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2:明るい場所

そこに何があるかガネブは知っていた。

好奇の目と侮蔑の目だ。

道行く人たちが皆ガネブを指して嘲笑っているように感じる。

恐ろしくて情けなくてガネブは身をすくませた。

けれどその背中をアリスが押す。

「大丈夫。私がいる。貴方は強い」

「・・・・・・うん」

アリスが側にいる。それは先ほどあったばかりの人とは思えないほどの勇気をもらえた。側に誰かが居て、肯定して背中を押してくれる事がこれほど心強いのか。

ガネブは前を見た。眩しいと感じるほど太陽の明りが燦燦と差し込む大通り。

賑やかだ。数多の人が行きかい、ガネブの方を見る人は僅かだとやっと分かる。

多くの商店が声を張り上げ、その商店に人々は吸い込まれたりしている様子がうかがえる。

ガネブは必死に左右を見渡した。数年ぶりに大通りに出たのだ。何もかもが新鮮でさっきまでの憂鬱が嘘みたいに楽しい。ガネブは心からの笑みをアリスに向けた。

するとアリスは嬉しそうに微笑む。

「いい笑顔。素敵」

「あ、ありがとう」

恥ずかしくなって顔を俯かせて歩きはじめる。いったいどこに向かっているのか気になって聞いてみた。

「どこに行くんだ?」

「トニャーフ・イ・サノ。貴方はもっと清潔な格好をした方が良い」

「んん?と、とにゃ?」

駒足師(トニャーフ)がいる店よ。上流階級御用達の身支度を整えたり必要な物を調達してくれる便利屋、駒足師の店」

「でも、俺、金ないよ」

よく分からないがそうな上流階級がいるような店で清潔な格好をしようにもそんな金はない。

もじもじとぼろぼろの服の裾を弄りながらガネブは正直に言った。するとアリスはちょっと笑って答える。

「気にしないで。私が持っているから」

身なりは非常に良いしそりゃ持っているかとガネブは納得して頷いた。

アリスに金を出してもらうのに抵抗はあるが、どうする事も出来ないしアリスの意思を曲げられるとは思えない。

そのままの足でたまにガネブは早歩きをしながら真っ直ぐにアリスは進む。この都市の人なのだろうか。

というかトニャーフ・イ・サノなるものが分からない。ガネブはとにかく速足でアリスの後を追う。

賑やかで人が多く一般人の多い大通りを真っ直ぐに進むと石畳が敷かれて、建物も大きくなり洗練され、上品で落ち着いたものが多くなる。段々人通りが少なくなり周囲も喧騒とは程遠く静かな空間になっていく。周囲を見渡すと道を歩く人は皆身なりが良く市民とは大きく違う。市民だとしても相当の金持ちだと分かる服装だ。

突然止まったアリスは僅かに息の上がったガネブを見てほほ笑む。

「ここならいいでしょう。さあ」

背を押されてトニャーフ・イ・サノに入る。中は煌びやかで調度品のひとつとってもガネブには到底見たこともないものだった。魔法光のランタンが下がり、花の良い香りが空間を包む。覗えばアーチの向こうでは上品な貴族風の人々が談笑するソファのある部屋もあった。

靴すら履いていないぼろぼろな身なりのガネブが入ってきてもカウンターの奥から現れた店員は嫌な顔ひとつせずに柔らかな微笑みを浮かべて会釈をする。

「本日はどの様なご用向きでしょうか」

「この子の身なりを整えて欲しいの。出来る?」

アリスが背後からそう言うと店員はガネブを見てからゆっくりと頷く。

「はい、承知いたしました。3時間程お時間をいただきますがよろしいでしょうか」

「構わない。さあ、いってらっしゃい」

連れられて行くガネブは心細いような顔を見せたが店員が連れてきたメイドの格好をした女性が微笑みを浮かべて促すので仕方なくその場を離れた。

「さて、支払いの前に買取はしてくれる?」

「お預かりする品によります」

アリスは右手の手袋を外すと人差し指に嵌っていた青い石をはめ込んだ薔薇のモチーフの指輪を取り、それをカウンターに置く。

「どう?」

問われた店員は絹のハンカチを取り出すと慎重に指輪を取り上げて隅々まで検分し、ルーペで指輪の裏に刻まれた文字を見て目を細める。

「・・・・・・申し上げにくいのですが、お売りにならない方がよろしいかと愚考いたします」

「いいの、いいのよ。私に必要なのは物ではなく忠誠心。だからそれはもう、いいのよ」

にこりとアリスは微笑み、店員は頭を下げた。何か尊い存在にするように恭しく傅くような敬意の溢れたお辞儀だった。

「差し出がましい真似をして申し訳ございません」

「構わない。気にしないで・・・・・・いい店だという証拠だもの。いくらくらいになりそう?」

「本来は出回らない品でございます。素材と職人の名前がついて・・・・・・申し訳ございませんが金貨400枚でお預かりします」

平民や一般的な貴族であっても十分高額と言える。だがまるでその金額が安いものであるかのように申し訳なさそうな店員を見てからりとアリスは笑った。

「あら、いい値段が付くのね。ならそれで構わない」

「かしこまりました。失礼ですが、財布はお持ちですか」

「いえ、持ってない。どうせなら空間魔法のポーチを貰おうかな」

その言葉に店員は微笑み、カウンターの下から次々とポーチから小さなかばんを出していく。取り出されていく商品の中からひとつの清廉な青の眩しい腰に取り付けるポーチを指さす。

「これにする」

「こちらは重量50kgまでとなっておりますが、よろしいですか」

「ええ、十分」

「でしたら、金貨100枚でございます。お着換えのお値段も加算させていただきまして、金貨130枚となります」

「引いておいて」

深くお辞儀をする店員に微笑んでアリスは待ち時間を潰す為にサロンに向かった。


ぴかぴかだ。

ガネブは素直にそう思った。生まれて初めてここまで磨かれた気がする。

数人の女性に肌を露わにするのは全力で抵抗したが説得されて無駄に終わり、贅沢にお湯を使って洗われた肌は白さと瑞々しさを取り戻しどこも痒くない。傷のある所は薬をぬられたかと思うと傷跡がさっぱりと消えた。髪も伸び放題でぼさぼさのごわごわだったのに今や艶を取り戻しさらりと流れ、柔らかな手触りのリボンでまとめられている。

爪の間でさえブラシで丹念に洗われ、文字通り体の隅々まで洗われた。垢のある場所はもはやないだろう。

そうして磨かれた後にミルクの様なものを全身に練り込まれて肌からいい匂いがするし全身が軽くなった気がする。

用意された衣服も恐ろしいほどに上質なものだ。

真っ白で清潔過ぎて下着には思えないものを着せられたかと思うと、10着以上もクローゼットから取り出されて次々に着せれていく。数分そうしたかと思うと淑やかな緑の服を中心にフリルのついたシャツを着せられベストを着せられてひざ丈の短いズボンに靴下と、美しく磨き上げられた革の靴を履かせられた。此処でガネブは驚くのに疲れた。

この服のボタン一つですらガネブには手の届かないはずのものだ。それが整然と並びガネブを飾り立てる様子は自尊心を取り戻すとともにアリスへの申し訳なさを強く感じさせる。

促されるように磨かれていた部屋から出てアリスの待つ部屋へと案内された。

たどり着くとそこには男性に話しかけられているアリスが穏やかに談笑しているところだった。まるで美しい絵画のようでガネブは躊躇った。住む世界が違うとはまさにこの事だろう。気後れするガネブを他所にアリスは此方に気づくと紅茶のカップを置いて微笑む。

アリスの待つソファに歩いて行くが身なりの良い男たちが居てガネブは躊躇った。

だがアリスは気にしない。

「とても素敵ね。ガネブ」

「・・・・・・その子どもは?」

鋭い目線と棘のある声にガネブは怯む。だが、何故そんな敵対的なのだろうか。

もしかしたら歩き方や所作でガネブが貧民だと見ぬいのかもしれない。

「私の主。さあ、いきましょう」

驚く声を上げる男たちを無視してアリスはガネブの背を押す。

例えばそれは見せたくないものを隠す母親の様な優しく厳しい物だ。

ガネブとアリスは腰を折る店員を店に置いて外に出る。

昼過ぎの太陽の光を浴びながら大通りを戻り、ガネブは問う。

「俺、アリスの主なのか?」

「ええ。貴方は私のご主人様」

「なんで?」

するとアリスは立ち止まってガネブを真っ直ぐに見つめる。慈愛に溢れ、優しく救蘭とした穏やかな瞳だ。

「私を深淵から呼び寄せてくれたから。私の存在を知ってくれたから。私を世界に定着させてくれたから」

「え?」

よく分からなくて首を傾げると彼女は理解してもらうつもりは無いのだろう微かに苦笑しただけだ。

「・・・・・・とにかく、貴方は私を呼んで、私は貴方に忠誠を誓った。私は貴方の剣にして盾」

覚悟の滲む言葉に躊躇ってそれから口を開く。

「けど、俺、君に何もできない」

「いいの・・・・・・いえ、出世払いで良いじゃない?」

「いいのか?でも、俺、俺、なんかじゃあ」

彼女は何もかも包み込むように優しく微笑み、しゃがんでガネブの俯いた顔を覗き込む。

「私のかつての主は望まれる生まれの方ではなかった。けど、優しく強い方だった。そんな素晴らしい御方でも突然強くなったわけでも突然素晴らしい方になったわけでもない。少しずつ強くなっていき、少しずつ周りを尊ぶ方になっていった。ガネブ。慌てる必要はないの。明日明後日の話をしているのではなく、10年後20年後の話をしているの。それとも、私が側にいるのは嫌?」

「・・・・・・俺は今よりいい奴になれるのか?」

縋るような声に優しくアリスはうなずく。

「貴方がそう望むのなら」

「俺はあの子を恨まなくてよくなるのか」

「・・・・・・貴方がそう望むのなら」

涙が勝手に溢れる。本当に、あの子を疎まなくてよくなるのか。自分の醜い心に苦しまなくていいのか。優しい嘘かもしれないがガネブには心に優しく染み渡る。

「あの子を恨む醜い俺は、生きていていいのか?」

「勿論、貴方がそう望んでくれるのなら」

「・・・・・・ありがとう」

醜いと言っても否定されなかった。アリスは醜いガネブでさえ、認めてくれたのだ。

それがとてつもなく嬉しかった。

生きていていいのだ。醜くとも、親に罵られ否定され様とも。ガネブはこの生を恥じる事などないのだ。

ずっとわだかまっていた胸の苦しい部分が幾らか軽くなった気分だ。

「きっとアリスに何か返せるようになる」

「あら、嬉しい。いつまでも待つからね、ガネブ。慌てないでゆっくりと進んでいらっしゃい」

嬉しそうなアリスの微笑はきっとガネブは一生忘れることは無いだろう。


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