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6:綺麗な剣だったのに

戻ってきたアリスの腰を見てガネブは驚く。

「剣はどうしたんだ?」

魔法のポーチにしまっているのかと思ったが彼女は微笑んで答える。

「もう要らないから、手放したの」

あっけからんとそう言われガネブは口をあんぐりと開ける。

あの剣は伝説にも謳われるようなそんな凄い剣だと鍛冶屋の親父が言っていたのに、それを手放したとは全く信じられない事だ。

「でも、伝説の凄い剣だって・・・・・・前の主に作ってもらったって・・・・・・」

「あんなの古いだけの剣だから、いいの。それとも、あの剣欲しかった?」

とんでもない言葉にガネブは首を振る。

剣の事などガネブには分からない。

あんなに豪華な作りで美しい剣だったのにそれを要らないというアリスの事が分からない。

「まあ、その話は良いわ。ガネブこれから30分くらいで貴方の執事になる人が来る。合格かどうかは、貴方が決めて」

「え?俺、執事なんていらないよ。よく分からないし」

そう言うのはお見通しだったのだろう、アリスは面白そうに目を細めて言う。

「執事がいればいろいろ便利なの。彼らは礼儀作法のプロフェッショナルだし、教養もある。ガネブが気にしていた作法を教えて貰える」

「そ、そうなのか?」

「ええそうよ。後は私がいないときに貴方の面倒を見てくれる。果物が欲しくなったら取りに行ってくれる感じね」

「それくらい自分で取れる」

口を尖らせたガネブにアリスは苦笑する。

「宿屋では勝手に持って行っちゃいけないって知っているでしょう?誰に言えばいいのか分かるの?」

「・・・・・・分からないけど・・・・・・」

「それを解決してくれるのが、執事。面倒な事務の手続きだってやってくれる」

「ふーん?」

面倒な事務手続きと言うのがピンとこずに曖昧に返事を返す。

それから色々話した。

どんな人が来るのかガネブは分からなかったから、漠然と随分親切で優しい人が来るんだなあとしか思わなかった。

個室のドアがノックされたのは確かに30分経った頃だった。

「・・・・・・呼んでいただきました執事候補でございます」

アリスは顔を引き締めてソファから立ち、座るガネブの背後に立つとドアに向かい、一言発する。

「どうぞ」

ドアを音もなく開き、現れたのは燕尾服を隙なく着こなす金髪に碧眼の随分と美形のエルフの男性だ。

彼は薄く上品に笑ってお辞儀をする。

「トニャーフ、ティニオより紹介いただきました、ベジェーノ・オイティニカ・イレリと申します」

アリスもまた上品に微笑み返し、ガネブを紹介する。

「此方は貴方の主になる予定のガネブ様。私は御方の従者、アリシニレユ・ウユーイ・バオガネーシュ・ニヒジェケス」

僅かに本当に僅かにベジェーノの微笑みに亀裂が走った。それは嘲笑かとも思われたが、違う。アリスの名を聞いた瞬間に走った感情の如何は彼しかわからない。

「貴方にはガネブ様の身の回りの世話を頼みたいの。礼儀や作法の教授から簡単な護衛まで・・・・・・期間はとりあえず2年。それから、終生仕えて貰うかどうか決めましょう」

「畏まりました。謹んでお受けいたします」

にっこりとアリスが笑ったのがガネブにも分かった。それが何処か意地悪な笑いだとも。

「・・・・・・答えられる質問には答える。どうぞ、質問を」

「不躾な質問で誠に恐縮なのですが、アリシニレユ・ウユーイ・バオガネーシュ・ニヒジェケス様はご本名なのでしょうか」

頭を下げてはいるが訝し気な瞳を見せるベジェーノにアリスは瞬時に傲然と笑む。

空気が変わった。ガネブにとっては僅か、気温が下がったのかなくらいであったが、対面するベジェーノは違う。

極寒の風に曝される様な極度の冷気を感じそれが瞬時に去ると今度は業火に曝される様な熱気を浴びるのだ。

そこに殺意も悪意もない。

ただ、力の一端がそれほどまでに異端で異常で最上であると言うだけなのだ。

思わず足が竦む。目の前にいるのは間違いない。

あの、あの、古竜に最も近い竜人と知られた伝説の“アリシニレユ・ウユーイ・バオガネーシュ・ニヒジェケス”その人なのだ!

「ぶ、無礼をお許しくださいっ」

ひりつく喉から絞り出した声にアリスは微笑んで頷いた。

ガネブは状況が分からずただきょとんとして見せた。

「いいの。随分と経ったもの疑う気持ちは分かる・・・・・・けど、舐めては駄目」

「勿論でございます。しかと心に刻んでおきます」

彼は一層頭を下げてそれから言う。

「御屋敷はどのあたりにあるのでしょうか」

「ない」

「はい?」

「ない。今は中心街の宿屋住まい。部屋は余っているからしばらくはそこで寝泊まりして」

にべもない言葉にベジェーノは必死に表情筋を叱咤激励した。顔を引くつかせて彼女の機嫌を損ねるのはまずいとばかりに。

執事を新しく望むような家門は相当やばいというのは定説だ。それは当然だろう。執事は家門に仕える終生の忠臣。それがおらずして何故家が回るのか。

勿論、急病などもあるだろうが、それでもトニャーフに依頼するほどの家門はなにがしかの瑕疵を抱えている。

それがどうして、この街に屋敷もないような家門が執事を望むのか。

考えられるのは他所で何かおイタをしたから逃げてきたか、家を丸ごと乗っ取られたか、成り上がりの商人、もしくは、何の身分も持たない平民。

いや、ベジェーノは唇を噛んだ。

それは、瑕疵があるのはベジェーノの方だ。でなければ何故、トニャーフに仲介を頼んだのか。

それに伝説の竜人が供としているような御仁に何故疑問が挟めるのか。

「畏まりました」

「あら、賢い。ガネブ、何か質問ある?」

ガネブは色々考えた。お金の事、明日の事、家族の事、彼の家族の事、彼の得意な事。

けれどどれも言葉にならずただ左右を見渡しただけだった。

ガネブは力なく首を左右に振る。

アリスは気遣わし気に優しく声を掛けてくれた。

「何でも聞いていいのよ。好きなタイプとか、好きな花とか、嫌いな本とか」

それを聞いたガネブは首を傾げてそれから、聞く。

「ベジェーノの家族は?一緒に住むのか?」

「両親は100年前の大戦で亡くなりました。兄がおりましたが、21年前に病で他界しました」

無表情でそう言われてガネブは慌てて謝る。

「そ、そうか、ごめんな」

「お気遣いいただきありがとうございます」

何処か冷たいベジェーノにガネブは怯みながらも続ける。

「本は好きか?俺今はバオガネーシュの伝説って本を読んでいるんだ」

にこにこと嬉しそうに言うガネブにベジェーノは首を傾げる。

「本ですか?あまり読んでいません」

「なら、あとで俺とアリスと一緒に読もう!」

きらきらと期待に満ちた目は、何処か寂しさを湛えていた。何かを堪えるような瞳にベジェーノは思わず頷く。

「はい、よろこんで」

ガネブは嬉しそうに何度も頷いた。




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