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宿屋に帰って来た3人はエントランスから階段を上がる際に2人は新しい執事ベジェーノを置いて先に部屋に戻った。

当然ガネブは疑問に思う。

「なんでだ?」

質問の意図が伝わらないほど短い問いにアリスは答える。

「お茶の準備。簡単な作法から徐々に身につけていくの」

「そうなんだ。俺、ちゃんとできるかな?」

「ガネブなら大丈夫。静かに飲むのは前から出来てたでしょ?」

「うん」

アリスとこの宿屋に泊まるようになってずっと静かに飲む練習をしていた。それが作法だからだ。

カップをソーサーに戻す際に音を立てないし、飲むときも少しずつ飲むことを覚えた。

「アリスのおかげだ!ありがとう」

「あら、お礼が言えて偉い」

アリスがガネブの着ていた上着を脱がせてハンガーラックにかけて日当たりのいい椅子に座り、数分待つと部屋にノック音が響く。

アリスが席を立ち、ドアを開ける。僅かな隙間でアリスは会話をして、それから、ガネブを振り返った。

「ガネブ。ベジェーノが来たわ。部屋に入れてもいい?」

「え?うん」

そんなこと聞かなくても入れていいのにと思いながらガネブは頷くとアリスはドアを開けた。

現れたのは銀のカートを傍らに準備し、銀盆を持つベジェーノだ。

この数分でどれだけの準備をしたのか。ガネブには見当もつかなかったが、兎に角大変だっただろうなあとは思った。

「失礼いたします。お茶の準備が整いました」

ベジェーノがそう言って部屋に入ると宿屋の従業員の1人がクラシカルなメイド服を着てカートを押し現れる。

テーブルに次々と焼きたてのマフィン、キラキラとしたデザートや瑞々しいフルーツが置かれていき、ガネブとその対面にひとつずつソーサーとカップが置かれた。

準備が終わるとベジェーノは腰を折り、それから3歩下がってテーブルから離れる。

「お待たせいたしました」

完璧な仕草だ。少なくとも宿屋のメイドはそう思った。だが、この部屋の主の少年ガネブの反応は好ましくない。

何かミスをしただろうか。ベジェーノは自身の行動のすべてを反芻し、必死に考えた。

やっとつかんだ仕事だ些細なミスも犯したくない。次の勤め先が何年後になるかもわからないのだ。

ガネブが口を開くと同時にベジェーノの体には知らず緊張が走る。

「ベジェーノの分は?」

きょとんとガネブは此方を見上げている。

純粋な問にベジェーノは戸惑いながらも微笑みを浮かべた。

「私は後で頂きます」

当たり前だ。よほどの例外が無い限り、従僕は主人と食事などの一切を共有しない。

そんな事をすれば、家名に傷をつける。

だが、ガネブは首を振った。

「一緒に食べよう。食べながら教えてくれよ」

ベジェーノ助けを求めるようにアリスを見た。アリスは微笑を浮かべて面白そうに見ているだけだ。

いや、これは反応を見ているのだ。ここでベジェーノがどういう行動に出るのかを審査しているに違いない。

深く頭を下げて、ベジェーノは口を開く。

「私は・・・・・・」

「ガネブ。従僕・・・・・・執事は本来、一緒に食事をしないの」

「なんでだ?」

アリスは優しく微笑んだ。

「主が食べている時にその席を埋めてしまうと別の人が入れなくなるからっていうのと、一緒に食べてしまうと主の身の回りの事が出来なくなってしまうでしょ?配膳なんかは基本的にメイドの仕事だけど、料理の説明やお茶の解説、お酒の産地を答えないといけない場面もある・・・・・・執事って大変なの」

「へえ」

説明したがガネブが納得するかは別の様だ。

本来はこれくらいの歳の貴族であればこんな癇癪は起こさない。“常識”で物事を測るからだ。

ならこの子どもは“貴族”じゃない。貴族だとしてもその教育を全く受けていない最下位の貴族まがいだ。

浮かびそうになった侮蔑の感情を必死にベジェーノは抑え込んだが、アリスは咎めるような目で此方をちらりと見る。

ガネブは2人の無言のやり取りに気づかずに笑う。

「今日は俺がちゃんとしてればいいんだよな?服を汚したりしないし、綺麗に食べたら一緒に食べられるよな!」

無邪気な笑みだった。美しい、無邪気な笑み。ベジェーノがそれを失ってどれ程経つだろう。

「ベジェーノ。人目もないしこれ程ガネブが言うのだから、一緒に食べましょう」

「ですが、このテーブルは・・・・・・」

お茶をするテーブルと言うのは普通は円形のティーテーブルである。

と言うことは上座がなく、“対等”に扱われる。これは非常にまずい。

万が一誰かに見られたりしたら、それはそれは良くない噂が立ち、見下す輩が湧き出る。

ただしこの場にいる宿屋のメイドは大丈夫だ。そんなことをしたら、信用も職も失うから。

「ん?綺麗なテーブルだよな。ほら、そこに座れよ!」

指示された椅子に座れずに戸惑っていると、アリスから力強い一言が走る。

「座って」

冷たい声に一も二もなくベジェーノは席に着いた。


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