼこにされた覚えは山ほどある。

その爺さんが自慢げに言っていたのはそうだ、自慢していた。そして怒っていた。


「アリシニレユ・ウユーイ・バオガネーシュ・“クィカ”・ニヒジェケス。彼女と戦線を共にしたのはこの上ない栄誉だった、彼女が王を裏切るなんてとんでもないって」





ちなみに、飛竜は殴って倒した。

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